6.彼女の正体と思惑
「ところで、ユリアーナは何処にいるのです!?」
そう、当事者であるユリアーナはどうなっているのか。パーティー会場を後にすると、関係者らはカミルに続いてアードルング伯爵邸へと向かった。
伯爵邸に到着するとフランクとローザも従え、離れへと向かった。
「まさか!?ここに隔離しているのですか!?」
「隔離というのは語弊があるが、不自由はさせてません」
カミルが答え、フランクが「衣食住は保証しお一人で生活されてます」と補足すると、ベルムバッハ伯爵夫妻は驚愕した。
「何が不自由はさせてませんですか!?お一人で生活だなんて!!」
すると邸の扉を叩きながらベルムバッハ伯爵夫人は叫んだ。
「ユリアーナ様!ユリアーナ様!ご無事ですか?お迎えに上がりました!」
((((((ユリアーナ『様』?))))))
ベルムバッハ伯爵夫人の言葉に一同は違和感を覚えた。
するとその時、離れの中から女性の声がした。
「その声はお母様?今開けますわ」
中から出てきた女性を見た瞬間、アードルング先代伯爵とアロイスは慌てて跪き低頭した。ロッテ意外の者は二人の様子から事態を徐々に理解すると続いて低頭した。カミルは驚きで言葉を失っていたがロッテの「ちょっとみんな何してるの?」という呑気な発言に意識を取り戻し、慌ててロッテの頭を下げさせた。
「あら?皆さんお揃いでいかがなさったの?」
「ご無事でしたか?ユリアーナ様。まあ何て事でしょう、こんなに手が荒れてしまって…。申し訳ございません。もっと早くにお迎えに上がれれば良かったのですが…」
母親が娘に対する言葉遣いではないことに、ユリアーナも悟った。顔つきが変わると声音も口調も変わった。
「バルバラ、終わったのですか?」
「はい。知らせが届きました。反逆軍を鎮圧し、王族がこれまで通り王国を治めることになったと。亡命は終わります、ユリアーナ王女殿下」
◇◇◇
ユリアーナは隣国の王女だったのだ。隣国ヴィオランは反逆者たちによる争いから王族が次々に狙われた。第一王女のユリアーナは隣国にいるクラウス・ベルムバッハ伯爵とその妻バルバラの元に保護されヴィオランからの亡命を図った。クラウスはかつてヴィオランに留学していたことがあり、その際にバルバラと出会った。バルバラはユリアーナの幼少期に侍女を務めていたがクラウスとの結婚によりヴィオランを出ていた。
ヴィオランの王族は薄紫色の色素を持ち、髪と瞳はその色を受け継ぐ。それを知っていた騎士団出身のアロイスとアードルング先代伯爵はすぐに跪いたのだ。
「ねぇ、ちょっとカミル!いつまで押さえつけてるのよ。何で私が平民なんかに頭下げなきゃいけないの!?」
「バカモノ!平民はお前だ!立ち位置を入れ替えただけでお前の身分は変わらん」
「は!?身分を交換したんじゃないの!?貰ったんでしょ?」
「違う!厳密に言えば入れ替えて生活しているだけで、根本は変わってない!そもそも相手を間違えてたんだ。ここにいらっしゃるのはユリアーネ・ベルンバッハー様じゃない!ユリアーナ・ベルムバッハ様だ」
そもそも貴族と平民を入れ替えて生活しようなんて考えがおかしいのだが、カミルが自分の結婚相手にと打診した相手を間違えてしまったのだ。ユリアーネ・ベルンバッハー伯爵令嬢は社交にも出ず、その伯爵家は資金に困っていると下調べをしていた。入れ替わりをするには他とない相手である。カミルはベルンバッハー邸に赴いたはずが訪問先を間違えてしまい、打診した相手はベルムバッハ伯爵だったのだ。そこには年頃が近いユリアーナ嬢がおり、名前が似ていたことで間違いに気づかなかったのだ。ベルムバッハ伯爵家もまた資金に困っていた。子どもがいなかった夫妻の養子という形で王女を匿った。そこまで裕福ではなかった為、使用人も最低限に質素に生活していたが、ユリアーナの品格を落とさぬように使用人を増やし衣類や宝飾品にも気を遣った。ユリアーナ自体はそんなことしなくて良いと言っていたのだが、バルバラがそれを許さなかった。そしてクラウスが病を発症し寝込むことが増えると伯爵家の資金繰りが難しくなり、治療費の確保ができなくなっていたのだ。伯爵令嬢への婚約打診は、資金支援が魅力的であり、ベルムバッハ伯爵夫妻を慮ったユリアーナがアードルング伯爵との縁談に乗り自ら嫁ぐことを決めたのだった。
一同はアードルング伯爵本邸の応接室に移動し、なぜこうなってしまったのか照らし合わせていた。
「申し訳ございません。私共の監督不行き届きです」
アードルング先代伯爵夫妻は頭を下げた。
「いえ、私が決めたことです。そもそも身を隠す必要がありましたから、どちらかで婚姻を結び王家から離れることも狙いましたし、いざ輿入れしたら身を隠す生活を提案してくださいましたから、これは好都合と」
そんな裏があったとは、一同驚いた。
「とはいえ、当初は離れに使用人らも置いていたというではありませんか。今ではお一人で生活されていたなんて…」
この先代伯爵の発言に、フランクとローザはヒュッと息を飲んだ。
「最終的に提案し許可したのは私です。そちらのロッテ様が私の生活をお気に召さなかったようでしたので、フランクに提案したのですよ。生活費は頂いておりましたし、どなたかと交流が全くないことは少し寂しくもありましたが、途中から家族が増えましたし…」
ユリアーナの膝の上には首にリボンを巻かれた猫が寝ている。
「それに試薬が高くて手に入れられませんでしたから誰にも会わないというのは好都合でした」
「試薬?」
「はい。私はこの通り、ヴィオラン王族特有の見目をしておりますから、試薬で髪も瞳も黒にしておりました。約1年が経ち元に戻ってしまいましたから、表に出ることは難しくなっておりましたわ。幸い人目につかずに生活することが条件でしたから都合も良かったのです」
ベルムバッハ伯爵が受け取ったカミルからの手紙には、黒髪の赤子が生まれたとあった。ユリアーナの血をひけば黒髪なはずがない。手紙に書かれている名前にも違和感があり、よく見ると『a』なのか『e』なのか、『m』なのか『n』なのか曖昧だった。そこで、まさかと同じクルマン地方に住まうベルンバッハー伯爵を訪ねることになったのだ。クラウスとバルバラがベルンバッハー姉妹を見て納得したのは二人が黒髪であったからだった。この結婚の決め手であった令嬢の見目は黒髪で濃い色の瞳であり、ユリアーネ・ベルンバッハーであれば問題がなかったのだ。ユリアーナとユリアーネを間違えたのだと確信を得ることになった。
さらに、時を同じくしてヴィオランから知らせが届く。王族側が勝利し新国王がユリアーナを探している、ユリアーナが無事であれば祖国へ戻るようにという内容だった。結婚し幸せに暮らしているならばそのまま亡命を続けさせたが、そうではなさそうだとベルムバッハ伯爵夫妻は判断したのだった。
「ところで無事お子はお生まれになったのですか?」
「はい。お会いになられますか?」
ユリアーナはにっこりと頷くと、「お連れいたします」とフランクは答えローザに目配せると、ローザはレオナと名付けられた女児を抱いた乳母を伴い連れてきた。
「綺麗な黒髪の母親似のお嬢さんね。貴女のおかげで今こうして間違いが明らかになりましたわ」
ダークブロンドと黒髪の両親から生まれた黒髪のレオナのおかげだ。
「しかし、ユリアーネ様には大変申し訳ないことになってしまいました。ベルンバッハー伯爵、騒動に巻き込んでしまって申し訳ありません。ユリアーネ様はシュテーデル辺境伯と婚約されていたのでしょう?戸籍に傷がついてしまいましたね」
ユリアーナはベルンバッハー伯爵に謝罪した。
「いえ、王女殿下の所為ではございませんよ。そこのアードルング伯爵とその愛人の所為ではありませんか」
「そもそも私が違和感をそのままにしなければ良かったのですよ。書類の文字が汚すぎて読めず、名前が違っていることに気がつきませんでしたし、呼ばれている名も国が違うと言語も違いますし発声が違うのかと思っていました」
二人の言い様はなかなかのものだった。
「今後、カミルとロッテには然るべき処分を致します。本当に申し訳ございませんでした」
最後にもう一度アードルング先代伯爵が謝罪すると、今後の対応について話し合った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回で完結です。
作者のモチベーションに繋がりますので、よろしかったら、評価していただけると嬉しく思います。