女性の役割
先ぶれからの連絡が届いたのか、ほどなくクリスたちは王妃たちの待つ部屋へとやってきた。
連絡を戻しすぐに準備をさせていたため、部屋の中に四人掛けのテーブルが一セット追加されている。
「ご歓談のところ申し訳ありません」
クリスを先頭に中に入った四人は、クリスの挨拶に合わせて頭を下げた。
王妃はその様子を座ったまま眺めて小さくため息をつく。
「問題ないわ。頭を上げなさいな。それより、仲が良いのはいいことだけれど、これからも常に四人で一緒にいられるわけではないのよ?」
こうなることは想定内だし、仕向けたのは自分だが、それを目の当たりにすると、つい苦言が口をつく。
しかしクリスの方も想定内なのか、どこ吹く風と言った様子で。飄々と返事をする。
「もちろん、わかっております。今回は、先ほどのお話の後ですから、思惑に乗ってこうして四人で来たのですよ」
さっきは一人で来たでしょうとあざとく首を傾げるクリスに、王妃は誰に似たのかしらとまたため息をついた。
「そう。まあいいわ。とりあえずかけてちょうだい」
王妃がそう言って空席となっている責を示すと、四人は顔を見合わせながらも言う通りそこに腰を落ち着けた。
「一応、クリスの話を聞きましょうか」
促したのは自分だが、別に呼び出したわけではない。
あくまで当人が、王妃にお伺いを立てて訪ねてきたという形だ。
そのため用件はクリスが申し出る必要がある。
王妃が促すと、クリスはそれが必要な茶番であることを理解しながら言った。
「式典の準備をお任せしきりになっていたのですけれど、仕事も落ち着きましたので、こちらでもできることがあればとお伺いにきたのですよ」
ストレートに答えたクリスの言葉を受けて王妃はわざとらしく客人の女性二人に話を振った。
「そうねぇ。お二人からは何かありますかしら?」
尋ねられたブレンダの母親は恐縮しながら小さく答えた。
「私は特には……」
一方、慣れたものであるケインの母親はそれにおっとりと答えた。
「私も特別ございませんわ。ですがとりあえず、こちらから四人に進捗をお伝えしてはいかがかと思いますよ」
王妃に向けて話しているが、その言葉は明らかにクリスたちの同意を求めている。
この辺りも茶番の既定路線であるため、クリスはすぐ、それに応じた。
「ぜひお願いいたします」
ひとしきりそんな会話を終えた王妃は、このくらいでいいでしょうとさっそく本題に入ることにした。
そのやり取りを後から来た三人と、先に来た客人の二人がじっと見ている。
「仕方がないわね。私たちが行っていたのは、式典の流れの確認、招待客の選定、ドレスのデザインの相談、くらいかしら。あなたがただけではなく、私たちにもすり合わせが必要なことですからね。あなたたちの衣装が決まらなければ、私たちも合わせて準備ができないし、招待に関しても国をまたいでお招きする方がいるのだから、早く連絡をしなければ相手も都合をつけられないでしょう?」
王妃の説明に、想定より話が進んでいることを感じたクリスはとりあえず感謝を伝えることにした。
「そこまで進めてくださっているのは助かります」
クリスが微笑むと、そこで王妃は視線をエレナとブレンダに向けた。
「これらは女たちの務めですからね」
「申し訳ありません」
即座に察したブレンダが謝罪の言葉を述べると、王妃は笑みを強めた。
「ブレンダとエレナもこの先の手伝いには参加してもらいたいわ。本当なら最初から参加してこれらの流れを覚えてもらいたかったのだけれど、外交は、特に彼の国との関係は国としても重視しているところですから、今回は仕方がないとそう思っているわ。あちらからのご指名だし、一度に済ませるという判断も悪くはないわ。でもこの先は厳しく指導していくことになりますからね」
王妃の笑みと圧に圧されたのか、習慣が抜けないのか、ブレンダはすぐに頭を下げた。
「かしこまりました」
そしてそのやり取りを他人事のように効いているエレナを王妃は名指しする。
「エレナも、この先女主人になったらケインと共に家を盛り立て、支える立場になります。こういう地味な作業や根回しはしっかり覚えたほうがいいわ。まあ、任せられる相手がいるから、心配はしていないけれど、手間をかけるわね」
そう言って王妃は同じテーブルにいるケインの母親に目を向けた。
彼女は苦言を呈することに一苦労している友人を見て小さく笑って答える。
「私には娘がいないから、そういう作業を一緒にできる相手ができるのは嬉しいわ」
お任せくださいと言う言葉の代わりにそう伝えると、王妃はやはり小さく息を吐いた。
そして再びエレナに向き直って、尋ねる。
「エレナ、孤児院に行かなければ、招待状を書くまで手持無沙汰になるということかしら?」
具体的な質問を受けたため、エレナはそれに答えた。
「この件に関してはそうね」
自分の人生の大きなイベントにおいて、これまで希望などかなえられたことのないエレナがいつも通りの答えを返すと、王妃は目を細めた。
「他人事のように言わないでちょうだい、本当にクリスといい、エレナといい……」
「でもお母さまたちが進めてくださっているのだもの。邪魔になってはいけないわ」
どうしてこうなったのかと王妃が口にしようとしたところで、エレナが先に答えを言う。
それを聞いてエレナが本気でそう考えていることは十分伝わってきた。
同時にこれまでのことを考えたら、エレナのような考えになってしまうのも仕方がないのかもしれないと思い直す。
しかも先にクリスから留学という形でエレナの憂いを晴らさないかと提案を受けたばかりということもあり、そこに考えが行きつくまでに時間はかからなかった。
王妃はその感情を一旦飲み込んで伝える。
「そう、私たちが先に進めたことが、あなたたちの遠慮につながったということね。その点に関しては改めて考えましょう。それでエレナに提案なのだけれど、時間があるのなら、ドレスの刺繍を自分でしてみない?」
「自分のドレスに刺繍を?」
王妃の言葉に驚きながらエレナが確認すると、王妃はうなずいた。
「ええ。最期に娘の幸せを願って実の母親が一針入れる伝統はあるけれど、それ以外はデザインになるから、お針子が大半を仕上げるわ。時間があるというのなら、それを自分で決めて好きなようにするというのはどうかしら。そろそろ無地のドレスが仕上がってくるから、そこに自由に刺繍をするの。あなたの腕を国内外に知らしめるいい機会になるでしょう。ドレスは私たちの話し合いの場にそれを運び込んでおくから、刺繍しながらでもいいから、まずは聞くだけになっても参加なさい」
話し合いという場に参加しにくいというのなら来る理由を与えればいい。
これまで外してきた弊害なのだから、このくらいの配慮はするべきだろう。
本当は部屋に持ち込ませてもよかったのだが、そうすると監視のない状態になったエレナが寝ずに作業を始めてしまう可能性がある。
これならそれも防止できるし一石二鳥だ。
「そうね、わかったわ」
王妃の思惑はともかく、とりあえず仕事を与えられたエレナは素直にそれを受け入れた。
「それからブレンダは、王妃教育のためとはいえ、少々ここに引き留めすぎたと、私は反省いたしました。一度ご実家で、ご家族とゆっくり過ごす時間をとりなさい。これはあなたの為というよりご家族のためね。配慮をすることはできるけれど、正式にここに入ってしまったら、ご家族とは適切な距離を置かなければならなくなりますから、その機会を取るのは難しくなります。ご家族に寂しい思いをさせることになってしまいます。そしてあなたも、このまま離れてはおそらく後悔が残ります。花嫁としての準備は実家でもできるよう、ここで話を詰めてありますから、問題ないでしょう」
「かしこまりました」
婚約前から結婚の話ばかりで鬱陶しいと思って実家を避けていたが、確かにこの話がまとまってから家に帰った記憶がない。
ブレンダは恐縮しながらもここに同席してる母親を見てうなずいた。
委縮している様子から、母親に無理をさせてしまっているのは見ればわかる。
王妃の言う通り親孝行しておいた方がいいだろう。
そうしてブレンダは申し訳なさそうに母親を見たのだった。




