衣装合わせとサプライズ
招待状書きの初日の半分の時間を使って、エレナは服のデザインを描きとめた。
その後は招待状とあて名を書く作業に加わり、それが終わったところで描きとめたものを部屋に持ち戻る。
ドレスの時はその場でデザインを考えたが、よく考えたらデザインを考えるのは一人でもできる。
次にケインが護衛から外れる時までにデザインを完成させておいて、いない時に刺すのが効率的だ。
とにかくケインがいる時は自分のドレスの刺繍か招待状書き、いない時はひたすら刺す。
それを実行するためにデザインは早く完成させておく必要がある。
ケインの衣装はエレナのドレスと同じ部屋に置かれているので、刺繍が増えていたら不審に思うかもしれないが、そもそもケインが衣装をそこまで細かくチェックするとは思えない。
カラフルな刺繍をするわけではないし、じっくり見られなければ気付かれないだろう。
何を刺すかは決められないが、どこに刺すかは決められる。
そうしてエレナの隠れた作業は始まった。
それから数日後、ケインの母親から家に関する紋章の見本をもらったエレナは、その日の一晩、デザインを考えるのに睡眠を久々に削った。
母親たちの協力もあって、刺繍は順調に進む。
エレナが自分のドレスの刺繍を入れている時、ケインは衣裳部屋にいるのだが、本人の衣装は壁側に寄せてあり、汚れが付かないよう、布をかけられていた。
ケインは自分の衣装があることには気が付いていたようだが、特に要望を出してくることも、それを見せてほしいと頼むこともなかった。
そしてケインに見られることもなく完成した刺繍を師匠にも確認してもらい、お墨付きをもらったところで、二人並んでの衣装合わせとなった。
今日は二人並んでもらって、そのバランスを見たいと工房側からの要望として伝えてもらう。
この席には珍しくケインの母親が呼ばれていた。
この部屋にはエレナの護衛できたはずだったが、今日は二人で合わせたいということなので、ケインも衣装に着替えるように言われた。
といっても、ケインの場合は上着を羽織って調整するだけなのでさほど手間のかかるものではない。
エレナは着替えに時間がかかるので別室に移動したが、ケインはその場で羽織るべく上着に手を伸ばす。
「これは、エレナ様が刺したのではないですか?」
誇り除けの布がとられて衣装を手に取ろうとしたケインは、知らぬ間に増えている目立たない刺繍を見て、そうつぶやいた。
「よくわかりましたね。その通りよ」
デザインをしているところも指しているところも見せたことはないのに、誰が刺繍したものかを言い当てたケインに驚いた王妃が思わず反応すると、ケインは顔をしかめた。
「私がいる時、この衣装を触ったりしてませんでしたよね。まさか部屋に持ち込んで寝ないで作業したり……」
エレナの集中力や刺繍のスピードは常に目の前で見ていたからよく理解している。
多くのエレナの生み出す刺繍の作品を見続けてきたからこそ、これがエレナの刺したものと一発で言い当てたのだが、これだけのものを完成させるのに費やされた時間も逆算できてしまう。
エレナのスケジュールを思い起こすと、これを完成させるには部屋に持ち込んで睡眠時間を削ったとしか考えられない。
けれど王妃は笑いながらそれを否定した。
「してないわよ、そんなこと。まずそんなことをしようとしたら私たちが許しませんよ。それで主役が当日体調不良で寝込んだなんてことになったら一大事ですからね。目の届くところで作業させたのだから間違いないわ。ケインの懸念通り、もし部屋に持ち込みなんてさせたら、誰も作業を止めてくれる人がいないですからね。衣装は私が管理して、勝手をできないようにしていたのよ」
「ではこれは……」
羽織るはずが手に持ってじっくりと見てつぶやくケインに王妃が答える。
「あなたが非番でいない間に、エレナがここで、一人で頑張ったのよ」
「補足しますと、その分の招待状書きを、私たちが受け持った感じですね」
ブレンダの言葉でようやくケインは理解した。
ここにいる人たち、自分以外の皆は、エレナがここで作業をしていることを知っていたが、ケインに知られないよう隠していたらしい。
王妃の近衛騎士である先輩騎士たちを見れば、微笑ましいものを見ているような、どこか満足そうな表情をしているのだから、彼らが加担していたのは間違いない。
ここに着いている侍女たちも賛同しているようなので、見回す限りケインの味方はいなそうだ。
「せっかくだから驚かせましょうって皆で協力したのよ。気が付かれなかったのなら成功ね」
王妃がいたずらが成功してよかったと言った様子でおっとりと微笑む。
そうして話をしているところにエレナが戻ってきた。
ケインは思わず上着を抱えたままエレナの方に駆け寄る。
「あの、エレナ様、ありがとうございます。私のものにまで」
エレナを褒める前に思わずお礼を口にしたケインだが、エレナはそれを気にする様子もなく答えた。
「私がしたくてしたの。むしろ勝手をしてしまったって気になったけれど、ケインがそんなことで怒るとは思えないし、私の衣装にだけ刺繍があることの方が気になったのよ」
本当はお揃いにしたかったけれど、まだ結婚式で嫁ぐ家の家紋をつけるのは政治的に良くないと言われてしまったので、そこは妥協したのだとエレナが付け加えると、ケインは深く頭を下げた。
「嬉しいです。式典が終わってからも大事にします」
「そうね。エレナ様とケインの衣装は、どちらも素晴らしいものだもの。家で大切にしなければいけないわ。それよりケイン、嬉しいのはわかるけれど、あなたもそれを着て、隣に並んでちょうだい。そのための場でしょう?」
ケインは母親から言われて自分の立場を思い出し、視線をエレナから背後にいる母親に向けた。
「すみません……」
そして自分の母親や王妃たちの座る席に向けて謝罪を伝えると、慌てて上着を羽織った。
「お二人とも、よくお似合いですよ」
並んだ二人のところに、気まずい間ができないよう、すかさず師匠がそう言いながら衣装を整えた。
「ええ、ありがとう」
エレナは何度も会わせているので、何も問題ないという。
「お直しは特にありませんね。お身体に合わないところはありませんか?」
「ありません」
エレナに続けて聞かれたケインが、着心地にも問題ないと答えると、師匠は満足そうにうなずいた。
「では残りは直前の調整といたしましょう」
「はい、お願いいたします」
そして二人の衣装は無事に完成し、エレナからのサプライズも成功に終わったのだった。




