攻撃は最大の防御
街に入ると聞いて一同少し緊張したけれど、入ってしまえばすぐにそれは杞憂に終わった。
先日国内で行ったクリスの皇太子即位のパレードに勝るとも劣らない人の山に声援が馬車に降り注ぐ。
馬車の中にいてもその声が届くのだから、これらを外で浴びている騎士たちの方が気持ちがよいのではないかと思えるほどだ。
時々国民に向けて殿下が何か声をかけているようだが、その声が上がるたびに声援が大きくなる。
きっと殿下が馬車の中の自分たちが、食糧支援をしてくれた本人だとでも説明しているのだろう。
外の状況が完全に把握できているわけではないし、この声援が本当に自分たちに向いているのかはわからない。
けれどここは役割として、街の時と同じように外に向けて笑顔を振りまくべきだとクリスが言うので皆がそれに従った。
見た限り、城に続く道はそんなに長くないが、人々の間を抜けるためスピードを落としている。
民衆は主に殿下を拝みに来た人と、国外からの客人を一目見ようと集まった人がいるようで、馬車に手を振る人は多いけれど、完成は少ない。
どう呼びかけるべきかわからないからだろう。
そのため完成は主に殿下に向けたものになっていた。
そうしてゆっくりとはいえ、街の外壁から城門の前まで進んだところで、一度馬車は停止した。
そこには高くそびえる壁と、鉄格子が卸されたような大きな門がある。
街を囲んでいるものと似ていて、それより塀は高く、入口は狭いようだが、近くで見るとどちらも圧巻で、どちらがどうと比較しても仕方がないと、馬車の中から四人はそれらを見上げていた。
「パレードだけれど、殿下に対する声援が一番大きかったわね」
圧巻の城門を見ている間にも後ろから聞こえる声援を耳にしたエレナがそう言うと、クリスは口元に手を当ててクスクス笑った。
「そうだね。殿下はこの国の英雄だから、こうなることは予測できたけどね」
この国において殿下は英雄。
ある意味、場内にいて最上位にいる陛下より、表で活躍することが多いため、民衆の人気は高いと言われている。
この声援を聞けば、それが噂だけではないことがわかる。
「殿下がご一緒だからこそ、我々はより安全にこの道を通行できているのだと思いますよ」
ブレンダがそう言うとエレナはうなずいた。
「私たちは人気の英雄を盾にして安全な移動をしてきたのね」
殿下が強いというのもあるが、馬車に攻撃をすることは同行している殿下に牙をむくのと同義であることから、より安全に移動できたというのは間違いないだろう。
けれど守りという言葉に三人は違和感を覚えたようで少し首を傾げた。
「どうかな。殿下自身というより、英雄の人気を盾にしたという方が正しいかもしれないよ。殿下は守りの盾というより、攻撃の剣といった感じだから」
殺られる前に殺る。
危害を加えるものには容赦しない。
殿下は結構非常な部分がある。
当然守りに徹してという場面にいることは少なく、先手必勝と言わんばかりに切り込んでいくことが多い。
そんなスタイルを知っているだけに、より守りという表現がしっくりこないのだ。
「そうですね。私の印象でも守りに徹する方には見えません。攻撃は最大の防御になるとも言いますが、この場合には当てはまりませんので、印象と現実は違って、やはり今回は攻撃もなく盾になったように思います」
誰かが危害を加えてきたわけではないから攻撃が必要なかったのだと言われたらそれまでだろうが、彼も国民に危害を加えることを好ましいと思うような人間ではない。
より安全に客人である自分たちを招くために攻撃を受けないよう盾になる目的で動いているというのが正解だろう。
ようやく口を開いたケインの言葉にブレンダも笑いながら同意する。
「英雄であり、国内最強の殿下をわざわざ狙って攻撃してくるなんてことはないでしょうからね」
最後の肩をすくめたブレンダの言葉に、クリスは小さくため息交じりに答える。
「誤って攻撃しようものなら、返り討ちが確定するだけでしょう」
「ああ、そういえばそんな話もありましたね。うちの騎士が間違えて攻撃しても同じことになると」
「そうだね。随分前に感じるけど、その話もつい先日のことだったね」
ここ数日が濃密すぎてかなり前のことに感じられるが、この話を殿下としたのはほんの数日前のことだ。
自分たちを不審者と間違えて自分たちを攻撃しないようにと、そうなったら、反撃するしかなくなると言われた場面を思い出す。
そんな話をしていると、殿下がやはり騎乗したまま馬車に近づいてきた。
「待たせたな。中に入るが問題ないか?」
「ええ、特に問題はありません」
クリスと殿下がそうして話をまとめたところで、エレナが言った。
「外壁も素晴らしいと思ったけれど、堅牢というのはこういうものをいうのね。とても立派なお城だわ」
「これはもう、砦というべきものでしょう。備えも万全に見えます」
いよいよ中に入ると言われて楽しみだと期待感をあらわにするエレナに続くようにブレンダも別の角度から褒める。
女性二人の言葉に殿下は好意的に受け止めてくれてありがたいと笑った。
「そうだな。丈夫ではあるぞ。豪奢でも優美でもないところだがな」
あくまで戦争で国が落とされないように工夫されただけのものだ。
つまりブレンダの言った砦というのがふさわしい作りになっている。
もしこの国が落ちることになるとしたら、ここが最終決戦の地となるので、それに不要とされるものは基本的に排除されている。
立派であることは間違いないが、非常にシンプルで飾り気がない構造だ。
「そういったものは見慣れてしまっているから他国に来てまで同じである必要はないわ。むしろこういう違ったものを見られたことが嬉しいくらいよ」
違う国に来てまで国内にあるものを見る必要はないとエレナが言うと、逆に殿下は微妙な表情になった。
「そうか。中も最低限しか用意はできていないが、その点はクリス殿下の了承を得ている。こちらから声をかけておいて、そちらのもてなしのようにはいかぬのが歯がゆいが、まだ戦後処理も残っていてな……」
建物や文化、食べ物が違うという変化については問題ないだろうが、不足が多いというのはあまり良いこととは捉えられないだろう。
この国の状況については散々説明してきたし、特に食糧難の件については、彼らの方が一般国民より理解していると言ってもいいくらいだから、文句は言われないだろう。
けれどできることならば自国の評価を下げたくないとも思っている。
だから万全ではないことに対し、殿下が申し訳なさそうにしていると、エレナは笑ってそれに答えた。
「不自由があっても大きな問題はないわ。野営できる彼らがいるもの」
エレナが外の騎士たちを指して言うと、殿下は一度そちらに視線を移し、見まわしてから口角を上げた。
「エレナ殿下は頼もしいな。他国の姫ではこうはいかぬだろう」
殿下の言葉にエレナはうなずく。
「そうね、姫と呼ばれる方にあまり親しい方はいないけれど、うちの貴族令線たちと考え方に大差はないように思えたから、きっとそうでしょうね」
もともと何度か組まれたお茶会でも話の合わなかった貴族令嬢たちなら、きっと多くの文句が出たことだろう。
けれどあまり表立った活動をしておらず、貴族との付き合いより孤児院での活動の方が多いエレナからすれば、安全な場内の庭で野営をするのと、孤児院の野外調理と、何も変わらない。
平原より安全が確保されているというのなら、例えテントで寝ることになろうとも、今度は熟睡できると思う。
それがこの国で役に立つのならそれは良かったとエレナが言うと、殿下は笑い、他の三人は小さくため息をつくのだった。




