かくしごと
エレナの刺繍が進むにつれ、衣裳部屋となっている一室には他の衣装が完成した形で並ぶようになった。
そこにはエレナのドレスだけではなく、ケインやクリス、ブレンダのものもあって、そこだけ随分と華やかだ。
そしてそれに並行する形で、いよいよ招待状書きの作業が開始になる。
これは、基本的に女主人の仕事なのでブレンダとエレナがすべきことだが、当然人数が多いこともあり、その母親たちも手伝いとして参加する。
「お披露目の時より数が多いのね。倍くらいかしら?」
クリスの立太子のお披露目の時の招待状を手伝ったことを思い出してエレナが言うと、母親は微笑んだ。
「招待状は倍弱だけれど、封筒は一つね。合同で式典を行うとはいえ、さすがに別の家の結婚の招待状を一つにまとめるわけにはいかないでしょう。それにエレナ側だけ、クリス側だけが招待可能な家もありますからね。実際はそう単純なものではないわ」
だからこうしてリストがあるのよとエレナにそれを見せる。
当然だがリストに描かれている人数は圧倒的にクリスの方が多い。
「さすがお兄様だわ」
政治的な問題もあるだろうが、そもそも学校にも行かなかったエレナには特に晴れ姿を見せたいと思うような友人はいない。
一番見せたかった相手だろうケインは自分の隣を歩くし、クリスやブレンダもそれは同じだ。
家族は主賓として出席することが決まっている。
個人的には孤児院にもこの姿を見せたかったが、パレードがあるというので、また見に来てくれるだろう。
もしダメでも、社交の場ではないので同じ衣装を着ているとは言われないだろうから、後日同じ衣装を着て、二人で見せに行けたらとエレナは考えている。
今日は騎士団の都合で護衛としてケインはついていない。
王妃と王女、皇太子妃と要人が一か所に集まりしばらくここに留まることはわかっているし、王宮から出るわけではない。
安全地帯にいるにもかかわらず、要人全員の近衛騎士がここに集まるのは過剰かつ無駄である。
そのため近衛騎士は一部を除き王妃付きのものを残して別の仕事に駆り出されたのだ。
「それでエレナ、あなた本当にケインの衣装の刺繍も自分でするつもりなの?」
母親に聞かれたエレナは、目を輝かせてうなずいた。
「ええ、もちろんよ。おばさまの許可ももらっているのだもの。でもこっそりというのは難しいわよね。今日みたいにいないタイミングにしかできないもの」
まだデザインは考えられていないが、そのつもりでいる。
デザインが決まったらこっそりここに来て作業させてもらえないか頼むつもりでいたが、自分が動けば護衛も動くので、隠すのは難しそうだなとエレナは眉を下げた。
すると横からブレンダが言う。
「それについては協力いたしますよ」
ブレンダの言葉にエレナは驚いた。
「どういうこと?」
「いないときはケインの衣装の刺繍に集中していていいわ。その間、私たちが招待状を進めます」
「でも……」
王妃の言葉に、それでは自分の仕事を放棄していることにならないかとエレナが戸惑っていると、彼女は首を傾げる。
「どちらにしても刺繍は完成させなければならないのだから、しばらくエレナはこっちに参加しないと見越して割り振っていますよ。もちろん、エレナは仕事が早いから、私たちが思っている以上に作業を早く進めてしまうでしょうけれど、そうしたら残った分を手伝ってくれたらいいわ。リストの通り、エレナの分はもともと少ないのだもの。リストを見せたでしょう?」
テーブルに仕分けられているリストを指して王妃は言う。
確かに自分たちの招待客の分だけが本来の仕事というのなら、エレナの方がブレンダに比べて量は少ない。
ただ、三人で集まって作業をするのは、仕事を均等に割って、手伝いに入ることが前提だ。
けれど二人がそういうのなら、甘えてもいいのだろう。
「ありがとう、お母様、ブレンダ」
エレナがお礼を伝えると、王妃が仕切り直した。
「さあ、せっかくケインの衣装が届いたのだから、作業を始めてしまいなさい。今日はデザインを考えるところからなのだから、とりあえず届いている衣装を確認してはどう?何をするかはともかく、どこに刺繍するかは決められるでしょう。あなたたちもわかっているわね」
エレナに衣装を見るように言い、それが終わると騎士たちの方を見回して王妃は微笑む。
クリスと同じでおっとりとした微笑みだが、これに逆らえば後が恐ろしいことを彼らはもちろん知っている。
「はっ。黙っておきます」
そこにいた騎士と、王妃の侍女たちが身を固くして答えると、王妃は小さくうなずいて視線をブレンダに向けた。
「そうしてちょうだい。じゃあ、私たちはあちらにかかりましょうか」
テーブルにあるのはリストだけで、用意された白紙は汚したりしないよう別の台に乗せられている。
王妃がそちらに視線を送りそう言うと、ブレンダは少し表情を引きつらせながらうなずいた。
「そうですね。あの山を早く崩してしまいましょう」
ブレンダがそう言うと、侍女が白紙の束の一部を王妃とブレンダの前に置いた。
文面はすでに考えてあるので、あとは見本通り写すだけだ。
目の前に置かれた白紙を見て、顔を上げると二人の目がある。
二人の考えていることは同じらしい。
これを嬉々としてやることができたとこなすのはエレナくらい。
普通の人にこの作業は苦痛でしかないのだ。
だからこそ、早く終わらせよう。
二人は決意を固めて各々ペンをとるのだった。




