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ただ真っ直ぐに



 佐伯樹里と佐伯啓人が姉弟。

 その事実に、僕は心から同情した。と、同時に、疑問がわく。

 

 どうして啓人は僕をこんな反応で見るのだろう。

 懐かしみ、嬉しさを全面に出して、僕に昔の面影を探し、そして、あれを姉だとあっさりと言ってのける。

 昔はジュリアとの距離を詰める度に陰鬱な表情で僕にわびるような視線を時折見せていたし、一線を越えたあたりからはわかりやすすぎるくらいに思い詰めていた。僕を裏切ること、けれどもジュリアの手を離せないこと、嘘をつき続けること、全てが彼の美しさを際だてていた。そのせいで周りの女性からはとてつもなくモテていたのも可哀想だったが。


 前世の記憶があるのなら、あんな最後を迎えたカインが僕を見て喜ぶはずがない。

 けれど彼は僕の前世の名前も知っている。

 ならば。


「……評判のいいお姉さんだよね」

「そうなんだ。よかったら」

「あっ、ごめん。彼女が待ってるからそろそろ行くよ」


 会わされそうになった気配を感じ取って先手を打つと、彼女というワードに、啓人はがっくりと肩を落とした。


 やはりそうだ。

 僕とあれを会わせたがるその反応には覚えしかない。

 啓人は、きっと小都子と同じように中途半端な記憶しかないのだ。

 なぜか二人とも、僕ら元夫婦が仲良しで相思相愛で運命の相手だとふざけた勘違いをしているらしい。



 このことが小都子に知れるのも時間の問題だ。

 知られた途端に二人が徒党を組むことが簡単に想像できた。行く行くは二人で僕らをくっつけるために逢瀬を重ねて仲を深め、あまつさえ小都子と啓人が前世を共有し会った果てに恋心のようなものが生まれるかも知れない、とまで想像して止める。無理。無理だ。

 耐えられない。

 どうにか手を打たなければ。


「あ、あさ?」


 不器用に、しかし喜びを名前に乗せて僕を呼ぶ啓人は、僕に親しげな視線をくれる。

 懐かしくて、嬉しくて、強ばっていた心が解けそうになった。

 ジュリアと心を通わせるようになってからは一切見せなくなった、友人の顔だった。

 僕は思う。


 どうして、忘れてくれなかったのだろう。


 小都子も、啓人も。

 全て忘れて目の前に現れてくれていたら、僕らはもっとシンプルに一緒にいられたというのに。


 どうして僕は、全て思い出したまま生まれてきたのだろう。


 

「朝?」

「また今度、彼女も紹介するよ」


 僕はそう言って啓人を見る。

 眉を下げて、仕方なさそうに笑って、啓人は頷いた。


「……あなたが選んだ人なら、きっと素敵な人なのでしょう」


 昔と同じ声色で静かに、思わずこぼれたように呟くそれを、僕は聞こえないふりをして「じゃあまた」と階段を下りその場を後にした。


 ふと、階段下の物置から白い布がちらりと見える。


 ひょいとのぞき込むと、そこに佐伯樹里が立っていた。

 白衣に、ネイビーのワンピース。計算し尽くされた化粧を施し、艶々とした髪を束ねている彼女は、昔と変わりない。

 僕らは口を閉じたまま視線をかわす。


 くい、と顎をあげられた。

 僕は持っていた二人分の荷物を見せて首を横に振る。

 眉をひそめた彼女は、腕を組むと視線を逸らした。

 今にもその風貌に似つかわしくないため息がでてきそうだ。


「夜、八時。丘の上の公園で」


 僕は短くそう言うと、彼女の反応を待たずにさっさと歩く。

 校内で二人でいるのを見られたくなかった。

 主に、啓人と小都子に。




 小都子と学校を出て、すぐに坂を上ろうとする小都子を引き留めて商店街へ。


 海辺の田舎町の割には、おしゃれな雑貨屋や喫茶店やデザートを売りにする店が建ち並んでいて、放課後はいつも若者であふれかえっているスポットだ。

 もちろん、昔ながらの衣服店や鞄屋、八百屋から果物屋、区画分けされて魚屋や肉屋まで、とにかくここへくれば買い物が終了する。最近はコンビニまで入ったので、新規で入ってきたスーパーがそろそろ潰れるのではないかともっぱらの噂だ。


 僕らを見知った人々にどうしたのかと聞かれて「早退」と晴れやかに答えれば、豪快な笑いが返ってきて「早退デート」だとからかわれる。


 小都子は小さくなっていたが、キャンドルホルダーの雑貨を見て、肉屋で揚げたてのコロッケを半分こして食べ、最後に甘いものが食べたいね、とクレープを買って商店街を脱出した頃にはふくふくと嬉しそうに笑った。

 その横顔を、僕は幸せな気持ちでじっと見つめていた。



 なんとなく、朝の待ち合わせに使うバス停のベンチに腰掛けて、小都子はストロベリースペシャルを、僕はシュガーバターを黙々と食べる。


 二人でいるときの沈黙が、僕はたまらなく好きだった。

 ただ当たり前のように側にいられることを噛みしめていられるその時間が、そうしながら小都子を盗み見たり、景色を眺めたりする何気ない日常が自分にあることを、遠くの誰かにいつも感謝する。


「朝くん」


 食べ終えたクレープを包んでいた紙をくるくると巻いて小さく畳みながら、小都子が呟く。


「ん?」


 僕は小都子からゴミを取り上げると、側にあったゴミ箱に捨てた。


「ごめんね」

「なにが?」

「サボらせたから」

「体調は良くなった?」

「……嘘だって気づいてたでしょう」


 見上げてくる小都子の疑わしげな瞳に、にっこりと微笑みを返す。


「嘘でも嘘じゃなくても、どっちでもいいよ。僕は小都子と早退デートってやつができて満足だし。ありがと、楽しかった」

「……そういうところだよ」


 小都子が唇をとがらせる。

 そういうところが、私を駄目にするんだよ、と俯いた横顔はほんのりと赤くて、僕は彼女を抱きしめて、頬ずりして、頭を目一杯撫でたい衝動をどうにか押し殺して「だって本当なんだよ」と言うだけにとどめた。


 より顔を赤くした小都子が睨んできたので、僕は嬉しくて嬉しくて、言うのだ。


「僕はずっと小都子のことが大好きだから、もうそろそろ諦めてよ」


 そうして、小都子の全てで僕のところへ来て欲しい。

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