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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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今と先の未来

「そうだとしたら悪いことをしてしまったわね」


暗い倉庫の中に立てこもり、ケインを中に入れた話をしたところまでは覚えている。

そしてその次の記憶は、助けられてしまった自分がベッドにいたこと、生かされたことに大きく失望したことだ。

だからその間に何があったのかはわからない。

ただケインはきっと、エレナが目の前で死にかけたのだからトラウマになったのだろう。

自分だけでいればケインにこのようなトラウマを与えることなく人生を終えられていたかもしれないのに、土壇場でケインに甘えてしまった。

それを植え付けたのは、あの時、ケインを中に招き入れてしまった自分の弱さが原因だ。

年を重ねた今ならそれが理解できる。

ケインが表に出すことがなかったから気に留めることはしなかったけれど、改めて考えると、エレナはケインに対してずいぶんなことをしてしまったのだと改めて反省する。


「いえ。そんなことはありません。あの件があって、今と先の未来があるので。これから先、一緒にいられるという明るい未来が」


ケインはあの時、扉を開けることをためらった。

あの時エレナに伝えた気持ちは本物だ。

でもその時の葛藤が、どんなことがあってもエレナを守るのだという決意につながったし、今後同じようなことがあってもひるまないと、その迷いをすべて取り払うきっかけになった。

エレナの騎士になる、それが幼いころからの目標ではあったが、守る内容を具体的に意識することになったのもあの件があったからこそだ。

そして明確な目標と努力の甲斐があって今がある。

苦しいこともあったけれど、それが本当に求めているものを得るために必要なことだったと納得できる。


「なんだか実感がわかないけれど、そうなのよね」

「はい。そう口にしてる自分も、そこまで実感があるわけではないのですが」


努力をしている時はがむしゃらだった。

少しでも早く、エレナの側に立つポジションを獲得することだけしか頭になく、目の前のことをこなすのが精一杯で将来までは考えられていなかった。

ケインはそれ以上のものを手にするという大きな結果を残したが、まだその実感が薄い。

それは人生を諦めて生きてきたエレナも同じだ。

エレナに関しては能動的に動いていた部分が少ないので、ケインより実感がない。


「婚約発表が終わって準備を進めているとはいえ、結婚するのはお兄様たちが先だもの。それに、自分で準備をしていないからなおさらね」


この幸せはケインの努力の結晶であって、自分の力ではない。

そして決定後、婚約発表の際も、この先の結婚に関しても、自分が準備に加わっていない。

血痕の準備に向けて忙しくなるからと孤児院のことを先生に任せたのに、気が付けば自分は違うことに時間を使っている。

公務なのでこちらが優先されるのは構わないが、その状況で実感を持てと言われても難しい。


「私も騎士業にかまけて、両親にお任せになってますから似たようなものですよ」


エレナの言葉に、ケインも実家に帰らず騎士団の寮での生活を続けているので、大きな変化はないと小さく笑った。


「確かに、これまでと変わったことはないものね。でも急に環境が代わったり、よそよそしくなったりするようなことがあったら、そこに気持ちが付いていかなかったと思うの。未来がよい方に決まっているのなら焦ることではないわ。もともと叶わぬ夢だったものが叶うことになっただけでも、私の中では充分幸せが約束されたようなものだもの」


エレナが言うと、ケインはじっとエレナを見て言った。


「それは私も同じですが、だからこそ早く叶えて、一秒でも長く、幸せである時間を延ばしたいとも、これまでの分を取り戻したいとも思います。少し欲張りかもしれませんが、先の戦場を見て、この国においても戦争は絶対に無関係とはいえないのだと身を持って感じましたから」


殿下がなぜエレナに素直に感情をぶつけていたのか。

あの戦場を見て理解した。

あれよりひどい前線に立つことが常であるのなら、悠長に未来が来るなどと考えるのはおかしい。

普段から目をそらしていることだが、人間は、生き物はいつ死ぬかわからない。

彼らはそれを肌で感じる環境にいるからこそ、気持ちを伝えることを躊躇わないのだ。

次など来ないかもしれないのだから、その場その時のことを後悔しないように。

だからケインは改めて一番の願いを口にする。


「でも私は、エレナ様が生きていてくれたら、それだけで十分です。その気持ちは今も変わりません」


ケインの言葉の重みを感じたエレナは、しっかりとケインを見てうなずいた。


「今の私は、ケインと共に歩む未来がなければ幸せにはなれないと思っているわ。でもそれが叶うのだもの。もうあのようなことにはならないわ」

「はい」


あの時も今も変わらないのはエレナが大切な女性であることだ。

むしろその気持ちはどんどんと大きくなっている。

二度とあのような思いはしたくないし、失うことはしない。

隣にエレナの体温を感じながら、ケインはじっと横目にエレナを見るのだった。



会話が途切れても、その場から動く気にはなれない。

二人で黙って座っているうちに、エレナの瞼が落ちていく。

それに気が付いたケインが、エレナが倒れないようそっと自分の方に寄りかからせた。

そして空いている手でエレナの頭をなでる。

しばらくそうしていると、布の向こうに人の気配を感じた。

向こうも気づかれていることを察しているらしいが、ここで動ける人間は限られている。

警戒しながらも、黙って相手の様子をうかがっていると、静かに入ってきたのはブレンダだった。


「あの、これは……」


少し気まずげにケインが言うと、すぐにブレンダは人差し指を口に当てて何も言わなくていいと示した。

そして、黙って二人に近づくと、二人を一緒にくるむように背中から布をかける。


「別にとがめたりはしない。それよりケインも寝るべきだ。外に見張りもいるから休んだ方がいい」

「ありがとうございます」


二人の会話にあった、あのようなこと、ここにきっと大きな秘密がある。

しかしブレンダはまだそれが何か知らされていない。

盗み聞きする形になってしまったが、ケインもエレナもきっと、人に聞かれる可能性を考慮していたのだろう。

だから革新的な言葉を使わなかったに違いない。

意識をしないで行ったことなら、そうすることが染みつくくらいの重大な事柄ということだろう。

そしてテントのこの空間の布をはさんで割と近く、外にも人の気配があるので、おそらくそこにいる人間の耳にも二人の会話が届いていた可能性がある。

外の人間はどう考えたのか。

それも気になるところだが、ブレンダはテントの布に映る人影の方に少し視線を送っただけで、ケインにおやすみと伝えて出て行った。

ケインはブレンダが出た後、その視線の先を見て、少なくともひとりは問題ない相手だろうと察すると、エレナの肩を抱いて自分も目を閉じたのだった。

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