Ⅲ年 「選任」 (2)もう考えてる時じゃあない!
主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。
厳しい二年生時代を乗り越え、女子との関わり方も徐々に自然になりつつある日々。
新学期を迎え、団活動の幹部としての役職決めが始まるなか、駿河を「団長」に推す声が上がった。
タイサンが口を開いた。
いきなりの発言に正直驚いた。僕は、経験や体格から考えてもタイサンが団長を務めるのが妥当だと考えていたからだ。だから新人監督か、広報責任者にするかで悩んでいたところだったので、意外な推挙に声を失った。
「理由は?」
僕が口を開くよりも早く、ベーデが問い質した。
「俺は、駿河を見ていて、此奴は一番に応援を真面目に考えている男だと思った。新人の時は渉外責任者補佐、二年の時は企画責任者補佐に、当日はバクセンだった。外の世界も、中の世界も、全体像もよく知っている。」
「経験から見れば、まあそうね。」
ベーデは条件付きで肯定した。
「たださぁ、団長は団の象徴だ。団は学校の象徴だ。真面目なだけじゃなくて、外に対して体格、威厳、なんていう、なんていうかカリスマ性も必要なんじゃないのか。」
セージュンが、性急な結論にブレーキをかける。ある意味、セージュンの言い分は尤もだと、僕もふんふんと自然に頷いた。
「鈴木が言うことも分かるけどさ、もうそういう『応援団』じゃないんじゃないかな。体格って早い話『見た目』でしょ。新人の時にあったような喧嘩上等の時代でもないんだし、『見た目』の威圧感は絶対条件じゃないでしょ。それよりもね、私はこれまでやってきて団長に一っ番必要だと思ったのは、念入りな考えと咄嗟の判断力や決断力だよ。駿河君にそういう意味の威厳やカリスマ性があるか否かは、ここに残っている役職について自分でどういう考えをもっているのかを聞いてからの問題だし。」
コーコはこういう時になると、しっかりとした論理を展開する。とは言え、それに僕が相応しい能力なのかについては、ピンとこなかった。
「内村は? 立候補や推挙は?」
「あ、俺? 俺は新人監督で其の儘頼むわ。下級生の面倒見るの好きだし。」
あっさりとイチが立候補したことで、団長と広報責任者だけが残った。
「当の駿河君は、どうなのよ? 押し切られ型で消去法の団長就任なんて、目も当てられないよ。」
カーチャンが急かすように振ってきた。当人が何も言わないという消極的な態度に業を煮やしている風だった。
「俺か? 団長か…。そう言われてみると『団』というものに対する一つの考えが無いことはないなぁ。」
「何? はっきり言いなさいよ。それは立候補する、ということ? それとも単なる団長へのお願い?」
ベーデが確認する。
「えっと、自分で責任を負わずに誰かにこうして呉れ、なんてことは言えないから、これを言えば立候補になっちゃうのかな。こういう団にし度い、と考えてきたことはある。」
「じゃあ立候補ね。其の考えって、今、言えるの?」
コーコが訊ねる。
「簡単にだけど、一つは鉄拳・竹刀の積極的廃止。言葉より先に行動が出ると相手は理屈を理解しづらいことも多い。一つは過剰な挨拶の廃止。活動時以外、そう団務の時以外まで大声張り上げて挨拶する必要はない。一つはマン・ツー・マン指導。俺の背中を見て覚えろ、と放ったらかしにして、出来なければ叱られるなんていう世の中じゃあない。過保護じゃない程度に基本は教えるべきだ。一つは幹部練習の徹底。三年が身体を殆ど動かさず竹刀だけで指導するなんてのは示しがつかない。大体それくらい。」
「ん~、それくらい、って言っても、まあ大部変わるな…。」
セージュンは妙な唸り声を上げている。
「女子部では、もう其様なの当たり前なんだけど、男子は一時に其様なに変えてしまって、本当に大丈夫なの?」
ベーデは眉間に皺を寄せて呟く。
「俺らがここまできて一応納得してきたものを、一旦ブチ壊すか…」
ケーテンも唸っている。
「…二つ質問して良いか知ら。一つ、其の考えは、あなた自身が考え出したものなの? もう一つ、あなたは、今止めると言ったものが其の儘続くと、団活動が良くならないと思っているの?」
ベーデは此方を向いて問うている。
「一つめは、末長さんや、八幡さん、其の上の幹部の人たちを通じて、去年の定期戦の後から大学の各応援団の練習とかを見学させて貰って、色々なやり方を見てきた。それで考えてきた。二つめは…、質問なんだっけ?」
「竹刀、過剰な挨拶、幹部特権の廃止とか、そういうものを止めないと一中の団は良くならないと考えてるのかってこと。」
「んー、俺らは其の中でやってきたから、そういうものがあっても、まあ此様なものかって思うけど、一度逆説で考えてみたら、極端なことは無くても出来るんじゃないか、って。」
「極端って何? それに『あっては困る』じゃなくて『無くても出来る』程度の考えで無くすと、混乱が起きたときに意識や気力が途中で中折れしないか知ら?」
「指導にしても挨拶にしても練習にしても、『はい今日からみんな仲良く、全員平等、なんでもみんなで考えながら進めますよお』、なんてする心算はないんだ。別に竹刀で叩かなくったって目の前で怒鳴られれば分かるし、何のための挨拶か分からないのは本末転倒だし、練習は厳しくても理屈ですべきものだろ。それに、このまま『力』に頼り過ぎると、もしも『竹刀』が練習から離れて一人歩きするようになってしまえば、同時に自分たちの『応援』に対する本質が失われてしまうような気がする。」
「じゃあ、其の極端の線引きは誰がどうやって決めるの。」
「俺らには、これまでのやり方がしみついてるぞ。」
「そう言われれば、出来るのはまず竹刀で《叩かない》ってことから、くらいかな。自分達が感じた「竹刀や平手の向こうにある本質」をそのまま強く言葉に出すことに変えるとか。」
「あとは?」
「俺が考えて、此処に居る皆にも諮りながら進めていく。だって、決める過程は団長一人の独裁じゃないだろ?」
「そうね、でも最後の決断と、其の責任は団長が負うのよ。」
「そう、だな…。そうだ。」
何度も確認するように喰らい従いてくるベーデに、何とか返答するのが矢渡だった。
「私は駿河君を推すわ。」
ここで三島さんが口を開いた。
「バクセンを勤めた駿河君には、先刻内村さんが言った咄嗟の判断力と機転を利かせるだけの経験はあると思う。私は、それに加えて、百名を越える団員を預けるには、一見わかりやすいカリスマ的な天才よりも、今のようにまず人の意見をよく聞いてから考えて判断する熟慮断行型の真面目な姿勢も必要じゃないか知ら。」
「…駿河君、三島さんになんか賄賂でも渡したの?…」
隣に座っていたコーコがそっと囁いてきた。
「…馬鹿!…」
賄賂ではないが、最初にヨーサンの御側役を務めたとき、彼女から借りたレコードを聴いて以来、其の影響を受けていなかったと言えば嘘になる。また、あの日、ヨーサンが言ったことが頭の片隅で燻っていたのも事実だ。ただ、《竹刀に代わる実効性のあるもの》が何なのか、口にはしてみたものの、其の実効性はまだ漠然とした儘だった。
「今のところ、慎重論はあれ、特に駿河の団長就任を否定する意見は無かったように思うんだけれど、他に意見のある人は?」
セージュンがまとめに入った。
「俺は広報責任者に立候補する。」
タイサンが駄目押しを言った。
「では確認だけど、山中自身は駿河にあるものを自分では持ってないっていうんだな?」
「ああ、そうだ。俺は団長より広報に向いている。」
「じゃあ、一方の駿河自身は団長をやれるのか?」
セージュンがタイサンに向けた意志確認の返し刀で訊ねてきた。
応援団に対する自分の考え方が良い加減であるとは思っていなかったが、それが他者をおいてまで積極的に立候補するほど自信のあるものか否かということについては、自分自身判断出来ずにいた。
「意見は大方出尽くしたわ。やるの? やらないの? 貴男どっちなの? 曲がりなりにも一緒に二年間やってきて三年になるんでしょ? もう考えてる時じゃあない!」
鋭い声が横から飛んできた
優柔不断で流され中心の駿河君が、いきなり団長に推挙。
周囲からの自身を評した言葉に戸惑いつつも、彼なりの持論を展開。
これまでの応援団との関わり方、これからの自分達の運営方法。
駿河君は、この短時間で自分なりの結論を出すことはできるか。




