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幕開け



「こんにちは」



 昼の中庭で僕がにこやかに挨拶をすると、小都子はびっくりしたように僕を見上げた。

 二人きりの昼食を終えた絶妙なタイミングで、佐伯樹里は義理の弟である啓人を連なって何事もないようにやってきたのだ。


「あら、こんにちは」


 彼女は僕に興味が一切ないように簡単に挨拶をませて、それから小都子に向かってにこっと微笑んだ。

 

 僕は思う。

 ああ、頑張ってるなあ、と。






 昨夜の密会は、結局僕らの愚痴大会へと発展し、そしてなぜか僕らをくっつけようと画策するであろう小都子と啓人をどうやって撒くかの作戦会議へと変わっていった。

 小都子も啓人も、なぜかどちらも似たような勘違いをしている。

 僕たちはその気が全くないことを確認しあった。お互いかなり安堵し、そしてそれぞれの想い人からどうでもい人を強く薦められることがどれほど辛いかを吐き出して、そうして、会わせたいのならこっちから会ってやろう、と言うことになったのだ。


 佐伯樹里は最後まで「あの子と会うのが怖い」と言っていたが、僕はひたすら「がんばれ」を繰り返した。二人に諦めてもらうには、僕らが「再会してもなにも起こらない」ことを示すしかないのだから、仕方がない。そうして決行日は翌日の昼、中庭と言うことになったのだった。






「あ」


 小都子と啓人が同時にハッとする。

 お互いをしばらく見つめ合うと、二人ともお互いに記憶があることがわかったのか、なぜか頷き合っていた。


「啓人、お友達?」


 彼女が聞く。

 色々な衝撃に耐えているであろう啓人に代わり、予定通り僕が答えた。


「ええ。二年の東雲です。啓人のお姉さんなんですよね?」

「そうよ」

「初めまして」

「どうも。啓人と仲良くしてあげてね」

「もちろんです。あ、そうだ。啓人、彼女が僕の恋人だよ。鹿山小都子。僕らと同じ二年」


 にこやかに紹介すると、啓人は明らかに驚いて小都子を見て「え……本当に?」と呟いた。

 小都子は言いづらいように小さくなりながら「色々あって……」とこぼす。


 君らは隠すのが本当に下手だなあ、と思わず言いそうになり、口を閉ざして佐伯樹里を見ると、自分を懐かしげに見る小都子の目に「軽蔑」が一つもないことをわかりやすすぎるくらいに喜んでいた。



 小都子との近い距離をさらにぐっと詰め、背をとんと撫でる。

 びくっと肩を跳ね上げて、小都子は僕の存在をようやく思い出したようにこちらを見てくれた。

 どんぐりのような目が、僕を映してかっと頬を染める。その長いまつげが揺れると、僕の片思いではないような気もするが、期待もせぬように心を律してにっこりと微笑みかける。


「小都子」

「……な、なに?」


 おびえなくてもいいのに。

 僕が笑うと、彼女は焦ったようにもう一度「なに?」と聞いてきた。


「いや、もしかして顔見知りだった? 啓人と」

「え?! いや、違うよ?!」

「なんだ、そっかあ。親しそうに見えたから」


 黒髪を振り、思わず咄嗟に否定した小都子は、僕の言葉に少し詰まって「そんなことないよ」と目を泳がせた。

 可愛い。

 小都子が僕に向ける感情全てが尊いと感じるのは、もはや重症なのかもしれない。


 そわそわとしている彼女を落ち着かせるように、指先で背を叩く。

 小都子にとって佐伯樹里は自分の大切な主であり、忘れている記憶が「純粋な再会」へと変化させていた。それはとても、幸せなことだ。


「仲良しなのね」


 佐伯樹里に感心したように言われて、小都子は一瞬で青ざめる。

 主を裏切った心地になったのだろう。すかさず僕は小都子の肩口に頭を預けてすり寄った。


「ええ、そうですね」

「あ、ああああ朝くん」

「素敵じゃない。いい彼氏ね」


 全く気にしていないどころか微笑ましそうに僕らを見る佐伯樹里の反応と、なぜか頬を赤らめている啓人の反応を見て、小都子は顔を真っ赤にした。

 申し訳ないけど、少し耐えてもらう。

 せっかくスキンシップがとれているので満喫したいと思ったことは隠したが、佐伯樹里は呆れたように僕を見た。


「大好きなのねえ」

「もちろんです。僕の初恋なので」

「素敵だわ。私の初恋も実るといいのだけど」


 双方から「え」と不意打ちのような驚きが突いて出て、僕らはそれを無視する。


「先生の初恋ですか?」

「そうよ、呆れるでしょ。二十四にもなって、十年前からの一目惚れの初恋がまだ終わらないのよ」


 そう言って、ちらりと啓人を見る。

 ぎくりとしてぱっと目の下を染めた啓人を見るからに、彼女は少しずつ彼を手に入れようとしているらしい。障害は多いが、彼女にしてみれば人妻ではないから障害の内にも入らないのかも知れない。啓人の表情だって、嫌悪はないどころか、逆らい難い何かから逃げる気のないようにも見える。葛藤はあるが、彼女と同じく障害を気にしていないのかもしれない。


 確かに、二人にしてみれば「義理の姉弟」なんてものは「王妃」の肩書きに比べれば些事だろう。

 年齢差は、まあ、仕方がない。

 


「では僕はその初恋が実ることを祈っています」


 啓人と小都子に向けて。


「あら、ありがとう。私もあなたたちが末永く幸せでいることを心から祈っているわ」


 小都子と啓人に向けて。


 お互いの恋を心から応援する。

 

 外から見ればなんて間抜けな会話だろうか。

 それでも、僕ら四人がそろった濃密な空気の中で、それぞれの手を取って間抜けなダンスを踊る。


 前世から現世に続いてしまった妙な勘違いをどうにか切り離すべく、僕らの白々しい攻防が幕を開けた瞬間だった。




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