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2.離れの生活

「ユリアーネ様、いえ、こちらにいる間はロッテ様とお呼びすることになりますが構いませんか?」


さっそく離れに移動すると伯爵邸執事フランクと侍女のローザが説明を始めた。


「ええ。そちらの方がまだわかりやすいわ」


あまりにもものわかりの良い女性に、フランクとローザは目配せた。


「では…。今後、ロッテ様にはこちらで生活していただくことになります。この離れは先代夫妻にわかりにくいように伯爵邸の敷地の端に設けたものになります。先代夫妻には旦那様の隠れ家であると説明してございますので、こちらにはお近づきになりません。お庭もございまして、囲いがあるところまでは離れ用として手入れしたものですからご自由になさってもらって結構でございます。こちらの離れでは、離れ専属の使用人が数名おります。ローザが侍女を兼任した女中でございますから、身の回りのことはお申し付けくださいませ。こちらにも調理場がございます。お食事は専属のシェフがお作りしますのでご安心下さいませ。私はよほどの事がございません限りはお伺いすることが難しいと存じます。しかし何かございましたら遠慮なさらずお申し付けくださいませ。この度はこのような大変失礼な扱いとなりましたこと当主に代わりまして心よりお詫び申し上げます」


フランクの対応を見るに、どうしようもないクズは当主であるカミルだけなのだろう。もちろん愛人のロッテ…いや、入れ替わったからユリアーネと言うべきか、この人もだろう。使用人らは常識のある人達と見受けられた。


「フランク、ローザ、心遣いありがとう。そしてこれからよろしくお願いします」


その言葉に、二人は深々と頭を下げるのであった。


◇◇◇


1ヶ月が経ち、この生活にも慣れてきたころ。


「はあ…。もうここは天国です!愛人様に仕えてた頃は地獄でしたから。なぜ平民に上から目線でこき使われなきゃいけないのか。それがもう!ロッテ様はお優し過ぎます!こんな仕事っぷりでこんな毎日で良いんでしょうか」


ローザはすっかり彼女に懐いていた。彼女は貴族らしくはなく使用人らと共に生活を楽しんでいる。食事も共にし清掃から洗濯までこなすのだ。この離れの主は彼女だけであるが、そこそこの邸宅となっているのにも関わらず使用人は侍女兼任の女中、もう一人の女中、シェフ、従僕の4名の為、何となく彼女も手伝うことでもて余していた時間を有意義に過ごしている。


「ということは、貴女は貴族のご令嬢なの?」


「あ、はい。男爵家の三女です」


「三女…。では、後に結婚はされるのかしら?」


「わかりません。手に職をという訳ではございませんが、結婚という道がなかった場合を考え働いております。我が家には男子がおりませんので、長女が婿をとりました。侍女の仕事は見習いも兼ねてますから結婚の可能性もあるのですが…。次女と私のことは父が良き縁談を探しているようですが…、今のところは…」


「そうでしたの…。あの人の代わりは貴族なら誰でも良いわけではないのね」


「あ、なるほど。旦那様は伯爵家当主ですし先代夫妻もまだご健在ですので、家格も重要だったようです。それに、入れ替わりを考えたので見目も重要だったようです。濃い色の瞳に黒髪でないと。はじめは産まれてくるお子様を迎えた奥様との子供として育てることを考えていたようなのですが、こちらも遺伝を考慮しますと見目の特徴は重要でしたので…」


ダークブロンドで青い瞳を持つカミルと黒髪で黒い瞳のロッテからは濃い色を持ち合わせた子供が生まれることが予想される。ローザのようにブロンドヘアでは辻褄が合わない可能性があったのだ。見目が、特に色合いがロッテに似ているということが重要であった。


どちらの方が幸せなのだろうか…。他人の子供を育てながら夫は愛人の住まう離れに通う生活と、自分の戸籍を奪われ平民として離れに住まうのと。


(どちらにせよ愛がないのであれば私は後者ね!まあ、私の立場を考慮しても今の生活の方が良いわ)



しかし、この離れの生活をよく思わない者がいた。今は現伯爵夫人ユリアーネとなった愛人ロッテだ。



女中らの会話を立ち聞きし、現在の離れの暮らしぶりを知ったのだ。


「あの女は平民になったのよ!?何で至れり尽くせりの生活を送っているの!?」


フランクを呼びつけるとあれこれ難癖をつけてきた。


「何でと申されましても、奥様との生活を入れ替えたに過ぎません。これまで奥様も平民であるにも関わらず離れで貴族女性と同じ生活を送られておりましたが?侍女が付き、シェフに食事を作らせ、女中が家事を行いました。あの方の衣食住の保証は旦那様との婚姻の誓約にございますからそれを反故にすることはできかねます」


「金さえあれば衣食住は保証くらいできるわよ。平民なのよ?家は与えてるんだから、あとはどうにかなるでしょ?」


「まずは旦那様にお話しくださいませ」


「なんでよ!私が女主人よ!?私の指示が聞けないっていうの!?」


(この人こそ何様なんだ!旦那様もこんな女性のどこに魅力を感じたのか!?)


「旦那様にお話をお通し致します。あの方とのことは旦那様に権限がございます。先程も申しました通り誓約がございます。反故するような事があれば罰則あるいは慰謝料が必要になりますよ?」


「むっ…!そ、そうなの?わかったわ」


貴族社会には様々な誓約や決まりがある。自由な平民とは違って守る責務が存在するのだ。罰則や慰謝料という自分が損を被る可能性を知り、愛人は一旦おとなしくなった。


その日の午後、フランクはカミルに夫人の訴えを相談した。


「あの人の衣食住を脅かさない程度に、彼女の言い分を上手いこと汲んでくれよ。今はお腹の子どもが大事な時だ、心労は少ない方が良い。フランクに委せる」




全て丸投げされたフランクは、彼女に相談した。


「申し訳ございませんロッテ様。奥様より指摘がございまして…。ご相談させて頂いてよろしいでしょうか」


フランクは本来であれば主人である彼女に考えを伺うことにしたのだ。


「…そう。つまりは、もっと質素な生活をしろということなのかしら?」


「使用人らに好かれ、のびのびと離れでの生活を満喫されていらっしゃるのがお気に召さなかったようです」


人に好かれるのはその人の資質によるものだろうに、醜い嫉妬だ。


「私が使用人らを携えている事がお気に召さないのでしたら、人数を減らしてもらっても構いませんよ。衣食住の保証が最低限であるならば、住むところはこの離れを頂いてますし、衣服は持参したものが十分にございます。しかし消耗品でもありますからこの生活が長いこと続くようでしたら、私用の月間ないし年間予算を計上分配していただければ上手いことやりくりしましょう。食は食材を調達頂ければ調理場もございますし自炊しても構いませんわ。しかし、私は身を隠さねばならないのでしょうから、物資の調達要員は必要となります。これをご理解いただければ私は構いませんわ。私は今の生活をなかなか気に入っておりますの。夫や社交に気を遣わず、マナーも何も気にせず、好きなことを嗜み日々を過ごす。こんなにストレスのない生活は快適です」


「そのようにお考えでいらっしゃるのですね…。ご配慮感謝致します。では、まずは試しに女中を減らします。ローザは侍女として残しておきますので、雑務も依頼してください。予算の計上は愛人様にはご理解できない分野でしょうから旦那様とご相談の上、良いようにしておきましょう」


「フフッ。良いようになるのですか?」


「あ、はい。そうでございますね。旦那様はちょっと頼りないと申しますか気が弱いと申しますか意志があまりないと申しますか、そもそもこのような大それたことを出来るような方ではございませんので、私の方で何とかしておきましょう」


フランクはこの屋敷内では最年長だ。先代から仕えているため勝手を理解している。カミルは基本的に人がいい為、致し方無いと思いつつ仕え続けているのだ。


(このような大それたことをするならば、この方を亡き者にしてしまえば良いのにそんなことはこれっぽっちも頭にないんでしょうな…。悪いことなど出来る器ではないのに、この先どうするおつもりなのか…)



ここから2週間ほどは、侍女ローザとシェフのみを残し変わらぬ生活を送っていたが、愛人の監視は続きこの人員も減らされた。当初の提案通りに人員は削減され、調達と伝達を兼ねた従者が1日1往復するのみとなった。本来この離れを回すのにかかっていた人件費や雑費などに少し上乗せした額を彼女用の私費として毎月支給された。あらかた予想していた彼女は、シェフに賄いや庶民的な料理を教わり、ローザと身の回り品の整理を済ませていた。


(人と会話をすることがなくなってしまったのは寂しいわね。従者とは顔を合わせることもなく書き置きで済ませているし…。今は1日1回あるけど、これだっていつまで続くか…)


不安はあるが、愛人に直接何か仕打ちを受けるよりはマシだ。孤独だがいざこざが無く生活できることは幸せだろう。こうして彼女は貴族女性らしからぬ一人暮らしの生活を送ることになるのであった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーションに繋がりますので、よろしかったら、評価していただけると嬉しく思います。



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