米の使い道
「今回は形を作る練習ということだったが、もし米がつぶれたり失敗と呼んでいた状態になったら、雑炊にでもすればいい。形を崩しぬめりを取るために洗ってもいいし、塩むすびの状態でほぐすのも悪くない。まあ、そのくらい気軽にやってよいものだったのだが、初めてにしてここまでとはな」
殿下がエレナの手際を感心しつつ、最初にエレナに見せるために料理人がつぶして焼かれ、残っていたおにぎりを口に運ぶ。
「ぞうすい?」
ここにきて知らない料理の名前が次々と出てくるため、エレナが聞き返すと、殿下は説明に悩みながらもそれに答えた。
「あー、炊いた米にスープをかけたもの、とか言えばいいか?」
「そうでございますね。お茶漬けなら茶をかけますが」
殿下に指導をしていた調理場の一人が補足するように言うと、エレナがそれを拾って再び尋ねる。
「お茶?」
かけるのはスープではなくお茶でもいいらしい。
器に入れた状態でスープをかけた状態は、煮込んだものを見たことがあるので想像できるが、お茶だと味の想像ができない。
そもそもそれがおいしいものになるように思えないと不審に思っていると、先ほど答えた二人が察して言った。
「ああ。かけるのは紅茶ではない茶だな」
「そうですね。それと、具を乗せてお茶をかけて食べたりいたしますので、お好みの味に調整が可能です」
彼らの言う紅茶ではないお茶というものはわからないが、きっとスープと似たようなものなのだろう。
それなら別に用意された具をのせてかけて食べるというのも理解できる。
「つまりスープに入れて煮込むだけではなく、スープをかける食べ方もあるということね」
エレナが多彩な調理方法があるのだなと感心していると、殿下は苦笑いする。
「どれも食べにくくなった米を食べやすくする方法だがな。パンも硬くなったらスープに浸すだろうし、体調の悪い人間には粥として煮込んだものを出すと聞いている。こちらだと、体調不良に関係なくその食べ方を好むものがいるというだけで、似たようなものだ」
その説明にエレナは納得した。
米もパンも形は違えど基本的に主食となるものだ。
体調不良の時はお粥にするし、体調の良い時は他の食材の味を楽しみながら食すという点も共通している。
形状が違うため、特別なものという意識が先に働いてしまったが、本質は似たようなものなのだろう。
小麦だって練って焼かずに食べることはない。
米の場合、それが炊くという作業に置き換わるだけ。
そう考えれば納得できる。
「色々な食べ方があるのね。食べにくくなるということは、炊いたお米はそのまま置いておくと食べに
くくなるの?」
スープをかけるのは食べにくくなったものを食べやすくする方法だと言っていたことを思い出したエレナが尋ねると、殿下が答えた。
「そうだな。時間が経つと水分がなくなり硬くなったりする。もちろんその前に傷むこともあるぞ?だからそうなりにくい、炊く前の状態で保存する」
だから炊くことができないと食べられない。
調理にかかわらない人でもこの作業ができるのは、主食を食べるため、生きるために必要なものだからだという。
「ちなみにずっと煮込むとどうなるのかしら?炊くときに水が多いとドロドロになると聞いたけれど、あとから煮込むこともできると聞いたわ」
炊いた米ならすぐに水分を吸って味も染みるだろう。
炊いた米を知ってしまうと、自分たちが頑張って煮込んでいたのは何だったのかと思ってしまうくらいだ。
米の状態だと長く火にかけてようやく食べられる硬さになったけれど、すでに柔らかくなった米を煮込んだら、ドロドロになるだけで食べられるのか。
そんな興味からエレナは尋ねた。
「ずっと?米、いや、これをか?」
「ええ」
エレナの質問に殿下は少し考えてから、面白い答えが浮かんだと口角を上げた。
「ずっと煮込むか。米だけでやればそれは、簡単な接着剤になる気もするが……」
「え?」
スープのように味がしみこむことを想定した質問だったが、帰ってきたのは意外な言葉だった。
思わず出た言葉に殿下は大きく笑う。
「イモもずっと煮込むと白いものが出てきてそれがドロドロになって、その液体が冷えて水分が抜けたら固まるだろう?それとほぼ同じものができる。イモは水が白くなっても大きいから形が残るだろうが、米は溶けたように全体がそうなるな。ああ、こいつもちょっと紙を止めるくらいならつぶせば同じように使えるぞ?これを紙につけてつぶせばくっつくからな」
これという説明のところで焼きおにぎりの内側の焼けていない米を一粒取って見せる。
米は食べる以外にも使えるらしい。
便利な使い道があることはわかったが、それは食べてもいいものなのだろうかとエレナはまた考える。
とりあえずおにぎりの形になるものなら、食べても問題ない。
昨晩の食事も、今食べたものでも特に体調に異常は感じられないので、体に入れても大丈夫だろう。
そしてケインが食べたという煮込んだものも、騎士たちの健康に不安をきたすものではなかったから問題ない。
でも煮込みすぎたらそれは急に毒になるのかもしれない。
「じゃあ、煮込みすぎてはいけないわね。口の中に接着剤を入れることになってしまっては大変だわ」
大真面目にエレナが言うと、調理場の皆と殿下が顔を見合わせる。
そして一人が口を開いた。
「そこまで煮詰める方が大変かと思います。あと、水分を増やしていけば、どろどろのスープです。体のどこかが接着されたという話は聞きません……」
煮込みすぎたものを食べても体に悪いわけではないらしい。
ここぞとばかりにエレナは次の質問を投げる。
「あと、スープをかけて置いておくと膨張するみたいなのだけれど……」
置いておいたら煮込んだのと同じ状態になるのかとエレナが尋ねると、彼らは首を世の子振った。
「そうですね……。膨張はしますが、煮込むように水分を飛ばすわけではなく、水分を吸うだけですから食べる直前にお茶……、いえ、スープをかけるといいですよ。膨らませたものにスープをかけて軽く混ぜて食べると、膨らんでいる分、お腹にたまりますからね。一人あたりの量も多く見えますし、満足度が高くなります。硬さは好みもありますが、それは食べる側が置く時間で調整することもできます」
そんなに難しいものではないし、分量や盛り付けが細かく決まったものではない。
彼らの説明をエレナは楽しそうに聞いては質問を続ける。
「膨張させてからさらにスープをかければ、その分、量を多く見せる事ができるということね」
「そうですね。水分を吸った分、やわらかく消化も良くなりますが、満足感は得られます」
騎士たちの中に、戦地で食べたスープがおなかにたまるけれど、体への負担が少なかったと言っている者がいた。
少ない食料の中でやりくりが必要になったため、彼らは工夫し、こちらの騎士たちにも提供してくれていたのだろう。
「ありがとう。とても勉強になったわ」
こちらでもそういう食事を考えた方がいいのかもしれない。
エレナは新たな課題を得たとやる気を出して目を輝かせるのだった。




