乗馬服と訓練着
翌朝、朝食を終えて一旦部屋に戻ったエレナ達を、彼の国の侍女が尋ねてきた。
彼女はその手に服を持っている。
「まあ、そちらは?」
「殿下が、動きやすい服装をと。エレナ殿下は動きやすい服をお持ちではないだろうと、粗末なものですがご用意させていただきました」
エレナの疑問に彼女が答えている間に、ブレンダが畳まれ状態の服を受け取り、開いた。
形から騎士の服ではなく、女性が乗馬をするときなどに身に着ける服であることがわかった。
「なるほど。これは乗馬服ですね」
「ありがとうございます」
服を渡して手の空いた侍女は静かに一礼した。
「お着替えは」
手伝いは必要かと問われていることが分かったブレンダはそれを断る。
「こちらでやります」
「では、失礼いたします」
手伝い不要だと言われた侍女は、他人を着飾ることに興味がないらしく、用は終えたと、部屋を去っていった。
「せっかくの好意ですから、こちらに着替えて伺ってはいかがですか?」
調整の可能な服を選んだようだが、それでもエレナのサイズに随分と近いものだ。
とりあえず広げたものをエレナの方にかざしてみれば、当ててみるだけでとても似合いそうなことがわかる。
殿下自らが選んだものかは不明だが、非常にセンスの良いものだ。
食糧難を抱えている土地だし、戦後立ち直っている過程だから衣類なども不足しそうなものだが、近くに商人がいるのだから金をかければ手に入るということだろう。
「そうね。私はワンピースのままでもいいのだけれど、一緒にやる人が驚いてしまうわよね。普段の訓練着は持ってきてないし」
見に行くだけではなく、参加したいと思っている。
見るだけなら今の服装でも問題はないけれど、参加するなら動きやすい服が、少なくとも安心して大きく動ける服がいい。
用意された服はかわいらしいだけではなくとても動きやすそうだし、自分が普段使っているものより丈夫で上等そうだ。
エレナだけではなくブレンダもこの準備の良さには感心した。
「さすがにあのようなものを持ってこられても、ここで着ることは認められませんよ。エレナ様が言っているのは、訓練場に来る時に着ていらした侍従服のお下がりといいますか、使用人が掃除のときに汚れても問題ないようにと着ている服みたいなものですよね」
「そうよ。でもこれを見たら、動きやすい服にもこんなにかわいらしいものがあるのねって嬉しくなったわ。あちらは汚れてもいいから地面にためらいなく横になったりできるし、あれはあれでいいけれど……」
訓練場に来る時にも来ていたし花壇をいじる時にも来ていたあの服は確かに動きやすいだろう。
しかし見た目が非常にみすぼらしくなる。
最初にその姿で現れた時は驚いたが、騎士団としては頑張っているから応援したいという空気の方が強かったし、見慣れてしまったこともあり、さほど違和感がなく、今日はエレナがいるのだなとその程度の扱いになっていた。
ただ、改めて考えると、王女殿下があの姿で人前に出るなどあってはならない。
本当なら訓練場に顔を出す時でも、この程度の服を用意すべきだろう。
訓練がしやすければとあのような服を着ているエレナでも、こうしてかわいらしいものを見せられたら心が躍るらしく、服を見ながら顔をほころばせている。
「その件に関しては戻ってからお話しした方がいいでしょう。そもそも訓練自体に賛成していないから用意されなかったのだと思いますし……」
我が国にもこのような服は当然ありますよとブレンダが言うと、エレナは小さくため息をついた。
「それはそうだわ。訓練に反対されているのに訓練用の服が欲しいと言って許される可能性は低いもの。もしかしたらあのような服を着るなら訓練を止めると私が言い出すことを期待されていたのかもしれないわね。でも知っていたら自分で購入できたのにと思うわ」
こういうものがあるなら教えてくれたらよかったのにとエレナが言うと、ブレンダはそこに自分も含まれると申し訳なさそうに言った。
「あえて教えなかったのだと思います。そもそも、訓練に参加させたくなかったのですから服装を整える必要などなかったわけですし、そうしたら賛成していると捉えられかねないので……。ですが、乗馬を理由にしたら購入できるかもしれません。今回殿下に用意されたものを着ていけば、ここで知ったと理解されますし」
今まで知ることができなかったから買えると思っていなかったが、今ならこの状況を逆手にとることができるだろうとブレンダが提案すると、エレナは服からブレンダに視線を向けた。
「そうかしら?」
「訓練ではなく乗馬だけなら嗜む女性もいます。ですからこのような服があるのですよ。興味があるのなら挑戦してみてはいかがですか?」
ブレンダが説明すると、エレナは申し訳なさそうに小さくため息をついた。
「殿下もさすがにあの服で来られても困ると思ったのよね。騎士団の中に混ざるのは無理でも、市井の民を含めて貧富問わず集まるところならまぎれられたと思うのだけれど」
「いくら殿下ご本人が気にされないとしても、さすがに国賓をあのような姿で参加させたら気まずいでしょう。うちが招待した立場なら絶対にさせませんよね」
あの服で庭にいたのを殿下に見つかったことがあるのだと、それを思い出したブレンダは苦笑いを浮かべた。
「それはそうね。他の服もないのだし、これをお借りしましょう。どちらにせよ持ってきていないのだし」
もしあってもという話をているが、そもそも持っていないのだ。
着ていくことで勘繰るものが出る可能性もあるが、それは些末なことだし、着ていくことで殿下の顔が立つのは間違いない。
だから最適解はこれを着用するになる。
「お手伝いいたします。これまでの訓練着のようにお一人で着られるものですが、初めてのものでしたら、わかりにくいでしょうし」
「ええそうね。初めてだから教えてちょうだい」
ブレンダは預かった服をすべて開いて、テーブルの上に並べていく。
「問題なさそうです。広げたついでに説明しますね」
広げてテーブルに置きながら服に仕込みがないかを確認したブレンダは、この順番に身につければいいのですよと言いながら、エレナの着替えを手伝うのだった。




