度量の差
それにしても大国のトップの観察眼とは恐ろしいものだ。
明らかに二人を近くで見ている期間は自分より短いはずなのに、それを見抜く観察力があるということらしい。
そもそも周囲は彼らについて深く語ったりしない。
むしろ触れてはいけないものとして扱われている。
だから空気を読んでそれに倣っているのだが、堂々と口に出されてしまえば、ごまかすことが難しい。
殿下にはそれを許さないだけのオーラがある。
さらに自分の中でも消化不良でくすぶっていたものだからなおさらだ。
オーラに当てられたのか、親しい相手というわけでもないのに、絶対的に信頼して問題なさそうだと、こうして対面しているだけで思わせるものを持っている。
何より、自分と同じ感覚を持っている相手だ。
この件に関してだけは相談する相手を見つけることができず、時折頭を悩ませることもあった。
その影響もあって、いっそここで吐き出して、相談したいという衝動に駆られるから不思議だ。
「……殿下から見てもそうなのですね」
彼がため息交じりにそうつぶやくと、殿下はそれを正しく拾う。
そして口角を上げた。
「そなたも思うところがあるのか?」
「実はその点は少し気になっていたのです。特にケインの……、エレナ様に対しての反応があまりにも反応が過剰に見えるので」
そこまで言ったところで殿下の表情が険しくなる。
「それを私に話すのか」
殿下の問いに彼は首を横に振ってから答えた。
「かねてよりこの件に関しては第三者の視点から意見が欲しいと思っておりました。お二人も周囲も巧妙に隠して生活しておりますし、それをおいそれと口にできる相手もおりません。ですが殿下は、そこに気が付いてこうして私に尋ねていらっしゃいました。ですからそれに答えたまでです」
「ほう」
殿下が自分と似た感想持ったと口にしなければ、少なくともこちらから先の言葉を発することはなかった。
そして殿下の反応からも、やはりそれを口にしなかったことは正解なのだと判断した。
殿下がどこまでこの件に関して知っているかはわからないけれど、おそらく知らないのだろう。
だから知っていそうな自分に声をかけたのだと彼は考えている。
そして図らずも、殿下には自分の中にある違和感と同じものが見えていた。
だから先ほどの言葉は、口が滑ったわけではなく、殿下の意見に別の言葉で同意を示しただけだ。
もしかしたら自分にくすぶっているものを解消する手がかりが得られるかもしれないので少し気を持たせるような言い方をしたが、それによって殿下の中の自分に対する評価が下がったこともわかった。
別に仕えている相手は彼ではないのでそれは問題ない。
優先すべき相手はエレナなので、エレナの信用を損なわなければ構わない。
何より親友のプライベートについて詳細を話すつもりなどはなからなかった。
「私としては先ほどの会話ですでに、必要な意見を得られましたので、もう充分です」
貯まっていたものを少し吐き出せたこと、何よりこの違和感を持っているのが自分だけではなかったこと、それがわかっただけで随分と気持ちが楽になった。
貯まったものを吐き出して余裕ができた分、まだ耐えられそうだ。
「話を聞けると思ったが、肩透かしか。少々うまく使われたか、こちらの考えを読まれた感があるな」
彼の反応に面白いものを見たと口角を上げる殿下に、彼は肩をすくめる。
「残念ながら本当に私にはわかりかねるのです。おそらく関係者だけの知る何かがあるのだと思いますが、そこに私は含まれていないもので」
関係者の周辺にいながらそのことだけは知らされていない。
本当のところ誰が知っているのかさえわからない。
興味本位で踏み込んでいいことではないかもしれないが、すでに片足を踏み入れたも同然の立場としては複雑なところだ。
しかしそれを言ったところで情報が入るわけではない。
知らぬ者同士が話してもそれは想像の域を出ないからだ。
殿下も彼が本当に知らされていないことを理解したのか、それ以上深く追及はしなかった。
「そうか。まあ、この話は興味本位のものだ、気にする必要はない」
「ありがとうございます」
彼は一礼すると、姿勢を戻し、黙って殿下をじっと見る。
「なんだ」
何か用でもあるのかと殿下が尋ねると彼は正面から殿下を見たままそれに答えた。
「いえ、殿下は威圧の強い方なので、ここまで気さくに話をしてくださるとは思っておりませんでした。まさかこのように雑談ができるとも」
彼はケインのように戦場に赴くことはしなかった。
その間エレナの護衛任務を中心とし、エレナ達がクリスの執務室に身を寄せるようにしていたため、そこで情報を得ていただけなので、ケインよりはるかに殿下との関わりは小さい。
それなのに殿下は自分をエレナの護衛だと記憶していた。
孤児院に同行したりと接点がないわけではないが、噂が先行していたこともあり、殿下の存在そのものが恐ろしいものに違いないと思っていた。
しかし実際にこうして対峙してみれば、為政者の圧は強い者の、非常に人間味があり、周囲に目を届かせることのできる御仁だった。
殿下についていこうと心に決める彼の国の民衆の気持ちもわかった。
クリスもエレナも為政者としての重みを持っているが、この殿下は別格に見える。
思わず観察するように見てしまったことを申し訳なく思いながらとりあえず正直に述べると、殿下は口角を上げた。
「甘く見られぬようにはしているが、敵意のないものを取って食ったり、攻撃したことはないぞ。伝説の人を喰う鬼ではないのだからな。だがその噂を聞いた相手が勝手に畏怖してくれる分には、こちらも楽ができると放置している。まあ、噂というのは面白いものだ」
「自身の悪評を楽しんでおられるということですか」
貴族、特に為政者ならば悪評を消すのに躍起になるのが普通だ。
クリスやエレナは少し違うようだが、自国を含め基本的にそのような考えで動いているところが大半だ。
だからこそ腹芸なるものが必要となる。
彼も頭がよく取引に長けている人物なので、悪評を消すことなど造作もないことのはずだ。
最初は消せないほどに早さで広がったか、本当にそういう人物なのかと思っていたが、話を聞けば、気になるものではないからと放置されただけらしい。
この話を聞いただけで気にする側の器の小ささを思い知らされる。
そして改めて大国を束ねる長の懐の広さの一部を見せられた気がした。




