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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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天幕の内

翌日以降の話を終え、殿下が引き上げたため、就寝とすることになった。

明日も移動が続く。

寝心地は良くないが早めに休んだ方がいいということで、それぞれが布で仕切られた各々の場所に向かう。

そこも先ほどまで座っていた場所同様、布が敷かれているが、さらにその上に、平たいクッションのようなものを敷いてあり、そこで寝ることになっている。

仕切りとして使われている布の奥にすでにそれらは用意されていたため、いつでも寝られる状態だ。


「おやすみなさい」


そう言って四人は仕切りの向こうに姿を隠した。



初めての経験だが、エレナも使い方だけは知っているため、さっそく体を横たえた。

クッションのおかげか、想像していたほど地面の固さを感じることはなかった。

もちろん、自室や宿のベッドからすればかなり品質が落ちる。

けれど疲れもあって、横になったままでいればこのまま眠ることができそうだった。

しかしエレナは少しして、そのクッションの上に膝を抱えて座ったまま、周囲を見回していた。

外には護衛達が交代で番をしてくれているので安全だ。

大きな音がしているわけではない。

しかしこの囲われた空間で、隙間から番をする護衛たちの焚く火や月の光がちらつき、手元にある蝋燭を見て、こうしたくなったのだ。



しばらく膝を抱えて座っていると少し心が穏やかになってくる。

もしかしたらこの体勢そのものがエレナにとって落ち着かせるものなのかもしれない。

一人不安な時は、行儀がいいとはいえないこの体勢を自然と取ってしまうのもそのせいだろう。

エレナがそうしてしばらくその状態で体を揺らしたり、天井を眺めたりしていると、布に人影が写った。

そしてその影は布の前で止まると、小声でエレナに声をかける。


「大丈夫ですか?」


声の主はケインだ。


「問題ないわ」


エレナのしっかりした受け答えに寝ていなかったことを察したケインは、エレナに尋ねた。


「入っても?」

「ええ」


自分の目で確認したいのだろうとそう判断したエレナは、ケインを中に呼んだ。

もちろん布一枚の向こう側に行くだけだし、ここにはクリスもブレンダもいる。

外には護衛もいるし、二人はもう正式な婚約者だ。

距離の近さはもう問題にはならない。

エレナが許可したためケインは他の人の睡眠の妨げにならないよう、静かにエレナの側に寄る。

そして、座っているエレナの正面に来ると、しゃがみこんでエレナに視線を合わせた。


「眠れませんか?」


子供に問いかけるように尋ねるケインに、エレナは肩をすくめて答えた。


「ええ。外であると思うと落ち着かなくて……」


騎士は野営で多少経験しているが、エレナには初めてのことだ。

落ち着かないという気持ちはわかる。

だから他の環境要因がないかとケインは小声で続けた。


「寒いとか暑いとかは」

「それは大丈夫よ。ここが部屋なら快適だと思うわ」


雨でもなく、暑くも寒くもない、外気が快適な時期だ。

日が昇ると少し暑いこともあるが、馬車で風に当たれば相殺されるくらいだし、夜で火が落ちている今でも、風がなければ冷えるような寒さはない。


「地面に寝るのに抵抗があるとか」


エレナが据わって小さくなっていることが気になるのか、ケインが尋ねると、エレナは両腕で膝を抱えたまま首を横に振った。


「確かに硬いし寝心地はよくないけれど、抵抗はないわ。さっき横になってみたけれど、十分眠れそうだったわ。でも、こうしている方が落ち着くから」


エレナの話を聞いてしまうと、ケインも無理に横になれとは言えない。

落ち着くためにそうしているのなら、落ち着かないからそうしているのと同義だ。

そばにいればできることもあるだろう。


「そうですか。隣に座っても?」


ケインがここにいてもいいかと尋ねるとエレナはうなずいて、片腕を膝から話すと、クッションの余っている自分の隣を指した。


「ええ。ここに座って」

「じゃあ……」


ケインはとりあえずエレナに言われるがまま隣に腰を下ろした。

そして同じように膝を抱えた姿勢を取ると、じっとエレナを眺めるのだった。



互いに会話をすることもなく、ただ隣に座って片側に互いの体温を感じる、そんな時間が流れた。

寄りかかっているわけではないが、少し動くと触れるくらいの距離だ。

それを心地よく感じたものの、あまり眠れない自分に付き合わせては申し訳ない。

しばらくこうしていたため見えない不安も和らいでいる。


「ねぇ、ケインは寝てもいいのよ」

「私はエレナ様の隣の方が安心できますから」


エレナが自分はもう大丈夫だと伝えるが、ケインは首だけを動かしてエレナを見るだけだ。



しばらくこうしているのなら少し暗い話をしてもいいのかもしれない

そう考えたエレナは、両腕で膝を抱えたまま体を小さく左右に揺らしながら言った。


「こうして暗い中で並ぶのは、なんだか久々ね」

「そうですね……」


エレナとこうして地面に座って並んだことなど数えるほどしかない。

幼い頃、避暑地で遊んでいたときを除けば、あの一度だけだ。

そして薄暗さも、外から漏れる光だけが内側を照らしている様子も、あの時に近い。

エレナは間違いなくあの日のことを言っている。

ケインが苦い表情をすると、エレナはじっとケインを見て言った。


「ケインが不安なのはそのせいかしら?」


エレナが不安そうだと思ってここにいたけれど、ここから自分が離れられないのは、自分の方が不安だからのようだ。

聞かれたことで、あの時の不安が鮮明に蘇る。


「……あまり考えたことはありませんでしたが、そうかもしれません」


あの時と違って食事もしっかりとっているし、鍵のかかる空間ではないので助けだって呼べる。

だからエレナから離れたらあの時のように意識をなくしてしまうなんてことは考えにくい。

部屋に鍵をかけて閉じこもっているわけではないのだから、異変があればすぐに誰かが気付いて、自分を含め、駆け寄ることだってできる。

何より今のエレナにそんなことをする理由はない。

だから何も不安に思うことはないはずなのだが、この環境が精神を揺さぶったのかもしれない。

騎士団での野営でそんな感情が湧くことはなかったのに、ここにきてそのように思うことは不思議だが、それこそ環境の違いかもしれない。

あの時と似たような条件が揃ったことで、気が付かないうちにナーバスになったのかもしれない。

そしてきっと、エレナも似たようなことを感じている。

だからこそケインが無意識に思っていることに気が付いたのだろう。

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