帰国の挨拶
とりあえず帰国の日。
まずは挨拶ということで皇太子殿下とクリスたち客人が一堂に会することとなった。
といっても入国時に謁見した国王などがこちらに来ることはない。
自分たちが殿下を迎える時も似たような対応なので、それについて特に不満はない。
むしろいつも通りで気楽とすら思える、そんな空気の会場だ。
「いよいよ帰国ね」
充実した時間を過ごしたからか、時間が経つのが早かったとエレナがそんなことを思っていると殿下は口角を上げた。
「そうだな。もてなしについては及ばぬが、内容は充実させたつもりだ」
「ええ。私はとても満足よ、訪問した私が満足なのだもの、充分なおもてなしを受けたと言ってもいいわ」
歓待することが、豪華な食事を提供することだけがもてなしではない。
自分たちの訪問が彼の国の希望で、それを叶えただけだし、それによって互いの国の繋がりを周囲に知らしめることができたのだから、双方の目的はそれだけで達成されている。
そこにエレナの要望を叶えるべく色々体験する機会を与えてくれたのだから、エレナからすれば感謝しかない。
「また気が向いたら来るといい」
殿下が満足げにうなずいていると、クリスが苦言を呈する。
「殿下ではないのですから、そう簡単にはこられませんよ。近くはないのですから……」
王宮と孤児院の行き来とはわけが違う。
また来るわねなどと気軽に返事をされては困る。
そのため先んじてクリスが口をはさんだのだが、その言葉に殿下は苦笑いを浮かべた。
「私も簡単にそっちに行っているわけではないぞ。大義名分を作るのには苦労しているのだからな」
確かに他国へと外交に行くより友人の家に行く感覚なので気安く顔を出している。
それは認めるが、その外出のために苦労をしているのも事実だ。
主に口実を探しているだけで、動ける算段さえ付けば、自分だけでなんとかなるというのは間違いではないが、それも簡単というわけではない。
「私たちは身軽に移動できないですから」
口実さえ用意できれば自由に動くことができるというのはうらやましい限りだ。
クリスが小さくため息をつくと、殿下は互いに大変だなと笑った。
「まあ、仕方あるまい。ああそうだ、次はそちらのめでたい席に呼ばれた時になるだろう。その時は米の収穫も終わっているだろうから、祝いの品に加えておこう」
殿下がそう言ってエレナの方を見ると、エレナは微笑みながら言った。
「楽しみだわ。お祝いの品なら、調理場で私が使っても問題ないわよね?」
「そうだね。残さず使っていいかな」
先んじて残ることを計算し持ち込んでうちを保管庫にしようとしても、エレナが全部使っちゃうから無駄ですよとクリスは口元を抑えて笑うが、その目は笑っていない。
その様子に殿下はわざとらしく残念そうな顔をする。
「それにしても、最後までクリス殿下の警戒心は解けなかったな」
基本的にクリスは国内であろうとも人の目のあるところで気を抜くことはない。
エレナ達によって調子を崩されることはあっても、それで気を抜いていることもない。
他者から見て違うように見えるから相手がそう感じているだけである。
「私はどこでもこのような感じですよ?」
クリスがそう言って微笑むと、殿下は目を細める。
「まあ、気を抜かぬのは間違いではないだろう。そうすることで言い寄ろうとしている者が近付きがたいようだからな」
何となく苦労していることを察したのだろう。
殿下が渋い表情をするとクリスは首を傾げた。
「そうですか。声はかけられる方だと思うのですけれど」
気を張っているだけで声をかけられなくなるのなら苦労はしない
むしろ少々頭が弱いのに言い寄られることが多いから気を抜けないのだ。
「それも間違いではないが、殺気をとらえられる相手は刺激したくないと遠巻きにしているな」
「だからあのような方ばかりが寄ってくるのですね」
クリスはその見た目から周囲の庇護欲をそそる上、線が細いこともありか弱く見えるらしく、どうにも外交の席に出ると頭の良くない者にばかりよく声をかけられる。
どうやら頭のいい人ほどその牽制を正しく捉え、それをいいことに頭の悪い人間が寄ってきているという悪循環のようだ。
「珍しく辛口だが、まあその通りだな」
もっと気を抜けばまともに話せる人間もたくさん寄ってくるだろうが、それはそれでた王に困る可能性がある。
寄ってくる人数が下から増えても困るのだ。
ただ、これまでそれらの国と友好を深める結果には至っていない。
殿下の言い分では寄ってきている人間は空気が読めないということになるので、クリスの目も間違ってはいなかったということだろう。
「手紙はいいけれど話すのは難しいというところなど、よほどの利益がなければお付き合いをご遠慮したいでしょう」
「それもわからなくはないな」
美人は苦労するなと殿下が笑うと、クリスは話を戻した。
「この先の外交については戻ってから対処すれば問題ないようにしてあります。すでに最大の難関は乗り切ったと思っていますから」
「エレナ殿下たちのことだな」
「ええ」
この外交にエレナを連れてきたのには大きな意味がある。
彼の国もそれを理解して、今回、最大限の配慮をしてくれた。
実は双方の国だけではなく、今後のエレナとケインにも大きなメリットのある話だったのだ。
「危険とはかりにかけても四人で来ることにこだわったのも、公式訪問による箔付けのためだろう。何よりこちらが四人を受け入れれば、私が二人の関係を好意的に受け止めていると内外に知らしめることができるからな」
「非力なエレナが一緒なら、この国の安全がより間違いないものとして認められるのではないかとも思いましたし、何より本人が希望していましたから、ちょうどよかったと思いますけれど」
皇太子同士がそんな言葉を交わし、最後殿下はエレナに目を向けた。
「ああ。今回も無意識のエレナ殿下に助けられた形だな」
「お役に立てたのなら嬉しいわ」
訪問を形式だけで済ませることは簡単だった。
しかし今回、視察だけではなく、調理場やら訓練場など、エレナの希望を叶えて行動を起こした結果、そのような場所にひょっこりと現れ、なぜか一緒になって参加するくらい、彼らがこちらを友好的に見てくれているのだと周囲に思わせることに成功していた。
多くの他国が援助を断る中、この国が手を差し伸べてくれたのも、殿下同士がこのような仲だからこそ実現したのだと好意的にみられ、この短期間で殿下は多くの支持を増やした。
それもエレナのおかげという言葉に含まれていたが、エレナはそのことに気が付いていなかったため、素直にお礼を伝えただけにとどまったのだった。
帰りの道中も殿下達はこの一行について動く。
そのため形式的なお別れの席は設けられたけれど、話そうと思えば話せる距離に殿下達はいる形だ。
少なくとも自国の国境を越えるところは見届けるだろうから、しばらく行動は一緒になる。
これはあくまで国内、というか内部の体裁として取り繕っただけのものだった。
こうして話をしている間に出発の準備も進められている。
そして準備が終わると、声がかかり、挨拶の場を締め、いよいよ帰国の途につくこととなった。




