米料理の研究
「それにしても、お米というのは器に入れてそのまま食べるだけではなく、握って形を変えたり、中に具を入れたり、表面を飾ったりできるものだったのですね。パンでもできなくはありませんが、膨らみ加減で変化しますので、大きさの調整は難しいですからね。とても面白い。生菓子の盛り付けのようなアレンジが楽しめそうです」
改めて食べ終わった食器を見て料理長が言うと、エレナは小さく息を吐いた。
「握るのは炊くという方法をとらないとできないから、この製法を知らないとできないけれど、そこさえクリアすれば色々できると思うわ」
自分が見せられたおにぎりや手毬と呼ばれていた小さなものを思い出し、大きさだけではなく、乗せるものを変えて見た目も味も変えられる。
パンと同じ、さすが主食だとエレナは言う。
「形を作るのも、何度か練習しなければ完璧にはできないでしょうが、それは別のものでも練習したいと思います」
手に乗せた感触は覚えているのでより早く握れるようにするにはそれを再現できればいい。
それなら食べ物ではないものを中に収めて、手の形を作る練習をすればいい。
本物に触れたことで、
「そうだわ。炊いたお米は冷えるとくっつかなくなるようだから、温かいうちがいいようよ。あと、手にくっつく時は手を水に浸して濡れたままの方がいいという話だったわ。程よくないとそれはそれでバラバラになってしまうようだけれど、あちらの料理人は手の水分量を調整していたようだったわね」
時間が経って乾いてもバラバラに、水を付けすぎてもバラバラになるらしい。
水を付けすぎた時のことは、ざるで洗った際、サラサラになった状態を触ったので何となく理解できる。
煮込んだらまた粘りが出たが、あの状態では固形より液状に近いものになってしまっているから、形を作るなど無理な話だ。
けれどもう少しこの食材に触れていけば、おのずと理解できるようになるだろう。
今はできる限り情報を多く仕入れて、それを頼りに探っていくしかない。
エレナの話を聞いて料理長がその情報を頭に叩き込みながら相槌を打つ。
「なるほど。そのような工夫もされているのですね」
今日は初回だったし失敗しないか不安な中で作業していた。
試しに作業をする前に説明しておけば、彼らならもっとうまくできたかもしれない。
話しているうちに思い出したことなので仕方がないけれど、初手の説明不足に気が付いたエレナは少し申し訳ない気分になる。
しかし料理長たちはそれをとがめることがしなかった。
今日の作業はもう終わってしまったのだ。
そして次に活かしてもらうために今できることは、忘れないうちに思い出したことを片っ端から口に出していくしかない。
関係あるかわからないことも感想もないまぜになっているが、そこから必要な情報を拾ってもらおうとエレナはしゃべり続ける。
「ええ。その場で握って、並んでいるものの中から好きな具を選ばせてくれたわ。それを一口サイズのお米に器用に乗せて、飾って出してくれたりしたのよ」
握っている人と盛り付けている人がいたので、それだけで人が二人は必要だ。
けれど初めて食べるので相談しながら決められたのは良かったなと振り返る。
「調理の工程もお客様に楽しめるよう工夫されていると」
希望を聞くことは多々あるが、基本的に料理の内容は調理場が決定する。
そしてパーティやお茶会などのイベントの場合は、主催の女主人が指示を出すのでたいていは王妃が、時折エレナがリクエストを出してきて、それをもとに作ることになる。
基本的に作っている過程を見せることはレシピの秘匿性が薄れるので好まれないし、そもそも作っている人間が貴族ではないことも多いので、その場に呼ばれても対処に困るというのもある。
お客様の前でパフォーマンスをするのは難しく、せいぜい温かいスープを目の前で毒見の後、テーブルでよそう程度だ。
しかし彼の国では違うらしい。
「そうね。できたものが並んでいて選ぶのとはまた違った楽しみがあったわ。でも大規模なパーティでは不向きだと思うわ」
いかんせん手間がかかる。
もしそこに要望が集中してしまったら、パーティではなく客人が炊き出しの食事に並ぶ人のようになってしまうだろう。
彼らも客人四人に対しての対応だからそうしてくれた可能性が高い。
「そうですね。少人数のお客様にでしたら、そのように希望に合わせるのもよろしいかと思います」
料理長が納得すると、エレナは続けた。
「お米をたくさん炊くのなら、炊いたものか握ったものを持ってきて、そこにトッピングを選べるようにして持ち込んでくれたら楽しいわ。少し贅沢な食事になってしまうけれど、そういう日が多少増えても問題ないでしょう。私が皆に提案しておけばいいのだもの」
握ったものに飾り付けるのが難しければ、器に入れた米の上に、用意された多種の具材を自分で選択して乗せてもいいだろう。
その具を複数用意するというのもまた手間になりそうだが、それも含め練習とし、今後に活かされるなら問題ないはずだ。
「そういうことでしたら、さすがに連日というわけにはいきませんが、しばらくは日をあけて定期的に挑戦させていただければと思います」
お菓子とは違って食事なのでしっかりととる必要のあるものだ。
国内にいるのに慣れない料理を連日出されても困惑するだろうし、それで体調を崩されても困る。
なので、たまの贅沢という形で
「そうね。無駄にならなければ、こちらに出しても出さなくてもいいと思うから、うまく炊けて握れる状態の時だけ出してもいいと思うわ。私はどんな形になっても食べたいけれど」
失敗作を食べるのも慣れている。
できれば作るところから常に一緒にいたいところだけれど、それは難しいだろうとエレナは思っている。
ご飯が硬すぎたり柔らかすぎて今回のように煮込んで食べることになったとしても、これはこれでおいしいし、そういう食べ方が彼の国である以上、間違いではないのだ。
たださすがにそれを公式の料理として出すのは料理長の威厳にかかわる。
それが分かっているから無理にとは言えない。
それより練習中に工夫されることで、よりおいしいものができるかもしれないと思うと、その場にいられないのは悔やまれる。
だからせめて、できたものを一口でも残しておいてもらって、どうやって作ったのか説明を受けながら食べる時間ができたら嬉しいとエレナが言うと、料理長はできる限り配慮しますと笑顔を浮かべたのだった。




