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つい先週のこと  作者: 雪森十三夜
第一巻 中学校編「ちはっ、失礼します!」
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Ⅰ年 「特練Ⅰ」 (1)筆舌に尽くし難い

 主人公「駿河轟」は中学一年生。

 同じクラスのスペイン系クォーターの三条さんと「応援団」に所属する。

 応援団活動初日の帰り際、入学式で知り合った憧れの小林先輩にも声を掛けられ、そこで応援団生活の厳しい現実にも直面する。

 さて彼は「応援団」で生き残れるか。

 夏休みが終われば、いやでも《定期戦》が近づいてくる。

 毎年十月には、連合四校が集合して、選抜選手による陸上競技を中心とした《定期戦》が国立競技場で行われるのが恒例になっていた。応援団の一番の役割といえば、此の定期戦を終日応援し続けること。これに尽きた。


 小林先輩の話では、此の定期戦に向けた特別練習「特練(おいこみ)」を乗り越えられずに新人の三分の一くらいは辞めて(しま)うということだった。

 此の時期、選手と応援団員は、掃除、委員会等、全ての用務を免除されて、練習に参加することが認められている。それだけ《定期戦》には学校も力を入れていた。

 実際、《定期戦》の勝敗をめぐって、過去、何度も生徒同士の集団乱闘や騒動もあったそうだ。此の《定期戦》の流れを仕切るのが応援団の仕事であって、其のための練習は、右も左も判らぬ中学一年生には、言葉に尽くせないものだった。


 平日は、授業終了の十五時以降(幹部は補習があるので十七時以降)二十時まで練習。土曜は十三時以降(幹部は補習があるので十五時以降)二十時まで練習。日曜は九時から二十時まで。兎に角、一か月強の間、練習、練習、練習に明け暮れる。

 前半の二週間強がリーダー部、女子部、吹奏楽部夫々の、そして後半の二週間は三部合同の練習とともに、学年練習、全校練習が続く。

 連合内の他校に比べて若干生徒数が多い一中では、スタンドを占める範囲も広い。父兄や卒業生なども含めれば国立競技場で割り当てられたスタンドは10ブロック以上にもなる。それを一人のバクセンで指示し、全体に伝達するのは生半可な練習量では足りない。だから四週間、必死で練習する。


 実際の応援では、幹部はリーダー板という最前部の《お立ち台》に乗って指揮をとる。一般生徒の中に入ってリードをしていくのは新人と二年だ。つまり、練習の種類が根本的に違う。

 指揮をとる練習をする幹部と、バクセンを通して其の動きを見ながら一般生徒に伝え、自らも声を出して盛り上げていく新人と二年。


 毎日の練習の最後は、必ず二時間を超える通し練習、通称「中通し」が行われる。休憩時間も本番を想定した練習が続く。新人は力が尽きると膝から崩れる。すると大声で名が呼ばれる。二年生が駆け寄って励ます。立ち上がる。また、別の新人が崩れる。大声で名が呼ばれる二年生が駆け寄り、頬を叩き、身体を揺すり、水を掛け、励まして立ち上げる。其の繰り返しだ。


 中通しも三日目ともなると、九月の残暑で脱水との闘いになる。今で言う脱水防止用のイオン水も置いてあり、其の補給は自由だが、脱水になるとかならないという問題以前に身体が、筋肉の疲労で動かなくなってくる。


 上級生によれば、其処を乗り切るか否かで、身体の出来具合が違ってくると言う。でも、腕の筋肉、足の筋肉が固まって了ったかのように重たく、夢の中でもがいているようにどうにも言うことを利かなくなる。


「おう、腕上がってないぞ!」

「ハイィ!」


 上級生が文字通り目の前、一センチほどの近さで怒鳴り、指摘する。

 返事はする。けれど、腕は上がらない。一般生徒をリードするための拍手と腕振りが出来ない。


「聞こえないか? 腕が上がってねぇんだよ!」

「ハイィーッ!」


 せめて返事をする声で気力を示そうとしても腕は上がらない。


「肩の力抜け! 力入れ過ぎだ! ほら、首の力もだ!」

「ハイィ!」


 先輩の腕が肩を揺すり、首を掴んで間違った身体の動かし方を指摘する。


「よし、腕ぇ回してみろ、一回全身の力抜け! 力づくだけで二時間は続かないぞ!」

「ハイィ、有り難う御座居まーーーーぁっす!」


 コツを掴むのに慣れてくると、今度は本当の「体力」との勝負になってくる。

 これも上級生の話では、「限界というのは三段階ある。意識、能力、体力の三つ。」なのだそうだ。


 最初に「駄目だ」と思うのは、《意識》として限界だと「思い込んでいる」状態。次は、現時点での《能力》的に「サインを出している」状態。最後は人間の《体力》機能として「無理を越えた」状態。二番目の《能力的な限界》を高めること、また最後の「無理を越える」前に気づくことが練習の副次的な目的であって、一番目の《意識の上での限界》を高めるのは練習の基本中の基本=団員としての資質の問題とされていた。


 「『もう駄目です』なんて言えるうちは駄目じゃない。本当に駄目な奴は声も出ない。其処が能力的な体力の限界だ」という。言葉では分かるのだけれど、簡単にそれを乗り越えられるくらいなら苦労はしない。


 基本練習は勿論、中通しの最中に頭が胸より下に下がれば大声で名が呼ばれる。

 直ぐに二年生が飛んできて、横に寄り添い、必要なら水を飲ませ、頬を叩いて励ましながら休ませる。


「お前の底力は、此処までか?」

「イエーッ!」

「意識を練習に集中しろ!」

「ハイィ!」

「自分のことを考えるな! 応援のことを考えろ!」

「ハイーーッ!」

「頑張れ、あと半分だ、半分!」

「ハイーッ!」


 特練の期間中は、三人居る顧問のうち必ず一人が最初から最後まで三部の練習を巡回している。(ちなみに顧問は、先に登場した片淵先生(数学科)、華和先生(養護・保健医)、辻先生(音楽科)の三人で、こうした肉体練習の内容的に顧問『らしい』専門なのは華和先生くらい)。

 華和先生は、自身でも「生徒の身体は私が守るという自覚」が強いのか、当番ではなくとも毎日、練習を巡回し、全員の休養と回復のアドバイスに余念が無かった。(と言えば、白衣の天使的なイメージではあるが、「一中(ぴん)華和(エビセン)」と言えば、他校にも聞こえた鬼保険医として名を馳せるほどの女傑で、それはまた後の話で。)

挿絵(By みてみん)

 この華和先生から、脱水や熱中症に関する救急講習を上級生全員が受けている。グループを分け、一人だけではなく、何人もの目で下級生を見ている。創設以来一人の救急搬送も無いことも応援団としてのプライドであった。

 練習は(とて)も辛い。覚えた(ばか)りの言葉「筆舌に尽くし難い」というのは、こういうものだと思った。それでも、解散後には、何か充実感があった。それも時間が経つとともに、不思議と「逃避感」へと変わる。解散直後の爽快感が、数時間もすると次の練習への恐怖感に変わる。毎日が其の連続。体力よりも、精神的におかしくなりそうだと思うこともあった。

 当然の如く、平日は授業もある。寝ていることなど出来やしない。成績が下がれば退団すらある。

 いっそ成績が下がって退団、ということも考えないこともなかった。しかし、それでは余りにも悔しい、というのが新人としてのもう一方の本音だったと思う。「他人に出来ることが何故自分に出来ないのか」それが許せない。小さいながらもプライドの芽が育つ。それが応援団の毎日だった


*    *    *


 特練(おいこみ)の前半で、小林先輩の話通り、早くもリーダー部の新人五人が退団届を出した。

 先輩の言通り、「特連」の折り返し地点で同期が大量に辞める中、駿河君はどこまで耐えられるか。

 そして、男子のリーダー部ばかりではなく女子部は、吹奏楽部の様子は。

 次回は、クラスメートのベーデさんが属する女子部の様子が明らかに。

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