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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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小さなスラム

殿下の見立てを聞い終えたところで、エレナが口を開く。


「それは分からないわ。だけど子供は大人が思うより順応力が高いように思うの。年齢によるのではないかしら?でもそれなりの人数がいるのなら、最初から特定の地区の人間だけを別に保護してもいいと思うわ。同じ考えの人たちだけまとめて受け入れるのよ。そもそも大人数の生活を少ない大人で見るのは大変だもの」


子供たちは大人が思うより柔軟だ。

勉強だって大人の方ができるようになるのが早いと考えていたが、覚えるのが早いのも工夫をしていたのも小さい子供の方が多かった。

もちろん大人は仕事をこなしている量が多いし、勉強に割ける時間が子供の方が多いというのもあるだろうが、それだけではないだろうとエレナは見ていた。

エレナが通い始めてからも、孤児院には何人かの新しい子供が増えたし、卒院を迎えて出て行った子もいる。

本当なら途中から勉強を始めた新しい子供に遅れが出ても不思議ではないが、孤児院でそれは起こらなかった。

それは子供たちが新しい子を受け入れ、彼らに自分たちのやったことを共有してくれていたからだ。

すぐに仲良くなれたわけではないようだし、うまくいかない子というのはいるようだが、共同生活の中で彼らは彼らなりの距離の取り方というものを覚えていくようで、エレナが行って子供たちが大きな喧嘩をすることはなかった。

だから子供だけなら、すぐにその環境を受け入れるようになるのではないかと考えたのだ。

いっそいくつかの地区の人間をまとめて、まとめた地区に孤児院を作ってみてはとエレナが提案すると、殿下は難しいという。


「理屈はそうなのだが、そもそもここにいる大半の子に親がいるからな。強制的に引き離すわけにはいくまい。何より、移動はできても合流した地区の人間同士がうまくやれるとは限らぬ。そこでいらぬトラブルを招く可能性もある。それならば点在しようともその場でしていてもらった方が国としては助かるのだ」


地区を大きくして孤児を集めようとすれば、そこに本来の親が付いてくる。

孤児院の方がいい暮らしができるし、自分たちの負担も減るだろうから子供を預けようとする親もいるだろうが、孤児院は育児施設ではない。

あくまで戦争で親を失った子供が独り立ちできるようにするための施設だと殿下が言うと、エレナは肩を落とした。


「それはそうね。それに人を集めて新しい孤児院を作ったとしても、その地区の大人全員を運営の人員として採用するわけにもいかないし、既存の孤児院と分けることになっても問題があるのだものね」


子供たちが大変そうだから何とかしたいと思ったが、確かに孤児院の本来の目的とは異なるし、それらを受け入れるようになったら、育児が面倒だという理由で子供を預けようとする人も増えてしまうだろう。

孤児院に入ることが不名誉な扱いとなる国では思い至らないことだ。

エレナが肩を落とすと、殿下も国の事情や情勢が異なるのだから仕方がないと笑った。


「何より、国内の孤児院も状況がよいとは言えぬ。まず余裕がないからな。今は一人でも多く生かすので精一杯なのが現状だ。だが、そこから進みたいとそう考えている」


生かすので精一杯から自立へ向けた支援は必要だ。

ただし贔屓するわけにはいかないので、本人たちの努力を有するものがいい。

そんな先を考えていたところに、エレナが孤児院で文字を教えているという話を耳にした。

教えてそれを身に着ける努力をする者としない者、力をつけるのに努力をした者が騎士として登用されたように、力はなくとも知力を身につけた者に新しい道を開くことができれば、すべての人間を自立させ、孤児院を、保護するものを減らすことができ、国はより有能な人材を得ることができる。

戦争がなくなった以上、これからは文官的な能力を多く必要とする場面が増えるだろう。

孤児院がすべて国営なら、そこで有能な人材を引き上げることも容易だ。


「そこでエレナですか」


これまで黙って話を聞いていたクリスが納得したように言うと、殿下がうなずいた。


「ああ。偏見なく現場に身を置くことのできる者は少ない。さらに目の付け所が他のものとは違うのだから、打開策を求めるのにこれほど適した人材はいないだろう」

「そうですね」


殿下の言葉に口元だけで笑うが、目が笑っていない。

そんなクリスの反応から言いたいことを察した殿下は、それを軽く鼻で笑った。


「わかっている。安心してくれ。協力は依頼するが、それだけだ」

「それならよろしいのですけれど」


クリスが頬に手を当てて小首をかしげると、周囲からはため息が漏れているが席についているものは周囲の反応にも慣れているのか、クリスの仕草に影響を受けることなく話を済める。



「今回、孤児院の視察はできるのかしら?」


エレナが尋ねると殿下は首を横に振った。


「残念だがそれは入れていないな」

「そうなの?」


てっきり自分が同行したのは孤児院改善のためだと思っていたエレナは肩透かしだと驚く、

そのために色々対策をしたり考えをまとめたつもりだったが、今回その出番はないらしい。


「エレナ、今回の訪問は短期滞在だから難しいよ。私たちの役目はここに自分たちが来たことを周囲に知らしめることが目的なんだから」


そう諫めたクリスに殿下が便乗する。


「何より孤児院が客人を受け入れられる状態ではないな。危険を伴う可能性がある」


これまで命の危険を感じていた子供たちを保護しているが、彼らは常に身の危険と隣り合わせにいたため警戒心が強い。

その上、何かあれば狂暴化することもある。

今は騎士たちが対応していて、相手も子供だからそれで済んでいるが、そんなところに連れて行けばエレナやクリスに危害が及ぶかもしれない。

命懸けで向かってくる相手は何をしでかすかわからない。

そしてもう大丈夫だと言ったところで、それをすぐに信用できる環境に子供たちはいなかったのだ。

エレナが訪問している孤児院のような穏やかなものを想定して話しているのなら、とんでもない話だ。

まだまだ孤児院は小さなスラムのような、子供の狂暴性の高い場所である。


「そうなのね。見た方がお手伝いできることもあるように思ったのだけれど、公務だもの。目的を果たすことが最優先なのは当然のことだね」


殿下の言葉よりクリスの言葉を受けてあっさりと引き下がったエレナに、殿下は意外だと目を細めた。


「ずいぶんあっさりと引き下がるのだな」

「それが私の務めだから」

「そうか」


殿下が不思議なものをの見るようにエレナの様子を伺うと、クリスが微笑みながら言う。


「エレナがこういうところでごねることはありませんよ」

「聞き分けと物分かりがよいということか。なるほどな」


とても中庭で棒を振り回していた王女様とは思えない。

あれもきっと禁止されていたはずだ。

そうなると、中では自由、外では不自由という生活を送っていたのかもしれない。

わきまえていると言えば聞こえはいいが、それで片付けていいものではないように見える。

戦争がなく平和な国内と思われているけれど、政治的には色々ありそうだなと、殿下は目を細めて彼らを見るのだった。

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