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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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騎士団と黒歴史

クリスのため息から続いた沈黙を破ったのはブレンダだった。


「重鎮たちとのしがらみに押し負けたのですね。そして騎士団はエレナ様を助けるはずが命を危険にさらした。まあ、素人の女性一人を大人数で取り逃がした時点で、騎士団の能力が疑われますが……」


ここまでの話をブレンダがそうまとめると、クリスはうなずいた。


「そういうことになるね。そして騎士団からすると、私が声をかけている際、私を囮にどうにかするよう両親に言われて捕まえようとした挙句、取り逃がしてエレナを命の危機にさらした騎士団の大失態ということになる。しかもエレナは彼らの間をすり抜けてドアから逃げてる。逃げ道を塞いで厳戒態勢で捕まえようとした子供に正面突破で逃げられたことになるね」


自分も飛び出したエレナを捕まえることはできなかったし、話が違うって怒りが先に立ってそれどころじゃなかった。

あの後、昏睡状態になるくらいなら、引きこもっているところを根気強く説得した方がよかったのではないかと思うことすらある。

あれがなければエレナは諦めなかったかもしれないし、自室でいつの間にかってことになっていたかもしれないけど、一歩間違えば死んでいたかもしれないあの時のことを思い出すだけで体が震えるのだ。

皆まで言わず、とりあえず騎士団の話に留めると、ブレンダはため息をついた。


「それはそうですね。安全確保のために捕まえるよう言われたのにそれもできず、護衛対象を命の危機にさらしたのですから……これはさすがに」


ブレンダがそうつぶやきながら騎士団長の方に目を移せば、彼は気まずそうに視線を下げている。

確かにこんな話をひとに聞かれる可能性のあるところでするわけにはいかない。

死にかけたのもそうだが、若い男女が二人、倉庫に閉じこもっていたというのも外聞が悪い。

結果的に結婚する二人となったが、特にエレナはまだその段階では政策の駒とされる可能性が高かった。

この件が広まってそこに水を差されては国としても困る。


「そういうわけで、これはエレナの感情の問題だけじゃなくて、騎士団の黒歴史でもあるんだよ。だから言うなと言われなくても、関わった人間は、この件に関して口を開かない。もちろん、文官系の重鎮には詳細を知らせてないしね」


エレナを学校に行かせないよう画策した連中に、この顛末を知らせる必要はない。

もし、彼らの中でエレナに良からぬことをして出し抜こうとする者がいたら、その時はこの件を後悔しさっさとケインとくっつける切り札として使ってもいいとは考えていたがそれだけだ。

エレナの醜聞を表に出すつもりはこの先もない。


「もしかしてエレナ様が料理長に信頼を置いているのも……?」


ブレンダが話を振ると、クリスはうなずいた。


「そうだね。無理に動かそうとはせず、ただ、エレナが食べられそうなものをそれとなく差し入れたり、倉庫に向かうケインに持たせたりしてくれてたよ。療養中の食事にも配慮してくれたね。だけど、そもそも調理場のメンバーも学校には行っていない人が多いし、彼らとは共通の話題も多かったから、その件を考えずに楽しく過ごせる場所だったことも大きいんじゃないかって思うな」


最初に調理場に出入りすることになった理由は違う。

けれど、今思えば、料理という共通の会話だけで楽しく過ごせるあの場所は、エレナにとって憩いの場になっていたのだろう。

きっと、クリスがそうかもしれないと思うずっと前から、エレナの救いになっていたに違いない。

改めて口にしたクリスがそんなことを思っていると、ブレンダが大きく首を振った。


「想像するだけでぞっとしますが、その時騎士団にいなかったことに安堵してしまいます」


もし自分がその時騎士だったとしても、エレナと今のように話ができたとしても、エレナに何かしてあげられたかと言われたら、それは難しかったとしか言えない。

何せ本気でお願いすれば相手に何でも言うことを聞かせてしまえるだけの力を有しているクリスが成しえなかったことだ。

もちろんクリスがお願いというのを極力使わないようにしているのは知っている。

使わなかったのは使いたくなかっただけが理由ではないだろう。

ブレンダが難しい表情を浮かべていると、クリスは小さくため息をついた。


「まあ、そうだよね」


クリス以外、ここにいるのは騎士団の関係者だ。

最高峰の騎士団だからと試験を潜り抜けて入団したのに、こんな話を聞かされたら複雑な気分になるのも無理はない。

誇りを持って活動に取り組んできた彼らにとっては、なおのこと衝撃が強かったということだろう。

そして自分の代でそれをしてしまったら、自分が関係者だったらと考えるとぞっとするのもわかる。

それが大きな傷となるからだ。

そして時代が違っていたら、もっと自分が早くこの任についていたら、近衛騎士まで上がっている二人なら無関係ではなかった可能性が高い。

特にブレンダは、ぎりぎり入団していなかったくらいの時期のことになる。

安堵されてしまっても仕方がない。


「騎士団長の御前で失礼しました」


ブレンダが自分の失言を謝罪すると、騎士団長は控えめな声で言った。


「いや、言われても仕方のないことだ」


肩を落とす騎士団長から少し下がった位置で、彼は小さくため息をついた。


「周囲が学校の会話を避けているように感じてはいましたが、よくわかりました」


こんな話を聞いてしまっては、より自分から切り出すなんてできない。

もともと学校の話に触れないでほしいというのが、エレナの心情を慮っての反応だと思っていたが、それにしては騎士の反応が過剰だとも感じていた。

この話に触れることはエレナだけではなく、当時からついている周囲の騎士たちの傷もえぐることになっているとは思ってもみなかった。

彼がブレンダを見ると、ブレンダもやはり考えていることは同じようで、彼を見ていた。

知らなかったとはいえ、自分と周囲に複雑な感情を持たせてきたのだなと、目が合えば互いに肩をすくめてすぐ視線をクリスに戻す。

知ってしまった以上、気を使わないわけにはいかない。

彼らは無言でこの先、できるだけ学校の話題を避けて会話をすることを考えた方がいいかもしれないと、目を細めたのだった。

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