一音六 洗礼 (2)恋は邪魔があるほど燃える
主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。
中学卒業直後から交際を始めた同級生の盟友「三条亜惟」とは別々の進学先。
高校招集日、駿河は中学時代の憧れ「小林先輩」に再会する。
「え? あ、中学時代とは、随分違うんですね。」
「そうね、全然別物といっても良いくらい。」
「初めて拝見しました。ああいう形は。」
「私も最初は戸惑ったけれど、これはこれで理に適った遣り方なのよ。」
「だろうと思います。一中に一高から応援指導が一切なかった理由が分かるような気がします。」
「おぅ、Herz, Machen Sie's gut!」
「Ja, Bis dann!!」
小林さんは、横を駆け抜けていった男子に向かって叫び返していた。
「今、何て仰有ったんですか?」
「ん? 彼が『じゃ、また』って言ったから、『またね』って。」
「何語ですか?」
「ドイツ語よ。二年になれば第二外国語が入ってくるから、ドイツ語かフランス語か、英語をさらに深めるか、どれか選択を迫られるわよ。」
「うへぇ…。」
「駿河君、君と会うときは、常時そうだね。」
そう、中学校で最初に小林さんと話した時にも、学校生活のことで驚かされたことを覚えている。其処で驚いている間に、今度は背後から女性の声が飛んできた。
「Herz! Ist er Ihr Liebhaber? oder jüngerer Brüder?」
「Nein, Nein, Er ist ein neuer Schüler.
Ein jüngerer Student meiner Aufbauschule.」
「Ah, Ja, Ja.」
「こ、今度は何を…?」
「ん? 『一緒に居るのは年下の彼氏か? それとも弟か?』って。」
「それで、どう答えられたのですか?」
「新入生で、中学校の後輩だ、と答えたのよ。」
声を掛けてきた主が、早足で僕らに追いつき、
「Könnte ich mit Ihnen gehen?」
「ご一緒しても良いですか? って。どうする?」
小林さんが笑いながら僕に尋ねた。
「あ、はい。大丈夫です。」
「Ja, Natürlich!」
「Danke, Guten Abend Jünge!」
其の先輩が手を差し出してきた。
僕は反射的に手を出し、握手を返した。
「そういえば、中学校の入学式でも私と握手したね。」
「はい、其の節は有り難う御座居ました。」
しかし、其の先輩の握手は、今、思い出した中学校時代の小林さんとの握手とは比べものにならないほどの強い握り方だった。
「Ist es Richtig der dieser Jüngtiere-Mann ist Ihr jüngerer
Student?
Ist nicht, diese Jüngtiere bemannen eigentlich Ihren Liebhaber?
Unterrichten Sie mir die Wahrheit bitte.」
「Ja, es ist Richtig!」
「Hmmm, Ich wie diese Jüngtiere bemanne.」
「Ah so. Aber, Er hat einen schönen Liebhaber.」
「Aha, Es ist die Nachrichten, die für mich traurig sind.
Aber läßt es mich Leidenschaft zu dem gleichen Zeitpunkt
haben.」
彼女達が、ドイツ語で話し込んでいる間、僕は横でポカンとしているしかなかった。
「ほら、しっかりしていないと、彼女との仲を、この妖艶な悪魔に引き裂かれちゃうわよ!」
「何ですか?」
「ちゃんと知ってるんだから。あのベーデと付き合ってるんですって?」
「うゎ…。」
まだ卒業式から三週間しか経っていないというのに、此処まで伝わる女子の情報伝達速度の早さは、光速をも超えると思う。
「でね、今、此のお姉様が、『あなたの彼氏じゃないのなら、私が此の可愛い坊やを食べちゃっても良い?』って聞いたから、『彼には可愛い彼女が居るから駄目!』と言ったのよ。」
「はぁ。」
僕は、只々ドイツ語の洗礼と、高校の女子の先輩のストレートな物の言いぶりに戸惑う許りだった。
「だから、私が『恋は邪魔があるほど燃える』って言ったのよ。」
後からやって来た先輩が、快活そうに自分でオチをつけた。
彼女は、ショートカットというか、春休みにベーデと行ってきた関西で見た宝塚音楽学校の生徒のように短い髪型で、然も長身(僕より頭半分以上は飛び抜けている)、さらに目鼻立ちもくっきりして、それこそ男役そのもの、という感じだった。
もしも、制服のスーツ姿もスカートではなかったら、美男子の男子生徒といわれても分からないのではないか、とさえ思えた。
其のきりりとした眉の下に光っている黒目がちな瞳でじっと見つめられた僕は、中学校で初めてヨーサンに話しかけられた時のようにどぎまぎして了った。
「私は、Sonne, 三年。応援部の副将。よろしくね。」
「曽根さん、ですか?」
よく聞き取れなかったので聞き返した。
「違うわよ。本名は久我芳恵。Sonneは渾名よ。Herzと一緒。太陽という意味。」
「失礼致しましたぁ!」
「…あら…、此の子、応援団の出身?」
「だから言ったでしょ? 私の二期下の団長。」
「おやおや、一中の団長様。それはそれは。其の節はお世話になりました。」
「彼女は、二中の副団長やってたのよ。」
二中の応援団といえば、僕が中一の時に定期戦を巡って集団乱闘で処分を受けた武闘派だった。其の乱闘の仲裁をしたのが一中の応援団だった。
「今、君、二中応援団と聞いて、一瞬、引いたでしょ?」
「いえぇ! 大変失礼致しましたぁ!」
「だから、それはもう良いんだってば。」
「良いの、良いの、引かれてナンボだから。アハハ、確かに一中の応援団様だわ。あなたのところは流石によく鍛えてあるわね、入部、待ってるわよ。じゃ、久しぶりの逢瀬を邪魔しちゃ不可ないから先に行くわぁ。Die gedanken sind frei.....♪」
久我さんは、鞄を肩にかけ、ドイツ語で鼻歌を唄いながら颯爽とした足取りで一足先に行って了った。
「一高の応援部は皆ああいう方許りですか?」
「彼女? はあ、まあ、象徴的なところか知ら。」
「え?」
ヘルツさんとの再会に、早速一難やってきたかと思われた駿河君。
流石の女子の情報伝達力の速さに救われた模様。
しかし、中学校とはまた違った形での「驚愕」に早くも浮足立っている駿河君。
ゾンネさんの押しの強さは、ベーデ仕込みの防御力で対処可能な範囲か。乞うご期待。




