仕事の対価と価値
エレナ達はそうして食べられる方法の一つをどうにか形にし、孤児院で教えたが、本来あの米はこの国のものだったことを思い出した。
あの時、殿下は全部を持ち帰りたいとも交換したいとも言わなかったのでそのままになってしまったが、少量の米がここまで膨らむのなら、もしかしたら孤児院から引き取った方がよかったのではないかと疑問を持ったのだ。
「あのお米も、もっと量が多ければそちらにお渡ししてもよかったのだけれど、あの量をもらっても中途半端だと思ったの。でもあの少量でここまで膨らむのなら、渡した方がよかったのかしら?」
食料について支援を申し出るくらい困っていたのだ。
いくら主食とはいえ少ない量を渡すのは、相手に馬鹿にされていると認識される可能性もあって控えたのだが、それは少量の米がここまでの量になることを知らなかったからだ。
今回炊くという作業をして知ったことだけれど、あそこにあったものを一度にすべて渡したら、それなりに助けになったかもしれない。
エレナが気に掛けると、殿下は首を傾げた。
「例の孤児院のか」
「ええ」
ちなみにまだ倉庫に残っている。
だから渡そうと思えば渡せる状態だ。
孤児院では使いなれない食材の上、長期間保存がきくと説明されたためほとんど使われていない。
ずっと眠らせておくことになってしまう可能性もあるので、必要なら次の手紙と共に持たせてもいいだろう。
「確かにそうだ。あればあったでありがたかったな。だが、あれは彼らが働いて得た対価なのだ。それを取り上げるのはよくないだろう」
殿下はそう言うが、エレナは互いのためになる提案が出せるという。
「もちろん、孤児院にあるものを持ち出すのなら、彼らが使えるよう小麦か何かと交換することになるわ。私たちにお金で支払ってもらって、小麦がバンを購入してそれを渡す形ね。本当はパンで渡したいのだけれど、パンだとお米と違って保存がきかなくなってしまうでしょう?一応、困ったらパンとお米の適量を交換する、物々交換ができたらいいと思って、お金ではない貯金という扱いで食糧庫に大事に保管してもらっているの」
自分が実験するために使う分を適宜小麦やパンと交換し、残りは預けたままにしている。
もちろん、この交換はエレナと孤児院独自のルールでのみ成り立っているものなので、外では通用しない。
だから院長との取引になっている。
「米も古くなれば価値は下がるのだがな」
保存は可能だ。
もちろん食べることもできる。
けれど味は明らかに落ちるし、少し工夫も必要になる。
獲れたてを好んで食べるので、古くなればなるだけ、保存しても価値は下がるのだが、それでも食料に困ればそれらを食べる。
特に戦時下は常に食糧危機と隣り合わせであったことから、収穫したコメは無駄にせず保管し、新しいものと入れ替えつつ古いものを流通させていた。
ちなみに孤児院にあったものは新しいものではなかったので、収穫されてすぐのものではないことは明白だった。
倉庫から抜かれたというより、国に納められず、収穫量を少なく報告して抜き取っていたものらしい。
だからこそ、帳簿などで確認することができず気付くのが遅れたのだ。
例の件は一応決着としたものの、まだ根深く問題を残している可能性がある。
孤児院のことでそんなことを思い出した殿下が苦い表情を浮かべたが、エレナはそれを価値の低いものを高値で引き取ることに対する苦言と捉えて言った。
「それでも引き取りの価格は均一にするわ。本当なら一括で引き取れるものを分割しているから、保管料のようなものね」
孤児院に損をさせたくないのだとエレナが真剣に言うと殿下はエレナらしいと軽く笑んだ。
「普通はお金を持つのに交換する側が保管料は請求しまい。まあ、そのあたりは孤児院に融通できる許容範囲ということだろう」
「名目は何でもいいのよ。あのお米のおかげで、国同士のつながりが強固になったのならその貢献に免じても足りないくらいでしょう?」
騎士団がこの国への護衛、野営の練習を兼ねて調理実習をするという名目で孤児院に少し贅沢な食事を与えたこと、米を買うときにこちらでは高級品だからと少し色を付けて小麦やパンと引き換えていること以外、特にお礼らしいことはしていない。
国営の施設で、教育などもほど施し、特別扱いをしているところではあるが、それとこれとは違うだろう。
それでも彼らは過度なお礼を求めてきたりはしない。
だからこのくらいはしたいのだとエレナが言うと、殿下は笑った。
「むしろ我々が礼をせねばなるまいな」
そう言うとエレナは首を横に振った。
「今回教えてもらったことで、改善できそうなところも見えたし、それは戻って調理場で研究するつもりよ」
ここで学んだことを再現できるようにするため、自分たちは孤児院の米を使う。
一度にたくさん引き取る際に、こちらで色を付けるから問題ないとエレナは言う。
「そうか。まあ、国が変われば食べ方も違う。食しているのは我が国だけではないからな。違う食べ方や味付けでうまいものができたら是非こちらにも教えてもらいたいものだ」
殿下の言葉を聞いてクリスが口をはさむ。
「こちらでは作っていないので高級品ですから、エレナの趣味の範囲になってしまいますけどね」
そもそも育てるノウハウはない。
そうなると輸入しなければならないが、輸入食材となれば結局高級品になってしまう。
調理方法を身に着けたところで、これらが民衆に広まる可能性は低い。
もしかしたら興味を持った貴族が取り入れることもあるかもしれないが、それだって最初にエレナか彼の国の人間に炊くという調理方法を教わってからになるだろう。
ただこの国は戦争を終えた。
きっと荒れ地も耕作して多くの米を作るつもりなのだろう。
そして民衆の食卓が安定し、国内の備蓄が潤沢になったら輸出に乗り出したいのだろう。
エレナが食材に興味を示したので、事前にそれを広めておいてもらえたら、いざ輸出という話が出た時に抵抗なく受け入れられると考えているに違いない。
もちろん輸出の足掛かりとして手を貸すこともやぶさかではないのだが、今ここで言質を取られることは避けたいと先にくぎを刺した形だ。
もちろんそうなるには長い年月がかかることだろう。




