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 同じ布団の中で後ろから優しく宝物のように抱きしめられたセレナは大満足。

 ルイスは大満足を通り過ぎて放心気味。

 勝ち気なのと仕事一筋で婚期を逃したとか、体で仕事を取っていたなんて噂を聞いてはいた。

 特に前者は本人、彼女の母親から聞いている。

 しかしルイスは「同じような職種のこんな美人と見合いのチャンスは2度とない」と気にしないことにしていた。

 同居をしても、結婚をしても、特に大きな欠点は見当たらない。なぜ結婚していなかったのか不思議な女性。

 蓋を開けて見ればそんなに勝ち気には見えず、美人だけど可愛らしく……。


『とても慣れているので、恋人がいたことがあるのかな、なんて思って……』

『慣れて? まさか』

『まさか?』

『むしろ』


 この時ルイスは「全く慣れてなくて困っています」と伝えるか迷った。


『むしろ? 私です? ご存知のように仕事一筋で全く……』


 この会話で噂は嘘だと判明。

 親に見合い話を持ちかけられて、こっそり相手の下見に行った時とほぼ同じように、ルイスはその時「奇跡だ!」と心の中でガッツポーズ。

 妻の心地良い髪の匂いを楽しみながら「やはり奇跡だ」ともう今もう1度ガッツポーズ。


「そういえば、どういう服が好みです?」


 ルイスは歓喜でスルッと問いかけることが出来た。(可愛い、可愛い、可愛い)と心の中で連呼し続けて、心から溢れ、声となり、何度かセレナに「可愛い……」と囁いたように。


 だからこそセレナは大満足だった。慕いはじめていた男性に、可愛い可愛いと褒められて気分の悪い女性なんていない。

 1ヶ月の不満分と昼間発見したルイスの好意との落差に、照れ屋なだけかという推測に褒め言葉。

 パズルのピースが合わさって、照れ屋な人が一生懸命「可愛い」と言ってくれるいじらしさ。

 オペラのチケット購入に初デート。全ての相乗効果。

 

 背後から問いかけられてセレナは答えに困った。嬉しいが、これといった好みはない。

 強いていえば仕事がしやすくて、商談に行くのに恥ずかしくない服。しかし、それだとロマンチックさのかけらもない。

 欲しいものはルイスが自分で考えた品。妻のことを考えてデザインした1点物が是非欲しい。


「描いてくれていたような……。あっ、あの、私も帽子を考えます」

「それは嬉しい」


 首の後ろにキスをされて、セレナはみじろぎした。振り返って抱きしめてみようかと考える。


「どういう帽子が良いです?」

「任せます。その方がより嬉しいので」


 囁かれて、さらに振り返りたい衝動に駆られる。


(なんだ。もっと早く話しかければ良かった。そうしたら1ヶ月も寂しかったり、イライラしなくて済んだのに)


「ふふっ。同じ気持ちですね」


 セレナは振り返り、ルイスのシャツに手を添えた。それで試しに顎を少し上げて目を閉じてみる。


(えっ……。いいのか? 寝るだけ?)


 ルイスは一先ずセレナの頬に触れてみた。


(焦ったい)


 セレナは1度目を開き、ルイスの首に腕を回して距離を縮めてそっと目を閉じた。

 ようやく「いいのか!」とルイスはセレナにそっとキスした。


(幸せだ。幸せ過ぎる。何でだ? オペラ効果か? それならまた買おう。毎月買おう)


 何度かキスをして、ルイスは再び「可愛い……」と呟いた。無意識である。自分がそう口にしたと気がついていない。


(私、こんなに好かれているんだ。良かった。嬉しい)


 気を良くしたセレナは自らルイスにキスをした。


(これってとても幸せなことよね。ろくに喋らないで条件だけで結婚したようなものなのにお互い想い合えるなんて)

(なぜこの奇跡が起こった? どうしてこのセレナが売れ残っててお見合い結婚しようと思った? しかも俺)


 仕事一筋だったから、というセレナの言葉をルイスはもう忘れている。惚れた欲目でルイスにはセレナが絶世の美女に見えているのもある。

 そして女性関係においてルイスの自尊心は低い。男から声を掛けて恋愛が始まるこの国では見た目がそこそこ良くても彼のような男はモテない。

 家族や仕事を優先していたのもある。そういう的確な自己分析は出来ずに「俺が良い男ではないからモテなかった」と結論付けている残念な男。それがルイス・ラングウィン。


(まあ私は確かにそこそこ可愛いし、家や仕事にお母さんのことじゃなくて、私もルイスさんをタイプだなとか、同じような仕事なら気が合いそうとか思っていたもの。向こうだってそう思うわよ。当然と言えば当然ね)


 人並みよりは結婚が遅れたけど、一応ルイスより年下で若いし、とセレナは心の中でさらに自分を褒めた。


(彼女に服を作る予定だからか? そうだな。それだ。俺は服飾は得意だ。それなら今まで作ったものを全て贈ろう。店頭に並べている場合じゃなかった)


 ルイスは少しレベルアップした。仕事においては自信がある。


(きっともっと親しくなれる。こうやってお互い喋ったり、歩み寄れば。彼は照れ屋なんだから男がリードしてくれて当たり前という気持ちは今夜を限りに捨てよう)

(外食かもしれない。手料理を食べたいけどこんなに機嫌が良くなって、おまけに今夜みたいになれるならまた行こう。稼いで稼いでまたオペラのチケットも買わないと)


 セレナは割と的確に2人の距離が縮まった理由や今後さらに親しくなれる方法をもう悟ったのに、ルイスはまるで見当違いの考察をし続けた。

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