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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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水田

「ああそうだ、このまま水田、米を育てているところに向かって行くが問題はあるか?」


本題はこちらだと殿下がクリスに言うと、クリスは微笑んだ。


「いいえ、ありません。そこからの経路は先日のお話し通りの予定ですけれど……」

「ああ。きちんと送り届ける」

「よろしくお願いしますね」


どこまでついてくるかという話はしていなかったが、帰国の経路を聞かれた時点でそうなることは予測で来ていた。

そして今回、何があっても無事に帰国しなければならないのは双方同じことなので、クリスは殿下の言葉をあっさり受け入れている。

ここで無駄にプライドを振りかざして、この先は自分たちでどうにかできますと断るのは愚策だ。

クリスがよろしくというと殿下はではのちほどと言って馬車から離れていった。

おそらくクリスたちの護衛のさらに外側にいる殿下が指揮する者たちに内容を伝達するのだろう。


「麦畑は見たことがあるけれど、お米もきっとあの規模のものなのよね」

「そうだね。どちらも主食だから、きっとそうだと思うよ」


パンが主食の国なので、育てているのも小麦が多い。

収穫前の小麦色と言われる実のついた穂のたくさん伸びる畑は素晴らしかったし、あの時も公務に同行した際に通っただけだったが、その光景に感動したなとエレナは思い出していた。


「どのくらい近づけるのかわからないけれど、楽しみだわ。」


降りられないとは聞いていたけれどせめて止まって見られたらいい。

それも危険というのなら通り過ぎるだけでも嬉しい。

これから案内される新しい景色にエレナは胸を躍らせた。



城門を抜け、商人の間を通り抜けた後、何もない焦土のような平地を走ると、目の前の土の色が変わっていき、徐々に草花が増えてきた。

やがて山のようなものも視界に入るようになる。

そして馬車はその山裾に沿って回り込むように移動していく。

すると突然、山が割れたようにまっすぐな道が姿を見せた。

馬車は一旦そこで停車する。

どうやら一本道になっているようでまっすぐ行けば反対側に抜けられるようになっているらしく、遠くには先ほど見た平地の光景と似たようなものがあるように見える。

中で四人が驚いていると、説明が必要だろうと殿下が馬車に寄ってきた。


「これは?」


クリスが尋ねると、殿下は説明を始めた。


「ああ、本当は全面を水田として使いたかったのだがな、収穫したものを通す荷車用の道が欲しいと要望があって、一部をそのようにしたのだ。せっかくだから馬車を通せるといいだろうと整備してある。歩きや騎乗で行けるのなら、美しい場所はほかにもあるのだが、馬車で移動し比較的安全なところだと、ここが一番良いと判断した。この中を反対側に抜けて、そこから行きに使った道に戻れば、そこからは前間からの予定通りとなろう。一応山狩りはしたし、うちの連中を中に配置して、道の出入りも制限してあるから問題ないだろう」

「わざわざ配置されたのですか?」


自分たちにこの景色を見せるためにそこまでしたのかとクリスが徹底ぶりに感心していると、殿下は軽く笑った。


「いや、さすがに実っていない時期に泥棒は出ぬが、敵が収穫できぬようここを荒らしに来ないとも限らぬからな。騎士だった者はやることもないし、食料のありがたみを知ってるから、作物を無碍にはしない。とりあえず力を持て余している騎士を、あちらこちらの田畑に分散配置し警備の仕事を与えている。手伝いたい者は農民の手伝いをしてもいいと言ってあるから体がなまりそうならそうしているだろう。なのでもともといた人員に今連れているのを加えただけだな」


それを安心材料とするかはそちらで決めてくれと殿下が言うのでクリスはうなずいた。


「ご配慮感謝します。馬車のまま突き抜ければいいところを選んでくださったのですね。とりあえず乗ったまま移動して、途中で止めても?」

「ああ、それがいいだろう。私が先導しよう」


殿下はそう言うと御者の前に出て馬を下りた。

そして手綱を引いて歩き出したため、それについて御者はゆっくりと馬車を動かした。



馬車が道を進むと、その左右には見たことのない光景が広がっていた。

まず青い植物が水の中から生えている。

水草ならば沈んでいるはずだが、その植物は水につかりながらもしっかりと葉を上に伸ばしていた。

根元は水に浸かっていて雨上がりのようだが、説明によればこうして育てるものらしい。

他の植物より多くの水を必要とする

太陽が水に反射し、風が吹けば水だけでなく植物も同じ方向にたなびき、その緑が水に写る。

山の影も水に反射しており、作られた光景だがとても美しい光景だ。


「ここが米を育てているところだな。同じ草が大量に伸びているだろう。あれが育つと米になる」


殿下の説明にブレンダが首を傾げた。


「水浸しなのですね。こんなに水を与えて根腐れなどはしないのですか?」


花壇の手入れなど、土をいじった経験のあるブレンダには特に見慣れない光景だ。

思わず尋ねると、殿下は嫌な顔一つせず答えた。


「他の植物とは違って水を大量に必要とするものでな。この時期は浸けて育てる。そういうものだ。細かく区切っているのは人間が歩く道として使っているからだな。ついでにその道の脇は小さな水路にしてある」


田んぼの中に水が入っているため気づきにくいが、あぜ道沿いに水路があり、こちらにも今は水が入った状態だ。

それらも一体となってこの光景を生み出しているらしい。


「それで水を貯めるために、掘って、このような形にしているのですね。でもこれだけの水を入れるのは大変なのでは?」


どこかに水源があるのか、井戸などからくみ上げて行き渡らせているのかわからないが、畑とは水を使う規模が違う。

畑は川沿いから広がっているので、川の水を汲み畑まで運んでいくことも多い。

広ければ広いほど、川から遠ければ遠いほど重労働となる。

しかし雨が降ることもあるのでそうなれば水やりは必要ない。

そして多少乾いても成長してくれるので枯らさぬ程度の労力でどうにかなるはずだが、常に水に付けておくとなると常に補充が必要となるはずだ。


「そのためにこのような形になっている。ここからでは見えにくいだろうが奥にある川の流れを変えてこちらに水を引きこみ、この細い水路に行き渡らせる。必要のない時はそれらを閉ざして調整するのだ。すべて昔ながらの知恵というやつだな。今は満水だから川からの流れを止めているが、必要になればそこを開けて引き込むのだ。管理は必要だがくみ上げなどは必要ないな」


だから言うほど労力はかけていないと殿下が言うと、その説明をしっかりと受け止める。

それからも景色を見ながら質問し、殿下が答えることがしばらく続いた。

雨上がりではないが近くに水が多いこともあり、少しぬかるんだところもあるため、馬車から降りることは断念したが、ドアを開け、できる限り体と目と耳にこの光景を焼き付けた。



殿下が説明している間も、水田の上を風が通り抜けていく。

そのたびに水が太陽の光を反射し葉が揺れ、葉のぶつかる音が鳴る。

それらがすべて心地よい。

エレナ達の中に場所も景色も違うけれど、避暑地に足を運んでいた時のような懐かしい気持ちが蘇る。

止まった馬車の中からその光景を眺めた後、馬車は行程通り、帰国の道へと進みだした。

その間もしばらく続く水田に、誰もが見惚れて言葉を失っていたのだった。

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