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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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幼子の域

「まずうまく炊けるかわからなかったから、ここからどうするか考えていなかったのだけれど、まだ時間はありそうね。どうしようかしら?」


少し歪んでいるような気もするが無事に山の形で立ち上がる形に握ったおにぎりを眺めていた料理長がエレナに尋ねた。


「先ほど握り直すのは問題ないとおっしゃってましたが……」


「ええ。あちらでそう言われたわ。触った感じでわかると思うけれど、いびつになった形を直すことはできるはずよ。何か思うところがあるかしら?」


エレナが聞いた感じでは子供などが握っていびつになったものを大人が直して食べやすくしたりしているようだった。

エレナが答えると料理長は少し悩んだ末、意見を述べた。


「何度も崩して握るのは食材を痛めますからあまりよろしくないと思いますし、完成したものを壊すのも気が引けますが、それが可能ならば、握るという作業を全員が試した後、ザルの中で洗って煮込んでみてはいかがでしょう。手で触れて崩れないのですから柔らかいとはいえ軽くなら洗うことも可能でしょう。さすがに何人もの手で潰したものをそのまま食べるのは気が引けると思いますので……」


あちらでは主食としてたくさんの米が手に入るかもしれない。

けれど現在これらは高級品だ。

炊くという作業に熟練度が必要なら何度も行う必要があるだろうが、それにも限度がある。

今回のように少ない量で練習し、本番で大量に作れるようになる必要があるだろうが、それもまだ先の話だ。

そこで先ほどエレナが言ったことを思い返したのだ。

もしこの形を崩しても再度成形できるのなら、全員に練習の機会が欲しい。

触れていくうちにこの作業に得手不得手が出てくるだろうが、できる人が多いに越したことはないし、もしかしたら抜きんでた扱いのできる者がこの中から現れる可能性もある。

それらを見極めるためにも、全員がこの食材に触れて慣れる必要がある。

そして握るという、手で触れて形を整えられるくらいのものならば洗うこともできそうだ。

回数に制限はあるだろうが少しでも多くこの食材に触れておくにはこの方法が最適ではないか。

料理長はそう考えたのだ。

料理長の提案に調理場が色めき立つ。

本来の扱い方とは少々異なるが学びのために高級食材の実物に触れられるのだ。

この機会を逃す手はない。



潰さないように握るとはいえ、崩しては握ってを繰り返せば潰れないわけがない。

そうなった後の米をどうするべきかとエレナは悩んだ末、皆がエレナに注目して返事を待つ。

エレナは米と皆を見て、調理場を見回してから答えを出した。


「じゃあ、おにぎりの練習をして、最後に握ったものを崩して煮込むようにしましょうか。孤児院で調理するときのように煮込んでみて、前とどのくらい違うのか比較してみるのもいいわね」


煮込んでしまえば粒の形が崩れていることは気にならない。

スープだって具材を切る時や調理中にはそれなりに気にするけれど、鍋の中での煮崩れ具合を比較することなどしないのだから、問題ないだろう。

エレナがそう言うと、自分たちも参加できると料理人たちの表情が明るくなった。

いつもは教えてもらう側のエレナがその立場だが、いつもと逆だなとエレナは感じていた。



さすが調理のプロというべきだろう。

許可を得た料理長はじめ料理人たちは、順番を守りながらエレナがしていたことをまねしはじめた。

握る様子を見せながら口頭で説明したため、何をすればいいのかは理解できるだろうが、それだけでコツをつかむのは難しいはずだ。

けれど彼らの動きには迷いがない。

エレナが握っている様子もしっかりと観察していたからできることだ。

料理のコツをつかむも上手いし、器用な人は最初からエレナよりきれいな三角を作り出している。

それだけではない。

待っている間も握りながらも、わからない事はどんどん質問してくる。

エレナもわかる範囲になると言いながらも、彼らの熱意に応えようと、自分が教わったことを思い出しながらそれらの共有に努めた。



そうして皆が米に触れ、練習を終え、ボウルの中でそれらを崩して観察すると、さすがにいびつな形の粒が増えているのがわかる。

どんなに気を使っていてももとは柔らかいものだし、つぶれてしまうのは仕方がない。

それに握るという作業をしている以上、全くつぶさずに作るというのは不可能な話だ。


「彼の国の方々が見たらがっかりするかもしれませんね」


何度も使った米の様子に料理長がつぶやくとエレナは首を傾げた。


「それこそ、子供が練習したのかと言われるだけではないかしら?」


まず固めるという第一段階はここにいる皆がクリアできている。

だから殿下にそれを報告したら成長したというだけだろう。

上手な人のものを見たら、初回でここまでのことができるのは優秀だとお褒めの言葉が出てくるのではないかとエレナは思う。


「なるほど。それはある意味間違いではありません。食べるのも触れるのもまだ幼子の域でございますから」


自分たちは彼の国よりはるかにこの食材に触れる機会が少ない。

それこそこれが一般家庭にまで浸透しているというのなら、食べている回数もこうして同じ作業をする回数も子供より少ないはずだ。

だから調理のプロと呼ばれていても、食べ方も使いどころもまだまだ分からないことだらけだ。

しかしそれは仕方がない。

まずは幼子から子供、そして大人からプロへと駆け上がっていくには経験を積んでいくしかない。

しかし新しいことを覚えるのがこんなに楽しいとは思わなかった。

彼らはエレナを見ながら、目を輝かせて教えを乞うていたエレナの姿を自分たちに重ねて初心を思い出すのだった。



ボウルの中で崩された米を見て、エレナは次の指示を出した。


「じゃあ次は煮込んでみようかしら。もう食べられる状態だから長く火にかける必要はないし、そろそろ食べて片付けてしまわないと、次の食事の準備が慌ただしくなってしまうわ」


エレナが言うと一人が驚いたように言った。


「もうそんな時間ですか?」

「たぶんそうだと思うわ」


エレナはそう口にすると料理長を見る。

料理長は静かに首を縦に振った。


「エレナ様のおっしゃる通りです。集中してしまうと時間の感覚が狂いますね。それだけ皆にとって有意義だったということです。とりあえずこちらを食すための準備をいたしましょう」


料理長がそう言うと周囲の料理人たちは顔を見合わせて動き出した。

エレナが彼らの動きの妨げにならないよう、とりあえず端に除けると、活気のある調理場を嬉しそうに眺めるのだった。

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