訓練の参加者
エレナの着替えを終え、ブレンダは持っている騎士服を着ると、クリスたちと合流した。
そして真っ先にエレナの服装に目を止めたのはクリスだった。
「エレナ、その服はどうしたの?」
明らかにこちらで用意したものではない服装であったため、クリスが尋ねた。
「これは殿下が、訓練に参加するのならそういった服がないだろうと、部屋に届けてくれたものです」
エレナより先にブレンダが微笑みながら答えるとクリスは小さく笑った。
「そうだったんだね……」
女性の服であるとはいえ、もちろんクリスはこのような服の存在は知っていた。
けれどそれをあえてエレナに伝えなかったのだ。
幸い、母親が選んだエレナと交流を持たせようとしたご令嬢の中に、活発な女性は混ざっていなかったし、女性騎士は男性同様騎士服を着用しているため、気付かれることなくここまでやりすごしてきたのだ。
だからこのような服があることをついに知られてしまったという感じで気まずそうにしていると、そこに殿下から声がかかった。
「待たせたか。おお、エレナ殿下、よく似合っているではないか。サイズもいいようで何よりだ。訓練着よりは動きにくいだろうが、そこは我慢してくれ」
殿下がエレナを褒めると、クリスがお礼を口にする。
「エレナのためにこのようなものをご用意くださってありがとうございます」
「こんなにかわいらしい訓練にも使える服を用意してくれて嬉しいわ。本当はこちらで用意した方がよかったのだけれど、今回はあくまで訪問と視察だと聞いていたから……」
食事は出てくるだろうからお米のことは聞けるだろうと踏んでいたが、訓練のことまでは考えていなかった。
それは本当だ。
こういう服があるのなら一着くらい用意できたし、野営時にテントなどで着ていても不自然ではなかったはずだ。
少し不満はあるが、それを表に出すわけにはいかない。
エレナがそんなことを思いながらもクリスを立てて言うと、殿下は笑った。
「それが一番の目的だし、こちらはおまけのようなものだからな。開催日が被ったのも偶然だ。それに服の調達くらい、たいしたことはない。一番動きたいであろうエレナ殿下だけが動きにくいのではかわいそうだと思っただけだ。クリス殿下の予定では視察と称して外に出る以外、室内で大人しくしているつもりでいたのだろう。安全に考慮してな」
殿下はクリスの意図など全てわかっていて言っているらしい。
安全であることを内外に示すために来ているのだから、出歩かないわけにはいかない。
もちろん無事に戻ることが大前提だし、ここで何かあれば逆に安全ではなかったと知らしめることになってしまうので、そうならないようこの国も全力で取り組んでいる。
それを一番安全にやり遂げる最善の方法は、滞在している間、できるだけ外に出ないことだ。
来ていることはすでに強調されている。
だから滞在後出て行く時にずっといましたと再度印象付ければいいだけだ。
目的を果たすだけならそれでもいいが、さすがに国外に出て何も見ない、学ばないというのも違うし、知っておきたいこともある。
クリスはそれを入れたら最低限でいいだろうと考えていたのだ。
クリスは妬ましげな視線を向けた後、小さくため息をつく。
「その通りですね。外出は最低限にするつもりでいましたよ」
「だから中でのイベントを用意してみたのだ」
「主にエレナ向けですけれどね」
訓練の件は自分が望んだものではないし、一番喜んでいるのはエレナだ。
連れてきた以上、楽しんでもらいたいとは思う。
だからこちらにも利のある米の件は受け入れたが、まさか訓練への参加まで打診されるとは思っていなかった。
「エレナ殿下の希望の中でも内向きなものを選んだつもりだぞ?」
クリスの言いたいことを察してか殿下は言うが、クリスの方は少々不満だ。
「それはそうですけれど、でも……」
市民が自由参加できるというのは施策としては素晴らしい。
けれどそこに自分たちが、ましてや身を守る術の薄いエレナが混ざるのはどうなのか。
地区が限定されていた炊き出しとは違うし、どんな人物がまぎれているかわからない。
訓練というから武器も扱うだろう。
こちらに危害が及ばないのか、それが不安だ。
そしてそもそも、市民の自由参加するイベントを内向きというのなら国民が参加するすべてのイベントが内向きと言えるのではないか。
殿下の言葉が方便のように思えて納得できないとクリスが暗に伝えると、殿下はふむとうなってから答えた。
「市民が混ざっている点が気になっているのか。確かに自由参加だが、そもそもこの地区に出入りを許されている時点で身元は保証されているのだぞ?農地は堀の中に置くのは難しいから外にあるし、普段は外に住んでいるが、ちゃんと中に小さい住居を持たせている者がいる。参加できるのはその者たちだな」
クリスの懸念を払拭すると、今度はブレンダが疑問を投げかけた。
「訓練は全国民に開放されているという話でしたが、それだと参加者は限られませんか?」
市民に開放しているというのはとてもいい話だと思っていたが、実際は限られた人しか受け入れない。
塀の内側で行っているというのはそういうことではないかとブレンダが問うと、殿下は肩をすくめた。
「だから場所を変えて、塀の外でも行っているのだ。外で行って認められれば、塀の中での身分を与えられる。外の人間の方が真剣にやってるが、 有象無象も混ざるからな。殿下方を混ぜるには適さないと判断した。回数は少ないが偶然にも中で行われる日に在国しているし、この距離なら私も息抜きにこうして同行できる。あらゆる面を考慮してこちらの方が安心だと思ってな」
塀の中の身元も能力も知れている者はスカウトの対象ではない。
いうなればすでにスカウトされた者である。
ここでの訓練に参加する者は、自分の腕を落とさないようにすることを目的としている者が大半で、実際に騎士たちから指導されるため、盛り上がりはするが、自分がのし上がるため牽制しあったり、もめ事が起きたりといったことはめったにないのだという。
その説明を受けれブレンダが引き下がったため、殿下は言った。
「すでに人は集まっている。とりあえず移動しようではないか」
「そうですね」
こうなったら決定事項だ。
大人しく従うしかない。
少なくともエレナは乗り気だし、ブレンダもケインも表には出していないが期待している部分があるだろう。
護衛についている騎士たちにも似たようなものが見える。
反対なのはクリスだけなのだ。
殿下だけではなく、騎士団長を筆頭にこちらの護衛もついている。
だから無用な心配かもしれない。
けれど気持ちは複雑だ。
クリスはもやもやとする気持ちを笑顔で隠して、彼らについていくのだった。




