Ⅲ年 「伝心」 (4)好い加減もう腹を据えなさいよ
主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。
波乱づくめの「応援団」、ドタバタしていた日常も思い出となりつつある三月。
卒業イベントに向けたダンス練習を通して、到頭、因縁のベーデと急接近。
愈々、追いコンの当日がやってきた。
卒業を四日後に控えた土曜の午後、今年は例の如く、辻先生の『格別のご配慮』で第一音楽室(小講堂)を使えるということになり、さらにコンパの肴兼昼食は仕出しのお弁当に飲み物まで付くということ、ギャラリーも既にあるということで、何の用意も要らない、下級生にとって大助かりの開催となった。
「来年以降も此処でやれたら楽なんですがねぇ。」
「馬鹿、楽すること許り考えるんじゃない!」
ダコがセージュンに一喝されている。
三年は、皆、自分の余興の事で頭がいっぱいだ。
これまで一年間、最上級生幹部として下級生を引っ張り、そして、君臨してきた自分たちが、今日許りは送り出される身として祝福を受け、また、それに対する返礼として、定期戦以降の半年間を使って練習してきた余興で下級生を楽しませなくてはならない。
プログラムは、
・顧問挨拶
・余興 下級生(一年)
・余興 下級生(二年)
・吹奏楽部演奏
・余興 幹部(三年)
・団長挨拶
・校歌斉唱 エール
・御披露喜
としか、書かれていない。
つまり、ネタは当日の此のときまで、一切明かさないのが伝統だ。ただ、吹奏楽部が何か一曲やるのが毎年恒例のことと決まっているくらいである。
一年生、二年生の余興が、普段通り頭を捻りに捻ったもので楽しませて呉れる。幹部の目から見ても、下級生というものは、本当によく頑張っていると思う。自分たちが下級生の頃も、幹部からは此のように見えたのだろうか。只々必死に毎日を過ごすので精一杯で此処まで来た三年間。
* * *
吹奏楽部の演奏が始まり、残るは幹部の余興のみとなった。此のときに初めて、司会役の二年責任者に幹部の余興の題目と順番が渡される。
それまでは、幹部同士でもネタは明かさないために、全てはブッサンしか知らない。そして、幹部には披露の順番だけが指示されている。楽屋は、音楽室から余興の早い順に近くから各教室が充てられている。
団長と女子部責任者である僕らの順番は、恒例により一番最後となっていた。
そして、楽屋は音楽室から一番遠く離れた教室。
然も、大がかりな準備が必要なベーデとは別々に部屋をあてがわれた。
ベーデにはエビサンが付き添っていった。幹部は夫々の余興が終われば会場に居残る。
つまり、自分より後の余興は全て見ることが出来る。逆に言えば、僕とベーデの姿は全員に見られることになる。これも仕方のないことか、と腹を括り、クリーニングから返った許りの白い学生服に着替え始めた。此様なに派手なものを着て、笑われないだろうか? ダンスは間違えないだろうか? ベーデに恥をかかせないだろうか?
着替え終わり、ブッサンから「今日だけは許してやる」と、使い方の講義と共に事前に渡されたヘアワックスを付け、髪が乱れないよう櫛で後ろに撫でつけた。
もう葉を落とした蔦の絡まった窓から中庭を眺めていると、これまでの三年間のことが思い出された。
応援団に度肝を抜かれた対面式、集団乱闘の仲裁に入った初めての定期戦、体重が激減した特練、気がつけば団長になっていたこと、鉄拳の廃止、越年祈願、そして自分の合格祈願、等々。
走馬燈なんていうものではなく、迚もゆっくり、ゆっくりと思い出し、もうダンスのことなど忘れて了いそうになった頃、教室のドアがノックされた。
(ベーデかな?)
と思ったら、エビサンが顔を出した。
「そろそろ出番ですって、丁度、三条サンも準備が出来たところよ。…あら、駿河クン。これは本当に馬子にも衣装ね。」
「其様な冷やかしちゃ不可ません。これでも必死なんですから。」
いつになく華やいだ声のエビサンに、鳥渡警戒しながら廊下に出る。
「大丈夫よ。さあ、迎えに行っておあげなさい。王子様!」
促されて隣の教室の扉を開けて僕は息を呑んだ。
其処には、当たり前だがベーデが居た。
彼女は、僕の白い学生服など一瞬で吹っ飛んで了うような姿だった。
其の瞳を溶かし出したようなエメラルド・グリーンのシルクのドレス。
透き通った白い肌を強調するかのように大きく開いた胸には宝石のネックレス。
艶々とした自慢の長い黒髪は綺麗に後ろに流され、これまた輝くティアラが載せられている。
「お待たせ…。」
普段の紺のセーラー服からは想像すら出来ない。
最初の頃に目を見張ったあの私服姿でさえ地味に見えて了う程の艶やかさと鮮やかさだった。
まるで自分が子どものように彼女が年上に思え、目が潤んでくるように思われた。
越年祈願で寄った時のコーコの晴れ着姿も綺麗だったが、これはまた別世界の人間に見えた。
透き通るような白い肌とエメラルド・グリーンのドレス、漆黒の髪が、揃って『此の地味な教室から早く出して欲しい』と叫んでいるようだった。
「小講堂のシャンデリアなら、此の姿でも映えるわよ。此様なに楽しみなのは何年ぶりか知ら。」
エビサンは我が事のように嬉しそうに話しながら、はしゃいでいる。
「駿河さん、三条さん、よろしくお願いし…。」
迎えに来たダコが言葉を失った。
「分かった。今行く。カーサマに『準備をお願いします』と伝えて呉れ。」
「は、はぃーっ。」
ダコは、言葉を失った儘駆けて戻っていった。
「さあ、駿河クン、エスコートして。もうダンスは始まっているのよ。」
エビサンの声に促され、僕は今迄の練習通り、ベーデの手をとって小講堂までの廊下をゆっくりと歩いた。
「駿河…。」
「ん?」
「落ち着いてよ。」
「ん、分かった。」
「そうは言っても、貴男全然、地に足が着いてないわ。好い加減もう腹を据えなさいよ。」
「よし!」
彼女の横顔をちらりと見遣ると、それはもう自信に満ち溢れた、応援団の時ですら見せないほどの凜とした面持ちで正面を見据えている。いっぱしのご令嬢だ。
其の姿に励まされる形で、背筋を伸ばし直し、自信をもって、小講堂へと誘った。
入口のドアではダコが待っていた。
「少しお待ち下さい。今、ネギが紹介しておりますので、それから私がドアを開けます。」
小講堂の中では、少しザワザワした様子でネギが紹介を始めている。其の声が途切れた。
「はい、お願いします。」
ダコとエビサンが、小講堂の両開きの重いドアをゆっくりと開けた。
ベーデさんが「私が恥をかかない」と条件を付けた一世一代のお披露目の瞬間が来ました。
「恥をかかない」とは、本当に「彼女にとって」だけのことだったのか。
ワルツは二人で踊るもの。駿河君にも相応のレベルを要求するのは当然として。
ベーデさんが本当に望んだことが何であったのか、彼は知ることができるか。




