女の子に恋したと思ったら乙女ゲーの主人公だったしバグだった
私の家には天使が住んでいる。
同い年の従姉妹で、名前はアリア。
考古学者だったアリアの両親が長期発掘調査で遠方に旅立つことになり、幼いアリアが叔父である我が父の家に預けられたのが5年前の7歳のころの話。
艶やかなプラチナブロンドに宝石にも勝る煌めきのアメジストの瞳、真珠の肌に薔薇色の唇。ビスクドールのような愛らしさのアリアを初めて見たときの衝撃は忘れられない。最初こそその浮世離れした美しさに気後れしたけど、実際のアリアは親しみやすい素直な優しい女の子だった。少女小説や刺繍がすきで、花を愛でるのを好み、すこしばかりおっちょこちょいなのが愛嬌になってまた愛らしい。
対して物心ついた時から乗馬や武術、外遊びが好きで、着るものと言えば兄のお下がりのシャツにサスペンダー付きのズボンとブーツ。うなじに掛かる程度の短い髪をちょこんと後ろで結って駆け回り、最初は執事が揶揄って呼んでいた「シャルル坊っちゃん」という呼び方が馴染んでしまい今では新人メイドなどには本当にこの公爵家の次男だと思われている始末なのが私、ウォルター公爵家次女シャルロット・フォン・ウォルターである。
長男のアルフレッド兄様も長女のケルシー姉様も優秀に育ったおかげか、次女の私が何をしていようが家族は寛大に受け入れてくれるのが幸いだ。侍女頭のフランツはデビュタントはどうするのだと溜息をついているが、男として見れば優秀なせいもあって父や兄は私を次期公爵であるアルフレッド兄様の側近兼相談役などに育てようとしている節があるため恐らく手遅れである。私もその方が性に合っているし。
さて、そんな正反対な私とアリアだが、意外にも私とアリアは仲がいい。両親と別れて心細そうにしているアリアの慰めになればいいとあちこちへ手を引いているうちに私はアリアがかわいくて仕方がなくなった。アリアも少なからず私を好いていてくれていると思う。だって、しばらく私のことを男の子だと勘違いしていたアリアは私に「大きくなったら結婚してください」と申し出までしてくれたのだ。
正直に言って、私はアリアが好きだ。ずっと私のアリアでいてほしいし、私がアリアを幸せにしたい。朝一番にアリアを抱き締めて頬にキスするのはずっと私がいい。そういう意味で私はアリアが好きだった。
だから「女の子だけどいいの?」と聞いたら「女の子だったんですか!?」と目を丸くしていたけど、すぐに手を握って「確かにびっくりしたけど、些細なことです!」と目を見て言ってくれたのが天に昇るほど嬉しかった。
けどかわいいアリアには私のような男紛いなどではなく、かっこよくて優しくて賢い結婚相手がいくらでも見つかるんじゃないだろうか。いつかこの夢は冷めてしまうのだろうか。そう考えると私は時折眠れなくなった。
晴れた春の日、今日は邸の裏手にある丘まで来ている。丘の上には神が植えたという謂れのある古い大木があって、その下で寝転んで昼寝をするのが気持ちいい。
今日はその木陰で読書でもしようとやってきたのだが、弱々しい鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。辺りを見渡すと、白い子猫が木からおりれなくなっていた。
「可哀想に、怯えているみたい。ちぢこまって...」
「私が助けに行ってこよう。アリア、本を持っていてくれる?」
「うん、気をつけてくださいね」
アリアに本を預けて木を登り、怯えて毛が逆立っている猫にジリジリと近づく。猫はその度にじわじわと後退していって枝の先まで行ってしまう。早く捕まえないと、そう思ったとき、強い風が吹いて枝が大きく揺れた。猫が足を踏み外してしまう。
「危ない!」
咄嗟に枝を蹴って空中に飛び出し、猫を抱える。せめて猫が潰れないようにともがいて、内臓が持ち上がるような浮遊感のあとしたたかに背中を打った。一瞬の間、視界が暗くなる。
そして、次に目を開けた時に私の世界は変わってしまった。正確にいうのなら変わってしまっていたことに気付いた、だ。
「シャルル!!シャルル、返事をして!」
「...アリア」
アリア、アリア・グローリア。
彼女はこのゲームの主人公だ。『レディグローリアの栄光と恋』という乙女ゲームの。
そして私自身も登場人物である。本来であれば幼少期からアリアを嫉妬心から虐げ、最後まで邪魔をして道を阻んでくるライバル役のシャルロット・フォン・ウォルター。
私とは違う『私』。では私は『シャルル』ではないのかといえばそういうわけではない。
...この世界は今、バグが起こっているのだ。この世界の住人は少なからず神に支配されている。決められた道筋の運命を辿り、プレイヤーの選択肢にとって切り替わるレールの上を歩く。しかしどういうわけだが、その神の制御が効いていないのだ。恐らく、私にだけ。そして私がシステムが定めた運命とまるきり違う行動をするせいで周囲も変質している。
世界の枠組みから外れ、衝撃を受けたことにより私はシステムに介入して神の視点を覗き見してしまったようだった。だから何ができるというわけではなく、ただそれに気付いたというだけなのだが。けれど、私の心臓は潰れそうに痛む。
「...シャルル?怪我をしたの?大変...すぐにお医者様を...!」
「.......アリア」
大きな紫水晶の目を潤ませたアリアが私を覗き込んでくる。かわいい、アリア。私のアリア。私は知ってしまった。アリアはいつか他の男のものになる。そこの国でも選りすぐりの男達の誰かのものに。
思わずアリアの肩を引き寄せていた。
「きゃっ、シャルル...?どうしたんです?傷は...」
「傷は無いよ、けど...」
ゲームシステム通りにアリアが虐げられなかったのは、嬉しい。けれどどうして私はこんな人格を選んでしまったんだろう。女の身体で男のような振る舞いを望み、そしてアリアに恋をしている。せめて普通の少女だったらこんなに苦しまなかったのに。
アリアを抱きしめる腕に力がこもる。
「ごめん、ちょっとの間だけこうさせて」
「...遠慮しないで、いくらでも抱きしめてください。だって私たち、将来を誓い合った仲じゃないですか」
私の肩口から顔を覗き込むアリアの瞳は蜂蜜を垂らしたように愛おしさを滲ませている。少なくとも今この瞬間は、彼女の愛情は私のものなのだ。
「うん、アリア...私達はずっと一緒だものね」
願望か嘘かはわからない。ただ私はそう言って、今は私の腕の中にある彼女の温かさを噛み締めた。




