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 メディウム大通りの隣り、ラディアン大通りの周囲は王都で2番目に大きい繁華街。

 ラディアン大通りの噴水広場とサンタマリアンヌ歌劇場を起点として、飲食店が数多く並ぶ地域である。

 裏通りに入ると小劇場や住居、さらにその裏通りには酒場、その奥になるとさらに色々な店や宿が並んでいる。

 セレナは昼時にその繁華街にある小さなレストランを訪れようとしていた。

 ラディアン大通りの中間地点から東へ入った住宅地にある、市民層向けのこじんまりとしたお店。

 セレナは友人夫婦が営むその店へ向かう途中、噴水広場の1か所に人が並んでいると気がついた。


(何かのイベントかしら?)


 行列を目で追い、日傘が人に当たらないように気をつけながら、人と人の間をすり抜ける。


(ああ、あの観てみたい新作オペラのチケット販売待ちなの……)


 セレナは行列の中に夫ルイスの姿を発見して驚いた。


(ルイスさんの用事ってこれ? オペラ観劇が趣味だったんだ。日焼け痛そう)


 ルイスは先頭から数えた方が早い場所で小さな折りたたみの椅子に座り、スケッチブックになにやら描いている。

 割と白くて日焼けしていない肌がかなり赤くなって、誰が見てもヒリヒリしていそうな状態になっている。

 セレナは興味本位でルイスに近寄った。話しかけたら何か会話になるかも、と思ったのもあるし、あまりにも暑そうなので日傘を傾けてあげたいと考えたからだ。

 そろそろと後ろから近寄り、まだ遠い位置からスケッチブックを覗き込む。

 するとそこには女性ものの小洒落たワンピースがいくつか描かれていた。柄は一様にコスモス。余白に秋、立体刺繍、というコメントが走り書きしてある。更に——……。


(セレナ? 私? 私のなで肩に似合うデザインはって……)


 セレナはメモの文言に戸惑って立ち止まり、ルイスに声を掛けるのをやめた。


「あれっ、ルイス。お前すごい日焼けだな」


 結婚式に参加してくれたルイスの友人ノイマンがルイスに近寄って声を掛けたので、セレナはつい日傘で自分の顔を隠した。

 ルイスがスケッチブックを閉じて立ち上がる。


「ん? ああノイマン。お疲れさま。日差しのことを考えておくのを忘れて」

「おお、そうか。しかしお前、オペラなんか興味あったのか。俺の分……とか言って良い訳ないですよねー、あはは」


 ルイスの前後の男性が顔をしかめたので、ノイマンは周囲に向かって苦笑いを浮かべた。


「1人6枚までしか買えないから余らない」

「6枚で余らないって、ああ、家族分? これ確か結構高いだろう? 家族なら立ち見席じゃないよな。お金持ちなことで」


 ノイマンはルイスの家族は……父親、母親、弟、それに新妻とその母親だとサッと計算。

 現在ジュベール服屋こと、ラングウィイ家はルイスを入れて6人なので合っている。


「たまには贅沢をと思って。親に日頃の感謝を込めて。すごい注目の新作オペラって聞いたんだ」

「ふーん。へえ。妻がさ、抜擢されたプリマドンナが凄いらしいって騒いでいた。俺は商談で並べなくてって言い訳。オペラとか堅苦しそうで気乗りしなくて。そもそも高いしこの争奪戦だ」


 お前もそのタイプだろう、とノイマンはルイスの肩を叩いた。次に膝でルイスの横腹を小突く。

 ルイスが立ち上がり、髪を掻き、照れ臭そうな表情で「まあ」と呟く。


「でっ、セレナさんはオペラ好きなのか? そういうことだろう? 絶対そうだ」

「いや、まあ、ああ多分。俺の母や彼女の母親とこのオペラのことを楽しそうに喋ってた」

「ふーん。やっぱり親に感謝なんて嘘か。並んできてお願いって頼まれたんだろ」


 うりうり、と横腹を肘で小突かれて、ルイスは「おい、やめろ」と小さく身を捩った。


「別に。頼まれてない」

「へえ。頼まれてないのにこの炎天下の中ねえ。へえ。飲みに誘っても1回も来ないし、本当に分かりやすい奴」

「飲みに行ったら美味しい料理を食べられないし……」


 抑揚のない声ながら、少々上擦った声を出すとルイスは俯いた。


「昼間から酒も入ってないのに惚気んなよ。ったく。あんな美人、お前なんて金づるだからな。店目当てだからな。ふざけんなよ」


 ノイマンはそう言うと、笑顔でバシバシとルイスの背中を叩き「改めておめでとう。仲良くな。オペラというかオペラを楽しむ新妻を楽しめ」と言って去っていった。

 一部始終を聞いていたセレナは顔を赤らめて立ち尽くしている。


(えっ? オペラのチケットさ私のため? 美味しい料理を食べられない? 飲みの誘いを断っていたの?)


 これはセレナからすると予想外の会話である。


(このタイミングで何も知らない顔で声を掛けたら、何て言うんだろう……)


 期待を胸に抱き、セレナはゴクリと喉を鳴らした。日傘の柄を握りしめてルイスへ近寄っていく。


(さり気なく、さり気なくよ。私は何も聞いていなかった)


 よしっ、とセレナはゆったりとした足取りでルイスの元へ向かった。

 近寄るほどドキドキ、ドキドキと胸のときめきは大きくなっていく。

 彼女はあと数歩で夫の隣に並ぶ、というタイミングでルイスに声を掛けた。


「あらルイスさん。用事ってオペラのチケットだったんですね」


 瞬間、ルイスはビクリと体を竦ませ、後退り、簡易椅子につまずいた。


「おおっ」

「まあ! 大丈夫です?」


 セレナは思わずルイスの腕を片手で掴んだ。ルイスが腰を抜かす。そのせいでセレナはルイスの上になってしまった。ルイスは思わずセレナを抱きしめた。数秒して我に返り、バッと体を離す。

 石畳に舞い落ちた日傘がコロン、と動いた。


「あっ、あの。突然話しかけたりしてすみません、大丈夫です?」

「いや、ええ。ああ」


 注目を集めてしまった2人は慌てて立ち上がった。ルイスはセレナの日傘を拾って彼女へ傾けた。


「すみません。ありがとうございます」


 日傘をルイスの手からそっと受け取ると、セレナは赤い顔で俯いた。


「俺こそすみません」


 ペコペコ会釈し合うルイスとセレナ。謝罪会が終わるとセレナは深呼吸をしてから、もう一度ルイスに問いかけた。

 胸のときめきは抱きしめられた驚きと羞恥心で、バクバク、バクバクという大音量の鼓動に変わっている。


「あの、オペラ。好きなんですか?」

「オペラ? いや別に。観たことないですし」


 突然現れた妻。更には久々に体を抱きしめたものだからルイスは動揺しまくっている。


「そうなんですか? でもこの日焼け、それにこの位置、早くから並んでいたんですよね?」

「いや。その。話題なので家族で観に行けたらと思って」


 家族で、という発言の際にセレナが嬉しそうに微笑んだので、ルイスの中にムクムクと勇気が沸いた。


「6枚まで買えるので、お義母さんとセレナも一緒に良かったらと思って」


 この台詞がルイスの口から溢れた時、セレナは満面の笑みを浮かべた。

 通りすがりの男性何名かが振り返るような、実に愛らしい笑顔である。


「良かったらなんて、とても嬉しいです。オペラ観劇を考えてくれていたなんて知らなかったです。ありがとうございます」とセレナは肩を揺らした。

 ふふふっ、と楽しそうな息を漏らす。


(か、かわっ……。いつもよりさらに可愛い……。喜んでくれた……)


 こうしてルイスは気がついた。「俺、もしや嫌われてないのでは?」と。

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