7.幸せな暮らし
カミルとロッテは身分詐称とそのほう助の罪に問われ、カミルには王女監禁の罪も挙げ、カミルの伯爵位剥奪及び貴族籍からの除籍そして禁固刑、ロッテは不敬罪も問われ禁固刑または修道院行きが挙げられたが、ユリアーナ王女から二人の愛が本物であるならば、カミルの貴族籍除籍のみで平民として二人力を合わせて一からやり直すことで見逃すというのはどうかと提案があった。二人の間に本当に愛がまだあるかはわからないが、ロッテは涙を流し喜びカミルも同意した。
アードルング伯爵位は先代に戻し、1度養子縁組をしユリアーネとレオナを迎える処理をした。ユリアーネはユリアーネ・アードルング伯爵令嬢としてアロイス・シュテーデル辺境伯の元に嫁いだ。レオナはアードルング伯爵の嫡子となり伯爵夫妻が責任を持って育てることになった。
ベルンバッハー伯爵家では、フィリーネが王都から有望な男子を掴まえることに成功した。あのパーティーまでの間に努力をし、貴族淑女らしくマナーを身に付けたのだ。傾きかけていた伯爵家はシュテーデル辺境伯からの支援と優秀な婿により立て直すことに成功した。この出来事を機にベルンバッハー伯爵夫妻は心を入れ替え、伯爵は執務にもしっかりと取り組み、夫人は贅沢をやめるようになった。
シュテーデル辺境伯邸では、騒動のおかげでユリアーネのこれまでの環境を知ることになったアロイスが、ユリアーネが不自由のないようにとそれはそれは大切に扱ってくれた。アロイスの溺愛に蕩けそうになりながらもユリアーネは幸せな日々を送ることになった。
さて、ヴィオラン王国王女ユリアーナ・リーゼロッテ・ルーベンスはというと祖国へと戻った。
ヴィオランでは王族男子の生き残りであるヘルベルト・マリウス・シュヴァルツマン公爵令息が新国王となった。
「ロッテ!無事だったんだね!?良かった」
「マリウス!貴方も無事で何よりだわ。でも、その包帯…。傷を負ったのですか?」
2人は同い年で『いとこ』という間柄だ。
「大したことはないんだ。本当に君が無事で良かった。事情は聞いたよ。まさか君が平民として生活していたなんて」
「平民といっても伯爵邸で匿う形ですから、衣食住は保証されておりましたし、邸の手入れをするくらいでしたわよ?」
「それが本来は王女殿下のすることではないだろうに…。本当に君って人は。…こんなに手が荒れてしまって…」
ヘルベルトはユリアーナの手を取ると擦った。
「働く女性の手ですわね。皆さんに支えられて私がいるんだと思える良い経験でしたわ」
「何でも前向きに考える君が私はとても好きだよ」
好きという言葉に、ユリアーナは頬を染めた。
それを見たヘルベルトは意を決し、話を切り出した。
「ロッテ。君を探し呼び寄せたのには理由がある。王族男子で生き残ったものは私だけになってしまったため、私が新国王となった。他に生き残った王族の中で直系女子は君だけだ。君には私の妻になり共にこの国を立て直して欲しい」
直系の王族ユリアーナが王妃になれば威厳も保たれる。
「私でよろしいのですか?」
「王家の都合より何より私は君が良いんだ。私は幼き頃からずっと君を想っていた」
ヘルベルトはユリアーナの前に跪くと愛の言葉を紡いだ。
「君を愛している、私と結婚してくれ」
ユリアーナは目に大粒の涙を浮かべた。
「はい!」
そう、ユリアーナの想い人はヘルベルトであった。王女であったユリアーナは自分の想いを優先できる立場ではなかった。政略的に隣国王族に嫁ぐ案も出ていただけに、自分の想いが成就するとは思わなかった。
「っ!私もです。マリウス。私も幼き頃から貴方を想っておりましたわ」
「本当かい!?嬉しいよ!どうかずっと私の側に…」
ヘルベルトは立ち上がりユリアーナを抱き締めた。
「ええ。私の方こそ、お側に置いてくださいませ。本当に…貴方が生きていてくれて良かった」
ユリアーナはヘルベルトに寄り添った。
「こんな日が来るなんて信じられないよ」
ユリアーナの初恋が実り、これから忙しくも幸せな日々を過ごすことになるのである。
◇◇◇
「ねぇ、マリウス?猫は大丈夫?」
「猫?私は動物は好きだが?」
「実は一人暮らしをしている時に家族になった仔がいるのよ。一緒にいても構わない?」
「もちろんだとも」
「ずいぶんと美しい仔だね。飼い主に似たのかな?」
モニカはヘルベルトが気に入ったのか、足元に纏わり付き離れようとしない。
「私のことを受け入れてくれたようで嬉しいよ」
ヘルベルトはモニカを抱き上げると鼻を合わせた。
「何だか妬けますわね」
「妬いてくれるのかい?素直で可愛いんだなロッテ」
ヘルベルトが今度はユリアーナの頬に手を添えると自身の鼻をユリアーナの鼻先に合わせた。ゆでダコのように真っ赤になったユリアーナを愛しげに見やると、軽く口付けた。
「続きはまた今度」
その言葉にユリアーナはのぼせて腰を抜かしてしまった。その様子にヘルベルトは安堵した。伯爵に身分を利用する目的で輿入れさせられたと聞いていたが、その伯爵とは深い関係にはならなかったということだろう。満足気に笑みを浮かべユリアーナを支えた。すると、ユリアーナが「あ!」と声をあげた。
「どうした?」
「私が連れてきたのはモニカだけではないのです。こちらも聞いてくださいますか?」
侍女に指示を出し入室させたのは、ローザをはじめとする離れに仕えた使用人らだった。
◇◇◇
ユリアーナが王女であると判明したあの日、離れに勤めていた使用人らは青ざめていた。使用人の分際で親しげに会話し、さらにいえば主に仕事までさせてしまっていた。最も驚いたであろう彼らを慮り、ユリアーナはアードルング先代伯爵にある提案をしたのだ。
「ローザ」
ユリアーナに名前を呼ばれたローザはヒュッと息を飲むと、恐る恐る返事をした。
「隠していてごめんなさいね。だから貴女は何も悪くないのよ?不敬などは不問ですわ。ところでアードルング先代伯爵?彼女らを私に預からせてはいただけませんか?とはいっても本人達の意見も尊重させていただきますが」
「王女殿下がそうおっしゃるのでしたら、勿論でございます」
ユリアーナはローザに離れに仕えた女中とシェフと従僕を呼ぶよう指示した。そして彼らに国を出て自分に付いてくる意志はあるか確認した。
「私はあなた方のおかげで1年間1人で過ごすことが出来ました。離れで生活を共にした間に何も出来ない私に生活する術を教えてくれたのはあなた方です。感謝しかございません。突然の提案で失礼を承知の上お願いがございます。私は国に帰ります。新しいヴィオランでの私の立場はまだわからない状態で申し上げることではないと思うのですが、私に付いてきてくださいますか?」
この提案に4人は即答した。
「「「「是非お供させてください」」」」
◇◇◇
「私の命の恩人とも言える方達ですわ。国を跨いでしまいましたから、言葉や文化の壁もあるかとは思うのですが、彼らを側に置きたいと思いました。よろしいでしょうか?」
「君が認めた者たちなのだろう?それとも君の友人というべきか?構わないよ。それにしても、猫だけでなく人も連れてくるとはな」
ローザたちに向き直るとユリアーナは告げた。
「私はこの国の王妃となります。あなた方には引き続き私に仕えていただきたいと思います」
ローザらはユリアーナの立場が決まったことに安堵し、さらにそれが王妃であるという事実に恐縮した。
「それに備えて、まずは私の両親となってくれていたベルムバッハ伯爵夫妻の元で言語と文化を学んでいただけたらと思います」
ユリアーナはクラウスとバルバラも連れてきていた。
「なるほど。ベルムバッハ伯爵夫妻に物申したい所はあるが、夫妻が反対する中、ロッテ自身で決め行動していたと聞いているからこれまでのことは不問にする。そしてこれからに期待している」
クラウスとバルバラは頭を下げた。
そしてローザはあることに気がついた。その様子にユリアーナは発言の機会を与えた。
「ローザ、何か聞きたいことがありますか?」
「あの、私たちが離れでユリアーナ様をお呼びする際、愛人様のお名前である『ロッテ様』の方がわかりやすいとされたのは、ユリアーナ様が『ロッテ』という愛称で呼ばれていたからですか?」
「ええ。皆さん私のことを『ユリアーネ』とお呼びになっていましたが、私は『ユリアーナ』ですから違和感がありましたの。私のミドルネームは『リーゼロッテ』ですから、親しい人からは『ロッテ』という愛称で呼ばれていますのよ。ですから皆さんには『ロッテ』と呼んでいただきましたわ」
ユリアーナはローザににっこりと微笑むと、横にいるヘルベルトを見上げた。
「『ロッテ』と呼んでいたのが私だけではなかったのが寂しいが、入れ替わっても君でいられたのは彼女らが君の名を呼んでくれたからだね。君の大切な人達だと言った君の気持ちを理解できた気がするよ。これからもよろしく頼むよ」
国王にも認められ、4人はさらに恐縮するのであった。
復興には時間を要したが、新しい国王夫妻を国民は支え、亡命中多くの経験を積んだことで、身分に隔たりなく接し国民に寄り添い多くの人に愛されたユリアーナはヴィオランを象徴する国母となったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
名前の間違いからとんでもないことになってしまったというお話でした。登場人物が多くなってしまい読みにくくなってしまっていたらごめんなさい。
作者のモチベーションに繋がりますので、よろしかったら、評価していただけると嬉しく思います。