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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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一番乗り

ドレスが完成し、本格的にエレナが招待状やあて名書きに専念するようになると、作業は想像以上に早く進むようになった。

初めてではないこともあり、要領を覚えていたエレナは、王妃やブレンダの想像を上回るスピードと集中力を持って作業に取り組んだからだ。

衣装のことがひと段落したことも、ケインへのサプライズが成功し、想像以上にケインが喜んでくれたことも、エレナのモチベーション向上に一役買ったかもしれないが、持ち前の才能が無駄と思われるくらいフルに発揮される結果となった。

そして遠方の国から順に完成させていった招待状は、すでに発送が開始されている。

国外の遠方、続いて国外の近隣、そして国内の要人の順で相手に届けられることとなっている招待状は準備が完了した。

後はこれを届ける人を手配し、届くタイミングを考慮しながら送り出していくだけだ。



刺繍と招待状書きが終わると、再びエレナの手は空くこととなった。

悩んだ末、手持無沙汰になったエレナは調理場に足を運んだり、孤児院の話を聞くため先生を呼んで話を聞いたりしながら過ごす。

普通の人であれば、これから来る式典のことで頭がいっぱいで他のことに手が付かないとなるところだろうが、エレナにはその様子がない。


「緊張してピリピリするのも困りものだけれど、なさすぎるのも問題ね」

「それだけ大物ということではないですか?」


そんなエレナの様子に、王妃とブレンダが思わずそんな言葉を交わしたほどだ。

しかしそんな日は長く続かない。

まだ式典は始まってもいないし、これからが本番だからだ。



エレナが他のことに頭を働かせて動き始めようとしたところ、クリスのところに先ぶれが来た。

一番最初に来たのはもちろん、公務から逃げる理由を探していただろう、おなじみの彼の国の皇太子殿下である。

招待を受けたから早めに行く、そう伝達が来てから数時間後、今度は彼らの入国の連絡が入る。

間違いなく彼は一直線にここに向かっている。

クリスは小さくため息をつくと、皆にその旨を伝え、自分も心構えをした。



「早い到着ですね」


クリスの予想通り、彼は寄り道もせずまっすぐに王宮にやってきた。

そして勝手はわかっているとクリスの執務室に入ってきて、どっかりと椅子に腰を下ろしている。


「何せ遠いからな。祝いの席であるし、私はエレナ殿下の後見人のようなものだからな。遅れてくるわけにもいくまい」


自分が後押ししたんだから最後まで手伝ってやろうと殿下が笑うと、クリスは微笑みながら首を傾げる。


「こちらにもお出迎えの準備というものがあるのですけれど……」


この殿下に向けた招待状が発送されたと聞いた段階で何となく予感したクリスは念のため受け入れの体勢を整えるようにと根回しをしていた。

本当ならばこのような手配もブレンダか王妃が先んじて行うべきものなのだが、これだけはブレンダより殿下の性格をよく知るクリスが先に動いた形だ。

王妃やブレンダが想定している、普通の客人と彼を同列に考えると後れを取ることになるから、彼の国の皇太子殿下の受け入れ準備を最優先するよう進言したのだ。

そしてクリスの意見は採用されたため、もちろん殿下受け入れの準備は間に合っている。

だから本当は困っていないのだが、毎回これでは困るし牽制くらいはしてもいいだろう。


「気を遣わずとも良いぞ。私とそなたとの仲ではないか。それに準備はすでに整っているように見えるぞ」


来ることが分かっていたのではないかと殿下が口角を上げるのを、クリスは小さい溜息で受け流す。


「確かに式典の準備はほぼ整ってますよ。もちろんお出迎えの準備も。急ごしらえするようなものではありませんから、最低限はですけれど。それに早く到着する方もいることも想定の範囲内です」


最低限を揃えておいて直前に確認する方が効率がいい。

そういう意味での最低限だが、あえてその詳細は説明しない。

そもそも他国から来るのは彼だけではないし、出席者が不測の事態に備えて早めに出てくることは理解できる。

自分たちが呼ばれたら、例え外に宿をとることになってもそうするからだ。

自分の意見が取り入れられたとはいえ、あらかじめ王妃とブレンダがある程度のところまで準備を進めてくれていたおかげで、今回も間に合っただけである。


「さすがだな」


自分のことも含まれるのだなと彼は笑った。

けれどクリスはその反応に目を細める。


「褒めていただいても何も出ませんからね?」


クリスがほほに手を当ててため息をつくと、彼はそれを鼻で笑う。


「ああ、いつも通りで十分だ。それよりこちらでできることはないか?」

「お客様にしてもらうことはないですよ」


むしろ来るのを遅くしてくれた方が、使用人たちは困らなかったのだけれどと、そんなことを思いながらクリスが答えると、彼は早く到着したことには触れず、思い出したように言った。


「そうか。ああそうだ、約束の米を持ってきている。食用のものだが、祝いの席でも使われるものだ。どうせなら盛大に撒いてくれ」


駆け引きなしで祝いの品の一つだと殿下が笑って言うので、クリスはとりあえずそれは受け取ることにする。

言葉の中に気になることがあったため、クリスは首を傾げて殿下に尋ねた。


「ところでマクというのは?」


祝いの席でという言葉と話の流れから考える限り、畑に植えろという意味ではないだろう。

どこでどのように使うのか。

それとも自分の知っている言葉以外の意味を持つ動作なのか。

クリスが尋ねると、殿下はそうかと、小さくつぶやいてから言った。


「文化が違うからな。まあ、撒くというのは文字通りの意味、ばらまくって話だ。式典中に使うものだな。使ってくれるなら説明するが、全部食べてもらっても構わぬぞ?」


持ち込んでいるのは食べ物の米だ。

使うのも食べるのも変わらない。

ただの提案だと殿下は笑うが、それを聞いてしまったら使うかどうか返事をしないわけにはいかない。

どさくさ紛れに仕事を増やしてくれた彼にじっとりとした目を向けながら、クリスは探るように言った。


「式典については私の領分ではないので決められないですね」


これで引くなら話は終わりだ。

しかし案の定、そうはならない。


「そうか。では担当している者との面会を希望するとしよう」


そう言われたクリスは、小さくため息をつくと、人を呼び王妃に伝令を飛ばすことになるのだった。

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