特命遊撃士・生駒英里奈少佐、由利鎌之助と激突す!【短編版】
室町期から江戸初期にかけては南蛮貿易の要所として繁栄し、ヨーロッパ諸国から「東洋のベニス」と称された過去を持つ堺県堺市では、今日でも国際交流や多文化共生に注力する自由都市を目指した街作りが行われております。
そんな堺の国際性をある意味で体現しているのが、この堺区市之町東周辺で御座いますね。
県庁を始めとする官公庁が集中する堺東駅周辺と大小路で直結している事もあり、この界隈は各国の領事館が軒を連ねているのですよ。
平時であれば、仕立ての良いスーツに身を包まれた職員や利用者の方々が行き交われる、堺の中でも特に国際色の豊かな一角で御座いますね。
然し今日に限っては、日頃のインターナショナルで颯爽とした雰囲気は幻のように霧消してしまったのです。
領事館を始めとするビル群に人影はなく、堺市道大小路線を時折駆け抜けるのは、国防色に塗装された軍用車両ばかり。
人々の喧騒が途絶えた街角のそこかしこで銃声や爆発音が絶え間無く鳴り響く様は、正しく市街戦。
もっとも、それも無理は御座いませんね。
この堺県堺市は現在、テロリズムとの戦いの真っ只中にあるのですから。
常日頃と変わらぬ平和な日常を過ごしていた堺県堺市は、突如として現れた鎧武者と足軽の軍勢によって、弾丸雨注の戦場と化してしまいました。
誰言う事なく「怨霊武者」と呼ばれた武士達の正体は驚くべき事に、悪しき霊能力で現世に蘇った豊臣方の武将や侍達。
彼らの首魁である豊臣秀一は、太閤秀吉の末裔を名乗る狂気の霊能力者で、その目論見は現体制の転覆と豊臣政権復活だったのです。
こうした武装勢力が企てる破壊活動に立ち向かうのは、公安系公務員の責務で御座いますね。
堺県警の特殊強襲部隊に、近隣の駐屯地より出動した陸上自衛隊、そして国際的防衛組織である「人類防衛機構」の少女士官達。
この三組織による連携作戦で事態は早々に終結するかに思われたのですが、此度の敵対勢力が見せた抵抗は意外な程に力強かったのです。
アサルトライフルの弾丸を浴びせて蜂の巣にしても、爆弾で五体を粉々に吹き飛ばしても、暫くすれば元通りに復活する蘇生力の強さ。
怨霊武者達の見せた高い再生能力に手を焼いた私共は、打開策が見つかるまで防戦一方の苦戦を強いられたのでした。
この状況を打破するに至ったのが、祝詞を唱えながら薙刀で足軽達の群れを消滅させたという市内の巫女達の証言で御座います。
−霊的能力による清めの力を増幅させる事で、怨霊武者達の怨念は浄化される。
この仮説に基づいて決行されたのが、堺県内の百舌鳥・古市古墳群を繋ぐ霊的地脈で霊能力者の祝詞を増幅させ、浄化による怨霊武者の弱体化を狙った一大反抗作戦だったのです。
再三繰り返された怨霊武者による妨害をどうにか退け、私共は霊能力者達を無事に古墳群へ移送しおおせました。
そして高い霊的能力を有した宮司や巫女達によって祝詞が古墳群に捧げられた瞬間、青白いエネルギー波が大仙古墳を筆頭に各古墳群から放出され、怨霊武者達の跋扈する堺の町を、破邪顕正の力が清めていったので御座います。
このエネルギー波に直接触れた怨霊武者は、触れた所から瞬く間に朽ち果て、一握の塵と化して風に散らされて仕舞いました。
辛うじて直撃を免れた者達にしても、肝心の再生能力を失っては単なる烏合の衆に過ぎません。
アサルトライフルやガトリング砲といった近代兵器の洗礼を浴びるが早いか、瞬く間に砕け散って仕舞ったのです。
斯くして、一度は亡者達に掌握されたかと危ぶまれた戦場の主導権は、生者である私共の手中に再び取り戻されたのでした。
やがて戦局が好転した事に伴い、人類防衛機構に所属する私共には新たな指令が通達されたのです。
「武将や剣豪を対象にした、残存する怨霊武者への追撃任務。それが我々特命遊撃士への新たな任務でありますね、加森千姫子上級大佐?」
「うむ!その通りだよ、生駒英里奈少佐!より正確を期すなら、『少佐以上の階級を持つ特命遊撃士への』となるけどね。准佐以下の特命遊撃士と特命機動隊の下士官達の任務に、変更はなし。引き続き、重要拠点及び避難所の守備、並びに主要道路や奪還地域周辺の哨戒任務に当たって貰うよ。」
前線部隊の指揮を執られていた幹部将校は、私の問い掛けに快活な笑顔で応じられたのです。
「既に敵の戦線は崩壊、怨霊武者達に制圧された地域も解放されつつある。大部隊を展開した追撃作戦は、この現状では却って非効率的と言えるね。その点、佐官階級の特命遊撃士ならば、白兵戦に長けていて戦歴も申し分なし。加えて単騎での遊撃戦ならば、大部隊による波状攻撃よりも都市インフラへのダメージが少なくて済むからね。」
紺色のヘアバンドで束ねられたボブカットの銀髪を軽く揺らしながら、作戦変更に至る経緯を理路整然と説明される加森千姫子上級大佐。
その颯爽とした立ち振る舞いは、貴公子を思わせるボーイッシュで凛々しい美貌も相まって、実に頼もしく感じられるのでした。
「要するに今回の追撃任務は、貴官等にとっては武勲を立てる素晴らしい好機と言えるね。もう十五年若ければ私も遊撃戦に参加したのだけど、前線指揮官とは因果な物さ…若い貴官等が羨ましいよ。」
特命遊撃士時代から愛用されているバスタードソードを携えながら、冗談めかして微笑まれる加森千姫子上級大佐。
その御尊顔は、私を始めとする現役の特命遊撃士と見紛わんばかりの、若々しさと快活さに満ちていたのでした。
こうして堺県第2支局に所属する佐官階級の特命遊撃士は、怨霊武者の残党狩りを遂行するべく、堺の各地に散開して遊撃作戦を開始したのでした。
少佐階級の特命遊撃士である私こと生駒英里奈も、その例外では御座いません。
個人兵装のレーザーランスを小脇に抱え、管轄地域内を縦横無尽。
時には単騎で、またある時には戦友達と力を合わせる形で、冥府より彷徨い出たる怨霊武者達を次々に仕留めて行きました。
やがて大小路付近で怪しい気配を察知した私は、生き残った怨霊武者を効率的に仕留めるために、細い路地へサッと身を翻したのです。
「我が同胞の穴山小助を仕留め、あまつさえ幸村公までをも討ち取った垂髪の槍使い…貴殿で相違ないな?」
領事館とマンションに挟まれた、二人で擦れ違うのがやっとの狭い路地。
その袋小路の奥には、紺色の着物に身を包んだ若侍が、十文字槍を携えて静かに佇立していたのでした。
「穴山小助の同胞…すると貴方は、真田十勇士の生き残り…」
怨霊武者掃討作戦の一環として真田軍を襲撃し、真田幸村を始めとする主だった武将を倒したのは、ほんの数時間前の事。
私が幸村公を討ち取った事を、あの若侍は撤退の過程で知り得たのでしょうか。
「如何にも。拙者は由利鎌之助、幸村公に仕える武士で御座る。」
元々は菅沼新八郎に仕えて真田親子を狙ったが、幸村公に救われて忠誠を誓ったという、真田十勇士きっての槍使い。
幸村公の人柄に惚れて家臣となった忠義者である事を踏まえれば、主君の仇である私には激しい憎悪を抱いていても不思議では御座いません。
「貴殿には、幸村公と仲間が世話になり申したな。今度は拙者と御相手願おうか?」
しかしながら、由利鎌之助の端正な細面に浮かぶのは寂しげな微笑ばかり。
憎悪や憤怒といった激情は、微塵も感じられないのでした。
「仰る通り、幸村公は私が討たせて頂きました…主君と御仲間の仇討ちとは、流石は義を重んじる真田十勇士で御座いますね。」
私の言葉に、若侍は頭を小さく横へ振る事で応じたのでした。
「褒められて悪い気はせぬが、誤解は正さねばならぬな。幸村公と小助達の為に戦うのは誠であるが、意趣返しの意図など毛頭も御座らん。恨むどころか、拙者は貴殿達に感謝すらしておるのだ。」
返事の内容は何とも意外な物でしたが、邪気の無い穏やかな佇まいから察するに、その思いは本心なのでしょうね。
「病に蝕まれ、幸村公と最期まで共に戦えなかった拙者にとって、あの男の誘いは甘美な物に聞こえたのだ。再び幸村公と共に戦い、天下を豊臣の治世に出来るのならば…」
鎌之助殿の仰る「あの男」とは、太閤秀吉の子孫を名乗る霊能力者の豊臣秀一の事に他なりません。
「しかし拙者達十勇士と幸村公は、直ちに後悔する事となった…あの太閤殿の末裔を名乗る男は、支配欲に魅せられた亡者其の物。幸村公が惚れ込んだ太閤殿とは似ても似つかぬ。いずれ隙を見て謀殺した後は、より心清き豊臣家の末裔を探し出して擁立しよう。そう密かに幸村公はお考えだったのだ…」
たとえ怨霊武者として蘇っても、生前と変わらぬ高潔な魂を維持しているとは。
流石は日ノ本一の兵と、その忠勇義烈の家臣団たる真田十勇士ですね。
「だが、貴殿達の奮戦によって彼奴が討ち取られた事で、我々も忌まわしき呪縛から解放される時が来た。貴殿達に討ち取られた西軍の侍達は、再び黄泉の眠りにつけて喜んでいる事だろう。幸村公とて、戦いの中で散れた事に満足されている筈だ。貴殿達を恨む者があるとすれば、偽りの太閤殿以外におるまい。」
静かで穏やかな、そして悲哀に満ちた笑顔。
これが果たして、主君や仲間を討ち取られた者が出来る顔なのでしょうか。
「だからこそ拙者も、戦いの中で果てねばならん。冥府で幸村公に再び御仕えする際に、恥をかかぬようにな。」
恥を恐れ、誉を重んじる。
それは正しく、武士道のあるべき姿なのでした。
幸村公や仲間の十勇士達が最期まで武士の誇りを胸に戦ったのだから、自分も其れに劣らぬ誇り高き最期を迎えたい。
彼の見せた武士道の高潔さは、特命遊撃士である私にも共感出来る物だったのです。
見方を変えてみれば、御先祖様から脈々と受け継いできた血筋がそうさせているのかも知れません。
今でこそ華族として爵位を頂いている我が生駒家ですが、家系図を遡れば織田信長に仕えた戦国大名に行きつくのですから。
「忠義と友情を重んじるその志、感服致しました。この勝負、お受け致します!」
言うが早いか、私はサッと間合いを取り、個人兵装のレーザーランスを右前半身に構えたのです。
「おおっ、受けてくれるか!感謝するぞ!して、貴殿の姓名は?」
歓喜に打ち震えながらも、若侍の構える槍には寸毫微塵の隙も御座いません。
流石は真田十勇士随一の槍使い、その力は幸村公に勝るとも劣らないでしょう。
「人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属特命遊撃士、生駒英里奈少佐!由利鎌之助殿、御手合わせを願います!」
名乗りを上げるや否や、不思議な程の高揚感が私の胸を満たしたのです。
不謹慎な話では御座いますが、歴史に名を残す槍の名人と相対する僥倖に、槍術を心得た特命遊撃士としての私の闘争本能が昂っているのでしょうか。
「うむ、その堂々たる名乗りや良し!ならば、いざ尋常に…」
「勝負!」
斯くして戦いの火蓋が切って落とされ、二柄の槍が唸りを上げたのでした。
突き、打撃、払い。
狭隘な路地を物ともしない攻撃の応酬に、私の闘争本能も昂るばかりです。
肥大発達した脳松果体を核にして発現される身体強化能力も、静脈投与された生体強化ナノマシンも、いずれも好調。
個人兵装のレーザーランスも、まるで四肢の延長の如く自由自在に取り回せるのでした。
しかしながら「楽勝」と申せる程の余裕は、私には御座いません。
それも申しますのも、我が敵の底知れぬ力強さにあるのでした。
「何故このような狭い路地を、戦場に選んだのです?決闘に水を差されたくないとはいえ、槍使いの貴方には不利の筈…」
集中力を削ぐ意図もあった問い掛けは、あまり役には立ちませんでした。
「それは貴殿も同じ事…槍使いとして、条件は五分と五分で御座る!」
私に応じる鎌之助殿の槍捌きは、それまで通りの冴えを見せたのですから。
破邪のエネルギーが堺県全域に満ちている以上、怨霊武者達は弱体化されている筈。
邪気の感じられない鎌之助殿が疲弊しない理由は、果たして何なのでしょうか。
「うっ!」
サッと身を翻した刹那、私の頬を鎌之助の槍が掠めたのです。
空を切った槍の穂が起こした衝撃は、回避が遅れた私の髪を数本捉え、ライトブラウンの断片を宙に巻き上げたのでした。
「御覧下され、幸村公…見ていてくれ、小助…貴殿等のためにも、拙者は!」
その声に邪念はなく、あるのは純粋たる決意のみ。
この時、私は漸く気付いたのでした。
由利鎌之助が怨念の代わりに、何を糧にして戦っていたのかを。
「幸村公…貴殿が拙者に微笑んで下さる限りは…」
主君への忠義と、仲間への友情。
この二つが、怨霊武者となった鎌之助を戦わせていたのでした。
「何という同胞愛…貴方を始めとする十勇士と幸村公の絆は、それ程までに強く…」
鎌之助が示した忠義と友情に、私と致しましても感動を禁じえません。
だからこそ私は、彼との決闘に勝たねばならないのです。
鎌之助のように主君や友を愛する武人が、「怨霊武者」という呪われた生に囚われ続けるなど、決してあってはなりません。
そして何より私は、人類社会の平和と自由の為に戦う特命遊撃士。
私もまた、戦友達と共に戦っているのですから!
忠義心と友情に厚い鎌之助を、今の呪われた生の呪縛から解放するためにも。
そして何より、私が戦友達と共に誓った正義を為すためにも。
この膠着した状況は、何としても打破しなくてはなりません!
「たあっ!」
一計を案じた私は、幅の狭い路地で可能な限りでランスを払い、鎌之助から間合いを取ったのです。
「ふん、引いたか…良い判断だ!」
「はああっ!」
そして間合いを詰めようとする鎌之助の声を聞きながら、レーザーランスのエッジを路面に突き刺したのでした。
「レーザーランス・地裂衝!」
ランスの柄を握る両手に力を込めると、瞬く間にアスファルトの路面に亀裂が走り、バラバラに砕けていきます。
そうして砕けたアスファルトが瓦礫と化して、鎌之助に襲い掛かったのでした。
「むうっ、土遁の術か…猿飛や霧隠も同じような術を使ったが…」
飛来する瓦礫に辟易してはいるものの、鎌之助に動揺は見られません。
直ちに次の一手を考えなければ…
「むっ、これは?!」
ところが次の瞬間、鎌之助は突如として動揺し、私から視線を逸らしてしまったのです。
彼らしからぬ失態ですが、絶好の隙である事に変わりは御座いませんね。
「やっ!」
好機到来と判断した私は、両手で構えたレーザーランスにピッタリ身を寄せ、大地を蹴り上げたのです。
「レーザーランス・弾丸突!」
そうして勢いを付けて宙に舞い、鎌之助の身体目掛けて突進。
これぞ正しく、肉弾攻撃で御座います。
「ぐおおっ!」
充分に加速したレーザーランスのエッジは鎌之助の胸板にグッサリと突き刺さり、そのままの勢いで彼の身体をビルの壁面に叩き付けたのでした。
「たあっ!」
鎌之助の身体がビルの壁面に叩き付けられたのを確認した私は、磔状態となった彼の身体を蹴り上げ、レーザーランスごと方向転換を試みたのです。
「むっ…!」
そうして放物線を描いた後に音もなく地面に降り立った次の瞬間、鎌之助の身体は俯せに大地へ倒れ込んでしまったのです。
「何故なのです…貴方程の武人が、戦いの最中に隙を作るなど…」
「ハハハ…これが咄嗟に、目に入ったので御座るよ…」
腹部に大穴を穿たれた無惨な姿と化した若侍は、力無く右の掌を開いたのでした。
「これは…真田紐…」
絹糸と木綿糸で織られた、黄色と黒のニ色使いのネックストラップ。
その特徴的な織り方は、和歌山県九度山町の名産品として珍重されている真田紐に相違ありませんでした。
私と鎌之助が槍の応酬をしているうちに、表通りから風に吹かれて来たのでしょうか。
「きっと幸村公が、拙者の事をお呼びなのだ…『戦いは止めて自分の元へ来い』と…幸村公、拙者も直ちに君公の元へ…」
愛おしげに真田紐を握り締めた鎌之助の身体がボロボロと崩れ、みるみる塵へと変わっていきます。
全ての心残りが解消された事で、鎌之助の魂は主君と仲間の待つ冥府への旅を望んだのでしょう。
「英里奈殿と仰ったか…拙者と立ち合ってくれて、礼を申すぞ…」
「鎌之助殿…私も貴方に御手合わせ頂けて、長道具を操る特命遊撃士として光栄で御座います。」
そうして一礼した私が頭を上げた頃には、鎌之助の姿は路地から消えていました。
そこには古びた真田紐のネックストラップが、塵に塗れて虚しく転がっているばかり。
望まぬ形で現世に蘇った真田十勇士の槍使いは、愛する主君や仲間達の元へと帰って行ったのでしょうね。
「全ての怨霊武者を駆逐したら…九度山へ行かせて頂きますね。貴方と御仲間達に、花を手向けさせて頂きます。」
こうして死闘が繰り広げられた路地を最後に一瞥した私は、新たな戦場を目指して大小路を駆けるのでした。




