私の好きな先輩は既に彼女がいて
私には好きな人がいる。
でも、その好きな人には彼女がいるらしい。
だから、私はその人を応援することしかできない。いや、応援したい。ちょっとでも幸せになってくれたら、私も嬉しいはず……。
◇◆◇
「はあー、やっと終わったー」
HRが終わり、隣の子がぐっと伸びをする。
「相変わらず授業嫌いなのね、涙美は」
「いやー、別に嫌いってわけじゃないんだけどね。ただちょっと面倒くさいだけ」
てへっ、と誤魔化した顔で言う。
この授業嫌い子の名前は彩崎涙美。私が小学校の頃からの幼馴染。
「それにね、早く見たいの! あ〜、早く紫晞先輩のテニス観たいな〜」
「そんなに?」
「紗香も一緒に観る? 同性の私ですら一目惚れしちゃうくらいなんだよ?」
朝霧紫晞。高校3年生の先輩で、この学校の高嶺の花だ。その容姿は完璧で、長い脚に黒髪ロングヘアー、出るところはしっかりと出ており引っ込むところはしっかりと引っ込んでいるという女性の誰もが望む姿を紫晞はしていた。それだけではなく、学力も学年一位をずっとキープしながら、部活では全国出場し二位を取ったという文武両道の脅威の完璧超人だ。その宝石のように透き通った紫の瞳に覗き込まれると、一瞬で誰をも虜にさせてしまうと言われているくらいにこの学校では誰もが目を引く存在だった。
実際、私の友達の彩崎涙美をここまでした女だ。それほどに紫晞先輩は到底私が勝てるような存在ではなかった。
「いやよ、私も部活あるんだからね?」
「えー、そんなの休んだら良いのにー」
涙美の言葉を無視し、私はリュックを背負う。
「じゃあそろそろ行くね」
「うん、わかった。いってらっしゃ〜い」
そうして私は部室の前まで来る。
そのドアの奥からは、ドラムやベースといった色々な楽器の音が聞こえて来た。
私が所属しているのは軽音楽部だ。正直言ってあまり人気が無く人数も少ない。でも私はこの部活が好きだ。
よし、今日も頑張るぞ! と気合を入れてドアを開けた。
するといきなり声が投げかけられた。
「おっ、紗香じゃん! 待ってたんだよー。一緒にギターやろ!」
「冬稀先輩……。今日はちょっと一人で練習したいなぁ、なんて」
私が部室に入るといつも真っ先に声をかけてくれる人がこの先輩、華柳冬稀先輩だ。私の一つ上、三年生の先輩。
私の先輩であり、軽音楽部の部長でもあり、私の……好きな、人……でもあった。
「ええー! 俺ずっと紗香とギターすんの楽しみにしてたのにー」
「ふふ、冗談ですよ。やりましょ、ギター」
「よっしゃー!」
そんな子供みたいな笑顔を私に見せてくれる。
でも、正直それが私には迷惑だった。その笑顔を私だけに見せてもらって良いのだろうか。
◇◆◇
華柳冬稀先輩には彼女がいるらしい。
それも、相手があの朝霧紫晞先輩。
この話はかなり有名で、それが広まってから朝霧紫晞先輩を追いかける人は減っていった。逆に、冬稀先輩はそう言ったこともあり、この学校では一躍有名になってしまったほどだ。
この話が広まったのはちょうど一ヶ月くらい前の事。
どう言った経緯で漏れたのかはわからないが、これを聞いた私も驚いてしまった。
まさか私の好きな人が朝霧紫晞に取られるなんて……。
それから私は先輩達を邪魔してはいけないと思い、出来るだけ避けてきた。
だけど……だけどこの人は毎日のように私に声を掛けてくれた。どうしたら良いのかわからず、悩んでいる。
私はこの人達を応援したら良いのか、邪魔をしたら良いのか。邪魔はいけないだろう。それをすると私の記憶にずっと後悔が残るだろう。だから私は応援する。これが私が出した答え。
今更邪魔したところで冬稀先輩をあの完璧紫晞先輩から奪えるはずもない。こんな何の取り柄もない平凡な私が……。
◇◆◇
「うん、いいね」
「そ、そうですか?」
「いやマジで。もう俺より上手いんじゃね?」
私と冬稀のギター練習は続いていた。今は私が冬稀先輩に教えてもらってる側。
「それはないですよー」
「まあ俺より上手いは冗談だけど、本当に上手くなってる」
冬稀先輩はアーティストを目指してるらしく、ギターとか楽器がすごく上手。この人が奏でる音楽を私は好きだ。
私はあの時から毎日冬稀先輩に楽器を教えて貰っている。特にギター。
「冬稀先輩が教えるの上手すぎるんですよ」
「えへへ、そうかな? 紗香の飲み込みが早すぎるだけじゃなくて?」
こういうところ。この謙虚さが好き。
「本当に先輩って謙虚ですよね。もっと自信持っていいんですよ?」
「ありがとう、そういう君も自信ないんじゃないのかな?」
「うっ、バレたか……」
先輩には全て見通されてる気がする。でもこのやり取りが私は好き、だった。一ヶ月前までは……。
先輩は腕時計に目をやると、あっ、というような顔をして私を見る。
「いつの間にかもう六時前になってたわ。紗香との練習が楽しすぎて時間が早く感じるね」
そんなこと言わないでほしい。私の心が傷つくだけ。先輩は私のことを見通している気がして、でも心の中までは見れないみたい。
私は冬稀先輩のために、紫晞先輩のために……この人と関わらないようにしなきゃ。私のためにも。
「そうですね……。じゃあ私帰りますね」
「うん」
ギターを指定の位置に置き、素早く帰る準備を済ます。先輩もギターを仕舞う。
出来るだけ冬稀先輩と関わらないように足早に部室を出ようとすると、予想通りの声が私を引き止めた。
「紗香、一緒に帰ろ!」
これが毎日なのだ。何故私なんかに……。紫晞先輩も部活終わったばっかりだと思うから一緒に帰れば良いのに。何故……。私は彼女でも、冬稀先輩の恋人でもないのに。
嬉しい……けどやめて欲しい。私の心を痛みつけないで欲しい。
私は冬稀先輩に向き直り、いつも言えなかった言葉を言う。
「でも、冬稀先輩の彼女さんに失礼だし……」
「えっ……ああ、それなら大丈夫だよ」
なんでそんなに軽く言うの。あなたは彼女のことをどうも思ってないの?
「一緒に帰らないの?」
「来ないで!……先輩は……先輩は私の気持ちなんてわからないでしょ!」
だめだ、言っちゃだめだ。それを言っちゃ先輩に嫌われる。
冬稀先輩は目を見開く。私の急な変わりぶりに驚いたのだろう。実際私はこんなこと言ったの初めて。言いたくなかったのに。
少し経って、
「……ごめん。俺は……」
「帰る」
冬稀先輩の言葉を遮って、私は部室を出ていってしまった。感情が制御できなかった。
「……紗香……」
校門を出ると、ちょうど涙美と出会った。
「あ、紗香だ! やっほー、帰ろ帰ろー」
「うん……」
涙美とは家が近く、会ったらいつも一緒に帰っている。
「んー? どうしたの? そんな暗い顔して」
流石に顔に出てたかー。まあこの子だったら言ってもいいか。
「私、どうしたらいいのか分からないの」
「あー冬稀先輩ね」
涙美には何度か相談した事あるから、ある程度は予想していたらしい。
「さっき少しキツイ言い方をしちゃったの。今更後悔してる」
「あーやっちゃったね」
「これからどうしよう。私部活行けないよ」
「んー、謝る?」
「謝ってどうこうなるようなものじゃないの」
絶対嫌われちゃってるよ、私。どうしよ、謝るとかじゃないし。私悪いことなんにもしてないし。
涙美は言う。
「恋って辛いよね」
私はいつから冬稀先輩に恋をしているんだろう……。
◆◇◆
それは私が軽音楽部に入ってから一ヶ月も経ってない頃だった。
その頃の私はまだ楽器というものの扱いがなれておらず、ドラムもろくに叩けない状態だった。
練習しようと私がドラムセットの前まで来ると、それは毎回のように起こる。
「何やってんの? 紗香。あんたみたいな陰キャが叩くもんじゃないでしょそれ。あたしが代わりに叩いてあげよか。ああードラムも可哀想だねー」
意味がわからない。何で私が叩いたらダメなのよ。あなたが叩くよりはまだマシだと思うけど。
そんな事を内心で思うも、そこら辺の陽キャには口出しできなかった。それをするといじめられると思って。
しかもこれが何日も何日も……。
私の好きな音楽が音楽を愛してもいない他人に邪魔をされるのは我慢ならなかった。
でも、親に心配をさせてはいけないと思い、出来る限り毎日通った。
ある日、いつものように楽しくもない部活をしに行った時だった。
私が部室に入ると、今日は休みなのか、同級生の陽キャどもが居なかった。先輩たちはベースやらの練習をしている。
あれ〜? 今がチャンスじゃない? と思い、誰も使っていないドラムの椅子に座った。そしてスティックを手に取る。
そのスティックをスネアドラムに当てると、プスッと音がなった。
いい音……。この音を私はずっと音楽を愛してもない人に占領されていたなんて。
音楽は誰のものでもなく、みんなのためにある。いや、あるのではなく音楽は自分で創り出すものなのかもしれない。私が言いたいのは、ただみんなに音楽を楽しんで欲しい。みんなで楽しみたい。ただそれだけ。
と、いきなり部室の入り口の向こう側から話し声が聞こえてきた。それもだんだんと大きくなっていく。
「今日はなにするー? あたしはなんでもいんだけどさー」
「ドラムとかでいんじゃね?」
「やっぱ?」
あの陽キャ達だ。
私がドラム叩いてるところ見られたらどうしよう。今すぐ退いたらいいのか……。
いや、そんなことしたらあの人達より下だと認めてたことになる。そんなの私のプライドが許さない。
ガラガラっとついにドアが開く。
結局私は退かなかった。
「え……、何やってんの? 紗香?」
「うーわ」「やばいねーこれ」
うっ……。今更退かなかった事に後悔してきたかも……。
「あんたそれやってたの? あんたの分際で? ははっ、笑わせないで」
「どういうこと? 私の何がいけないの?」
つい言い返してしまった。もうこの先どうなっても知らない。
そのカーストが高そうな陽キャ女子──美奈子は私の目をギラリと睨みつける。
「はあ?」
後ろにいる男子は少し顔が引き攣っていた。
美奈子はさも不愉快と言わんばかりに私に言い放つ。
「あたしはねえ、あんたみたいな何の価値も無い人が嫌いなのよ。消えてくれる? 目障り」
「…………」
ぐっと唇を噛み締める。
私は……私はそんなにもいらない存在なの……。この人達には何もしたことが無い。それがダメだったみたい。
でも、でもここで反撃しなきゃ!いつまで経ってもこのままじゃ駄目だ。
「わ、私は──え?」
私は体制を崩す。
誰かに手を引っ張られた。
引っ張られた方向、左を見ると、二年の冬稀先輩がいた。
冬稀先輩は私の顔を見て、一言言う。
「俺の後ろに立ってて」
その時の私の顔はどんなだったのだろう。
いつの間にか、周りの先輩達も私達のことを見ていた。
あのいつもの努力家、冬稀が動いたからだろう。
冬稀先輩は、美奈子の方を見る。
「な、なんなのよ。冬稀先輩……」
美奈子は冬稀の眼を見て一瞬たじろぐ。
「美奈子、君はどうして軽音に入った」
冬稀は一言一言はっきりと言う。その声には力がこもっていた。今の冬稀を前にして、冷静にいられる人はそうそういないだろう。
「は、入った理由?」
美奈子は少し下を向き、考える。
やがて前を向く。
「楽しみたいから、かな」
「うん。大体の人がそう言うね。それもいい考えだ」
音楽は楽しむもの。
「でも、君は音楽を楽しみたいだけだよね。たったのそれだけの気持ちで入ったんだろ?」
「え、だから何?」
「楽しむことはいいこと。でもさ、人を不快な気持ちにはさせないでくれるかな?」
「は? そんなのあいつがさせてんでしょ?」
美奈子は私の方を見る。
「そうかな? 俺はそう思わないけど。俺らはな、音楽を愛している人が音楽を奏でるところが好きなんだ。音楽に興味がない人が奏でるのも好き」
周りの先輩達もうんうんと頷く。
5人しかいない先輩達。この人達はどういう風に部活をしてきたのだろう。この人達も音楽が好きなんだろうな。目を見たらわかる。でも美奈子にはわからないんだろう。
「君にはわからないと思うけど、紗香は音楽を愛しているよ? 目を見たらわかる。紗香の奏でる音楽を俺達は好きだよ。邪魔しないでくれる?」
え、私の音楽?何もやっていないのに。ギター、とかしか……。
「は?」
美奈子は私より下に見られるのは嫌なのだろう。
「それに君みたいに音楽を愛してもいない人の、ただ自分の事しか考えない人の音楽は人を不快にさせるだけだよ」
美奈子とその後ろにいる男女は顔を歪める。相手が先輩という立場だからか、何も言わない。いや、言えないのかもしれない。
「実際、俺達は君達の行動がかなり不愉快だったよ」
うんうんと周りにいる先輩達も頷く。
ここまでの視線と自分の駄目なとこを指摘されると、屈辱で耐えられないだろう。
少しの間が開き、それから冬稀は最後の言葉を言う。
「美奈子、君は音楽を愛しているのか?」
美奈子は何も言えないらしく、五秒くらい経って動く。
「あんた達、行くよ」
それだけ言って、美奈子は足早に出て行った。後ろにいた子もまた着いていく。でもその子達の顔は暗かった。おそらくその中に音楽が好きな人がいたのかもしれない。
冬稀先輩にお礼言ったほうがいいのかな。私を助けてくれたんだよね。
「ふ、冬稀先輩。あ、ありがとうございます」
冬稀先輩は私に振り返る。他の先輩達は練習を再開していた。
「うん、全然いいよ。助けたっていうか俺が言いたいことを言っただけだからね」
胸が熱い。何だろうこの気持ちは。何故か冬稀先輩の顔を見れない。熱い。
「冬稀……先輩……」
言葉が出ない……。だめ、目が熱い、視界が濡れる。何でだろう、どうしたの私。
「紗香、何泣いてんだよ。一緒にやろ! ギター」
嬉しい。私を認めてくれる人がいる。
目元を拭い、冬稀先輩の目を見る。
「うん!」
それからというもの美奈子は一度も部活には現れなかった。
◇◆◇
涙美と家の前で別れた後、今私はベッドに伏していた。
明日は学校休みかー。夜ふかししよっかなー。
ケータイをいじりながらごろごろする。
「はあー疲れたー。冬稀先輩……」
なぜか冬稀先輩のことを考えてしまう。これが毒。恋の毒。一度入ったら、そうそう抜けない。
「先輩私のこと嫌いになっちゃたかなぁ」
あの言葉を思い出す。
『来ないで!……先輩は……先輩は私の気持ちなんてわからないでしょ!』
…………やばい。冷静に考えたらやばいよ。絶対嫌われてるよ。
「はあー、どうしよ。部活……」
流石に今日のことがあって、いつも通り部活をできるわけがない。
「紫晞先輩はうまくやってるのかなー」
紫晞先輩は冬稀先輩のどこが好きなんだろう。いつか一緒に話してみたいなー。
んん、ダメダメ。冬稀先輩のことは考えたらだめ。心の傷が広がるだけ。
そんなことを考えていると、ピコンッとケータイから音がなる。
「? なんだろう」
誰かのメールだった。メッセージアプリを開くと、私は見てはいけないものを見てしまった。
「冬稀先輩……からの……」
それは冬稀先輩からだった。ドキドキするも、どうしたらいいのかわからない。
おずおずと冬稀先輩とのメッセージ画面を開く。
内容は私の予想外のことだった。
『明日の三時、一緒にカフェに行こ。紗香と話したいことがある。』
え……嘘でしょ? やばいやばい、どうしよ。え、嘘だよね?
私の好きな人、冬稀先輩からの誘い。流石の私ですら平静でいられない。
「でも、冬稀先輩彼女いるし……いいのかな? 行っても……」
一ヶ月前までの私なら即行く決定だった。でも今の状況じゃすぐに決められない。
今回に限っては、キツイ言葉を言ったばかりだし。部活のことかな。もしかして退部させられる?いやそれはないか。どうなんだろ、私のことが嫌いになってたらメッセージも来ないと思うし……。
一応、涙美に聞いとくか。
涙美とのメッセージ画面を開き、メッセージを送る。
『冬稀先輩に明日カフェ行こって言われたんだけど行ったほうがいいかな。』
一分くらいで既読が付き、すぐにかえってくる。
『行け行け、そんなの今のうちだよ?』
んー、じゃあ行くか。
意を決して、冬稀先輩にメッセージを送る。
『わかりました。』
ちょっと硬苦しくなっちゃったかな。まあいっか。これ以上踏み込まないようにしなきゃだもんね。
その夜、紗香は緊張であまり眠れなかった。
◇◆◇
後日、待ち合わせ場所に私は立っていた。
昨日のメッセージで、待ち合わせ場所は先輩が指定した駅前。
ケータイの画面を見る。表示されたのは14:30という数字。
「少し早く来すぎたかなー」
集合時間は午後三時。三時ときたけど午前なわけないよね。
ふと顔を上げると、前方から二人の人影がこっちに向かってきていた。
一人は……冬稀先輩⁉︎え、じゃあもう一人は……
紫晞先輩だった。
え……、どういう事? 何で私がここに?
冬稀先輩は私の姿を確認したのか、走って向かってきた。
そして冬稀先輩は息を荒げながら、私のとこまできた。
「はあはあ、ごめん、待ったよね。はあはあ体なまってるわー」
「う、ううん。待ってないよ」
「良かった、てか紗香その服似合ってるね」
「え、あ、ありがとう……」
あー、しれっと言っちゃうタイプかー。
冬稀先輩との初めてのお出かけだから気合入れちゃった。
「大丈夫? 顔赤いよ?」
「む、見ないでよ」
うぅ、恥ずかしい。
でも、私だけ言われてちゃ嫌だな。
「ふ、冬稀先輩も似合ってるよ」
「ん? そうか? 適当にあるの着てきただけなんだけどな。ありがとう」
そう、本当に適当。変な柄が入ったT-シャツに黒のパンツ。
いや、センスは?まあ悪くはないけど……。
「てか今何時だ?」
冬稀先輩は腕時計を見る。
「え、まだ二時半じゃん。紗香早いなー」
なんでだろう。冬稀先輩はいつもと変わらず普通に話してくれる。私の言葉なんて気にせずに。
私は気になっていたことを冬稀先輩に聞く。
「あの人って、紫晞先輩?」
「ああ、そうだよ。紫晞〜! 早く来いよー!」
冬稀先輩は紫晞先輩に大きく手を振って呼びかける。
それに紫晞先輩は怠そうにいう。
「わかったわかった、ちょっと待て」
そう言って小走りにこっちに向かってくる。
何かいつもと雰囲気が違いそうなー。
紫晞先輩が着くと、冬稀先輩が仕切り出す。
「よし、じゃあカフェ行くか! 俺の自慢なとこだぜ?」
「ん」
この場所に、好きな人、冬稀先輩と学校の高嶺の花、紫晞先輩がいる。絶対私場違いだよね? 何か昨日と思ってたのが違うような?
私達は冬稀先輩に付いていく。
めっちゃ緊張するんだけど……。
私の隣には紫晞先輩が……。やばい、綺麗すぎる。今の季節が夏ということもあり、紫晞先輩の服が白のワンピース。この長い黒髪に白のワンピースがすごく似合っており、長い脚はより清楚さを際立たせていた。横から見える先輩の横顔、特に宝石のように透き通った紫の瞳は、私ですらドキンとしてしまうくらいに美しかった。
こんなに近くで見たの初めて。涙美ですらあるかわからないのに。
そして、特に話すこともなく、冬稀先輩のおすすめのカフェに着いた。
今気付いたんだけど、そういえば冬稀先輩と紫晞先輩って付き合ってるんだよね。私がこんなとこ居ていいのかな。二人のデートだったらどうしよう。少し気まずいなあ。私が呼ばれた理由も分からないし……。
冬稀先輩は笑顔をいっぱいに言う。
「ここが俺の行きつけ、カモメcafeだ! 何故カモメなのかは知らないが」
そこは普通のどこにでもあるようなカフェだった。まあ安いで有名なとこなのだが。
「入ろ入ろー」
冬稀先輩だけテンションが高い。紫晞先輩は相変わらず怠そう。
私は……わからない。
「ん」
紫晞先輩の短い返事。
カランカラン、と扉を開けた時特有の音が鳴る。
店員はいつもの言葉を言う。
「何名様ですか?」
「三名でーす」
「では、あちらの席でお願いします」
私達は奥の席に案内される。
「ではごゆっくり〜」
真っ先に席に座ったのは冬稀先輩。奥の方に座る。
四人で囲む机なので、冬稀先輩の隣は一人しか座れない。そこに何の躊躇いもなく紫晞先輩が座った。
くっ、これがカップルの力か……
私は消去法で冬稀先輩の前に座った。
「何頼む? 俺はミルクティかな」
「トマトジュース」
紫晞先輩はやはり口数が少ない。これがクールで良し。それに栄養重視でトマトジュース。そらみんなに好かれるわな。
私は少し考え、
「じゃあ私もミルクティで」
「はーい。店員さ〜ん!」
冬稀先輩は大きな声で店員を呼ぶ。
「はい、ご注文はなんでしょうか」
「ミルクティ二個と、トマトジュース一個で」
「かしこまりました。少々お待ちください〜」
冬稀先輩ってやっぱり優しいな。みんなの分まで言ってくれて。
そういえば私なんで呼ばれたんだっけ……、あ、そうだ。何か言いたいことがあったんだよね。どう切り出すんだろ。
「そういえばあれだな。紗香と出かけるの初めてだな。なんか緊張するなー」
いや彼女いる前でそれ言うかな……。それが先輩の性格なのだろう。
「そうですね。それに紫晞先輩も同じですし」
「そうだな、紫晞はいっつもこんなんだから気にしないでくれ。本当は紗香と喋りたいはずだから」
そう冬稀先輩が言うと、紫晞先輩は少し顔を赤らめる。
そろそろ私から切出そっかな〜。なんか気まずいし、私が。
「冬稀先輩」
「ん?」
「私に言いたいことって……」
「ああ、そうだったな」
そう言って、店員が三人分のドリンクを持って来た。
「はい、ミルクティ二個とトマトジュースでーす。それではー」
店員は笑顔でドリンクを置いて、厨房に戻っていった。
「来た来た、はいどうぞー」
冬稀先輩はドリンクをみんなの前に置いていく。なんて優しさだ。
紫晞先輩はもうトマトジュースを飲みだした。なにか面白い人だなー。
私も一口、ストローに口をつけミルクティを飲む。
「──⁉︎ 美味しい!」
「だろ? ここはミルクティがめっちゃ美味いんだ。それ以外は飲んだことないが……」
いや飲んだことないんかい! 脳内で突っ込んでしまった。
本当にここのミルクティは美味しい。まろやかなコクに、甘く、勉強のお供に良さそうな感じ。
「で、だ」
あ、忘れてた。話の続きだったな。
「単刀直入に言わしてくれ」
「うん……」
なんだろう。予想がつかない。
紫晞先輩はトマトジュースを飲みながら、その瞳を私に向ける。
それは誰もが予想しない、できない言葉だった。
「俺は紗香のことが好きだ! 俺と付き合ってください!」
冬稀先輩は頭を下げる。
私の脳がオーバーヒートしてしまった。
「……え、え?」
どういうこと? 冬稀先輩は私のことが好き? 嬉しい、嬉しいけど。冬稀先輩彼女いるよね? え、横に紫晞先輩いるよ? いいの? そんなこと言って。どういうこと? わからない。私はなんて言えばいいの? 頭が混乱している。
「えーと、う、浮気?」
それしか出てこなかった。
冬稀先輩は気まずそうに頭を上げ、ポリポリと頭をかく。
「あーそのことだが、俺実は紫晞と付き合っていないんだよな」
「え?」
横を見ると紫晞先輩もうんうんと頷いている。
てかよく告白場面にいられるなぁ。気まずくないのかな。私告白されるの初めてだから何が普通なのかわからないけど。
「じゃあ、紫晞先輩とはどういうお関係で?」
うまく返事が言えない。
「幼馴染だ」
幼馴染? 付き合っているは?
「付き合っているはどうして言われてるの?」
そこで初めてまともに紫晞先輩が口を開いた。
「私、男がずっと付きまとって来るの。それが嫌でちょっと冬稀に協力してもらっただけ」
え、ただの口実だったてこと? 確かに紫晞先輩は美人で男に付きまとわれてる。それが嫌で、冬稀先輩を使ってたってこと?
そうなのか……そうなのか。付き合ってないのか! じゃあ、じゃあ私はまだ間に合う!
「わ、私は!」
「うん」
ここで言わなきゃもう後がない。
意を決し、頭を下げる。
「私も冬稀先輩のことがずっと好きでした!!」
言っちゃった。言っちゃったよ私。
心臓がうるさい。何も聞こえない。今どうなってるのかな。告白なんて初めて。告白ってこれなのかぁ。いい夢だったなー。
「ありがとう。……返事……」
そうだった、私まだ返事言ってない。
「あ、あ……」
どうしたんだろう、熱い。一度味わったことのある熱さ。胸が熱い。目が熱い。心臓がうるさい。
視界が、目から水が溢れてくる。
「うっ、うぅ、わ、わたし……ぅ、ふゆきせんぱいと……」
涙が溢れてくる。
──いつもしていた私の努力が報われた気がした。
──あの時、美奈子に立ち向かっていて良かった。
──部活をやめなくて良かった。
──軽音楽部に入って良かった。
――冬稀先輩に会えて……良かった。
「つきあいたい」
言ってしまった。時が止まる。実際には止まっていないのだろうけどそう感じる。
やがて時は動き出す。
「ありがとう。これからよろしくね、紗香」
ああ、嬉しい。
私は涙ぐんだ笑顔全開で言う。
「うん!」
◇◆◇
教室、そこでは乙女な二人の会話が続いていた。
「ねえ紗香? 聞いてる?」
「ん? あ、ああごめん涙美。それでなんの話だっけ」
「紗香、紫晞先輩とカフェ行ったんでしょ? ずるいよー」
「ふふ、ごめんてー、またいつかみんなで行こ」
「絶対だよ?」
「わかった」
「でも、なんで紫晞先輩と冬稀先輩は付き合ってなかったの?」
「なんか紫晞先輩、こんなヘタレと付き合うわけない、って言ってたよ」
「ヘタレなんだ……」
「多分冗談だけどね。耳赤かったもん」
「うわー、紗香、紫晞先輩の好きな人取っちゃったわけ? いいなあ〜、青春だね」
「紫晞先輩には感謝しかないね」
「てかあれからどうなの?」
「あれからって?」
「ほら、冬稀先輩と付き合ってからだよ」
「あー、まあ今までとあまり変わらないなー。なんか私達そもそも前からカップルみたいって言われてたくらいだよ?」
「ふむふむ、確かに。いつも一緒に帰ってたもんね」
「うん、でも前みたいに遠慮しなくていいから最高だよ!」
「いいねえ〜。まあせいぜい頑張りなさいよ? 勝負はここからなんだからね?」
「そうだね。頑張るよ。ありがとう涙美」
「どういたしまして〜」
「じゃあ、行ってくるね」
「わかった。私も紫晞先輩のテニス見に行くね!」
そして私は軽音楽部の部室に向かった。
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