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つい先週のこと  作者: 雪森十三夜
第一巻 中学校編「ちはっ、失礼します!」
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Ⅰ年 「三百二十プラス一」 (3)始まりの始まり[前]

 第一中学校の一年生「駿河轟」。

 若干コミュ障気味な彼は、入学式でお世話になった女子の先輩に素直に心を惹かれる。

 しかし、そんな中学校の男女比は3対1。

 これまでとは大きく違った環境の中で、彼は、これから、どんな思春期を過ごしていくのか。

 最初の一日が始まる。

(3)始まりの始まり[前]


 翌朝、初めて全学年の登校風景を目にした。昨日は入学式でどことなく《ゆるやかに》人熱(ひといき)れしていた鉄門が、今日は在校生で《慌ただしく》ごった返している。それは当たり前として、ドキリとしたことに、門扉の両側に「週番」の腕章を巻いた上級生が一人ずつ立ち、其の横に怖そうな先生が一人目を光らせている。

 一般的な先入観では体育科の先生が体操服姿で竹刀、という感じだが、中学校ではそうではなかった。三つ揃えのスーツ姿、背の高い紳士然とした先生が背筋を伸ばし、生徒に挨拶を返しながらも一人一人の体調まで伺うかの如く静かに目で追っている。後々分かってきたが、中学校では生徒に対するにも増して、先生自身の身なり態度にも厳しかった。

 厳しい、というより教師としての矜持(プライド)とでもいうのだろうか。体育等実科の先生方でも実技の授業以外では常にスーツ着用で、ポロシャツ、ジャージ、作業着などでの座学は有り得なかった。

 遠くから見ていると、生徒は学帽をとって挨拶をし、一人、また一人と開いた門扉の内へと入って行く。そんな中、時折、週番の生徒に鞄の掛け方を直される下級生や、中には其の(まま)先生に引き渡され、其の場で何かを注意され、生徒手帳に何ごとかを書き込まれている生徒もあった。


*    *    *


 入学した《第一中学校》は、母体となる一つの高等学校の下、四つの附属中学校で姉妹校を形成していた。これを通常「連合四校」と呼び、四校まとめて一つの大きな中学校のようなものだった。先生方も其の四校の間だけを異動する。どの学校からどの学校に異動しても《勝手知ったる…》である。だが一方で、四校は夫々(それぞれ)歴史も古く、其の中で培われた独自の校風もあり、互いに競い合うライバルでもあった。

 附属とは言っても、高校に進学出来る具体的な人数の保障はなかった。例年、一つの中学校から、其の三分の一~五分の一程度の人数が、内部試験だけで進学する。

 《第一中学校》からの進学者数は、多い年で全体の約三分の一、つまり百人近くで。残りの三分の二以上は他の高校に進学する。最初から他の高校を希望する生徒も居り、自ずと全体の雰囲気は《進学校》のそれであった。

 また、それ以外に《礼節》に関して非常に厳しかった。《見苦しい格好をしない。他人に迷惑をかけない。真面目に努力をする。》等々、常識的なことではあったが、挨拶と日常生活は細かく指導された。


『朝は、一日の始まりである。其処が弛んでいれば、一日が弛むことになる。』


 校門での登校指導は、創立以来一貫して行われてきたもので、あまりに非道い違反を犯していれば、其の場で正座という「反省」+「晒し者」にまでなって了う。

 生徒手帳曰く、頭髪の規制(男子は刈り上げ、眉・襟足にはかからない。女子は課業中は髪を纏める、整髪剤は男女ともに一切禁止。染髪、パーマは禁止)、服装の規制(学生服、スカートの丈の長さも全て定められて、男子は黒靴下に編み上げの革靴、女子は白靴下の三つ折りで革靴。男子はコート・手袋禁止、女子は紺の指定コートのみ、手袋は白・黒・紺一色以外のものは禁止。その他諸々。校外であっても父兄の校外委員に見つかれば生徒手帳に赤文字で違反事実を記載される。)、休日の外出時の立ち居振る舞いに至るまでが事細かに書かれていた。

 一見窮屈そうではあったが、此の厳しい生活指導も慣れるに従って身につくものだ、というか上手く立ち回ることが出来るようになる。其の証拠に、大抵大声で叱責されていたり、正座させられているのは、いわゆる《中弛み》である二年生が殆どだった。

 一年生はまだ若葉マークなので口頭注意程度で済む(三学期ともなればそうもいかなくなるが)、三年生にもなれば上手く立ち回っているので何処で力を抜き、何処で緊張していなければならないかが分かっている=自然と身についているので指導されることは殆どない。登校指導を一とした生活指導全体が、気を抜き加減になっている中弛みの二年生のためにあるといっても過言ではなさそうだった。


*    *    *


 僕は緊張しながら鉄門に向かう石段を上がる。


「お早う御座居ます…。」


 慣れない手つきで学生帽をとり、頭を下げて其の場を抜けようとする。


「君、此方へ。」


 吃驚(びっくり)して横を見ると、三本線の入った週番の腕章を巻いた男の先輩が手招きしている。三年生だ。

 一瞬で顔に血が上り、手招き通りに脇に逸れた。


「靴紐。」

「え…?」

「自分の靴紐を見て御覧。」


 穏やかな声と共に手で指し示された先、まだ新調したての制服で裾も引き擦りそうな自分の足元では、革靴の紐がだらりと解けていた。


「…あ、はい。すみません。」


 慌ててしゃがみ、紐を結び直した。


「新しい靴は紐が解けやすいから。解けるとそれを踏んで転びやすい。外履きでも上履きでも気をつけて。」

「はい…。有り難う御座居ます。」


 再び頭を下げて、ほっと胸を撫で下ろし、鼓動も治まらない儘に漸く学級に辿り着いた。

挿絵(By みてみん)

*    *    *


 始業の予鈴は午前八時十分。此の時間までに《鉄門》を潜らなければ遅刻となる。予鈴の後、朝礼のある日は午前八時十五分までに校庭に集合。其の時間までに教室に制帽と鞄を置いて校庭に出て整列し、級長の点呼を受けねばならない。

 予鈴間際に登校した生徒は、教室に行くことが間に合わず、下駄箱の上に鞄と制帽を放り投げ、朝礼の整列にだけは何とか加わるが、朝礼の最中に週番担当の先生が全ての下駄箱の上の鞄と制帽を集める《鞄狩り》の憂き目に遇う。

 中には、毎度《鞄狩り》の成果を一身に身にまとい、道化師よろしく出て来る先生もあるが、それも当事者にとっては笑うに笑えなかった。鞄と制帽の持ち主は朝礼終了時に、それらを受け取りがてら、生徒手帳に赤字記載されて(しま)うのだ。


 朝礼は、月曜が全校。火曜が一年のみ、水曜は二年のみ、木曜は三年のみ。全校朝礼は何様(どん)なに暑くとも正装、学年朝礼は体操をするので、何様(どん)なに寒くても上着なし。

 朝礼のある二日間を除いた四日間は、八時十五分から二十五分まで国・数・英いずれかの小テストが行われる。

 分刻みでの日程で、最初のうちは実に気を抜く暇が無い。それでも矢張り慣れて了うのが人間というもので、三年になる頃には、何とも思わないようになる。

 (電車の遅れなどがなければ)朝、八時十分までに教室に入る。八時三十分までの二十分間に何か(朝礼か小テスト)がある、というだけで、大人になってから考えれば、特に大したことでもない。

 どんな環境でも、慣れるまでの間は緊張感でクタクタになるのが人間というもの。

 そして、どんな環境でも、大概、順応してしまうのも人間というもの。

 小学生までとは異なる「集団生活」「社会性」という日常の中で、駿河君はどう感化されていくのか。

 また、彼を取り巻く人間関係はどう幕開けするのか。

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