彼の国と炊き出し
地区そのものが広い場所ではないので見学はすぐに終わった。
そしてまだまだ炊き出しの準備を続けている騎士たちを少し離れた場所から見ながらエレナはつぶやく。
「本当はあそこに私も混ざりたいのだけれど、さすがに見学の方がいいわよね」
その言葉を最初に拾ったのは殿下だった。
「こちらはどちらでも構わぬが」
必要なところに必要な分量が調達されるのであれば、それを行うのは誰でもいい。
それで失敗して材料が無駄になるのであれば控えてほしいところだが、特技と称するくらいだからそのようなミスはしないだろう。
実際、本人が作ったというお菓子は美味だったと殿下は出会った当初のことを思い出す。
自分も護衛騎士もたくさんいるのだから、エレナが加わっても問題ないのではないかと判断して答えてのだが、エレナは肩をすくめた。
「でもそれだと皆の練習にならないでしょう?」
エレナが残念そうに言うと殿下が笑う。
「エレナ殿下は腕に自信があると見えるな」
「エレナは孤児院で勉強を教えるだけではなく、孤児院にある材料で昼食の調理もしてきているのですよ」
エレナの代わりにクリスが答えると、殿下は小さくうなった。
「ほう。手練れというわけだな。ああ、米の件で忘れていたが、見学の時も腕を振るっていたか」
孤児院で高級品と呼ばれる米があったことから相手をやり込めたのだったなと流れを辿っていけば、その前にエレナが何をしていたのか思い出された。
「彼らの最初の実習は、エレナが指導しながら孤児院でお手伝いというところから始めたのですよ」
エレナだけではなく孤児院の女性たちの手を借りて、騎士たちは一緒に調理の経験をした。
同じ材料でも調理方法で味が変わることをしっかりと体験した彼らは、研鑽を積みたいと願い出てきたのだが、彼らが師と仰ぐのはエレナである。
師匠自らが出てきたら士気は上がるが頼りっきりになってしまう可能性が高い。
情感となったエレナに指示を仰ぎに来るのは間違いないだろう。
「彼らからすればエレナは上官にあたりますし、エレナがやってしまうと、すべてできてしまうこともあって一人で回してしまう可能性があるので」
エレナの調理技術は料理長の折り紙付きだ。
下手をすれば調理場すら回せてしまう可能性もあるのだが、そこには言及しない。
けれど充分殿下には伝わったようだ。
「なるほどな。ところでエレナ殿下は米の調理法に興味があるのではなかったか?この提案はありがたかったが、こちらの炊き出しを見なくてよかったのか?」
戦場で騎士団が作って食べていたものに近いものを炊き出しでは提供している。
それだって米料理を学べる機会となったはずだが、エレナは首を横に振った。
「ええ。炊き出しではお米を煮込んでスープのようにしたものを出すのでしょう?気になっていたのは、前に伺った、炊くという調理法で作ったお米だし、時間や分量に制約のある炊き出しの時に調理方法の説明をしてもらうわけにはいかないわ」
エレナの中でおかゆはスープのようなものという認識だ。
彼の国ではそんな認識をしていないが、確かに大きな鍋で煮込むものをスープとくくるのなら、そういう考え方もある。
作り方はともかく食べるだけでいいのなら、朝食にでも出せばいいだろう。
普通に炊いた白飯がいいと言ってもらえるのは、それを主食としているこちらとしてもありがたい申し出だ。
「そうだったな。それ今晩にでも我が王城に着いたら振舞わせてもらおう。調理方法の共有も戻ってからお見せしようようではないか」
「楽しみだわ」
エレナはそう答えると、再び視線を炊き出しの方に戻した。
そしてそれを待つ市民の方にも目を向ける。
視察に来ているのだからじっとしているのが当然ということを理解しているから黙っているが、その表情からは自分も何かしたいと考えていることがうかがえた。
そこで殿下は提案した。
「ああ、余計なことかもしれぬが、調理の邪魔をしなければいいのなら、殿下はできたスープを器によそって渡すのを担当すればいいのではないか?それならば調理にはかかわらぬだろう」
そう口にするとエレナはすぐに飛びついた。
「それがいいわ。お兄様もいいかしら?」
「そうだね。私も一緒にやってみようかな」
嬉しそうなエレナに対して、クリスは小さくため息をつきながら同意した。
エレナがやるのに自分がやらないというわけにはいかないだろうとの判断だろう。
クリスがあまり乗り気ではないことが理解できた連れの二人は顔を見合わせて、それとなく自分の担当となるパートナーの側に寄った。
食事を作るのは騎士たちに任せ、完成した鍋が置かれたところでエレナとクリスは配膳に回ることになった。
何もしていないのは性に合わなかったからだ。
そうなるとエレナだけにさせられないと、クリスも隣に並んで同じようにできたものを器に移す役割を担う。
嬉々として注いでいくエレナに対しクリスはにこやかだけれど、こぼさぬよう慎重に入れていくのが見えた。
慎重なクリスと大胆なエレナという二人の性格が垣間見えるようだ。
「本当にやるのか。何もそなたらがやることではなかろうに」
少し離れた場所から様子を見ていた殿下は面白いと途中で二人の間から市民に姿を見せると、子供が彼を指さして嬉しそうに叫ぶ。
「あ、殿下だ!」
その言葉にこれまで鍋の食べ物にしか意識を向けていなかった大人たちが顔を上げて立ち止まった。
その視線を受けて殿下はこれ幸いと声を張る。
「おう。受け取りながら聞いてくれ、こちらの二人が昨今の戦の食料難の際、自国から食料を提供すると申し出てくれた国の殿下達だ。この食料もいつもと味は違うだろうが、彼らが持ち込んでくれたものだぞ。彼らがいなければここへの配給は難しかった。感謝して食べるといい」
そう言って殿下は両手を広げてクリスとエレナに感謝しろと大々的に宣伝する。
国内が戦争で食料難になってもここへの配給ができたのが二人のおかげと言われたら、歓迎しないわけがない。
「おー!」
殿下の一声で一時的に活気が戻る。
そうなると、受け取る方もしっかりと配っている人物を見るようになった。
それに伴って感謝の言葉を述べる人も一気に増える。
受け取る側の意識が変わればここまで態度が変わるのかと、護衛についている二人は感じたが、これも殿下の策略なのだろう。
エレナ達は殿下の求心力に利用されることになったが、それは想定の範囲内だ。
クリスもエレナも殿下を一瞥しただけですぐ配膳に戻るのだった。




