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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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更生した人材

鍋を回しながらあちらこちらに指示を出していたエレナは落ち着いたところでクリスたちの方を見た。

そしてその中に殿下の姿を見つけると、おたまを渡して鍋を混ぜておくよう近くの騎士に頼むと、クリスたちのところに向かった。


「まあ殿下、お見えになっていたのね」


髪の毛を大判のハンカチでまとめて使用人のような姿をしているエレナはそのまま殿下に声をかけた。

ブレンダはクリスに呼ばれたと離れて行ったが、どうやら殿下との会話に加わるためだったようだ。

おそらく騎士団について説明するのに適任だったからだろう。

エレナがそんなことを考えていると、殿下は目の前のエレナを見下ろして笑った。


「これまでのエレナ殿下の勇姿はしかと見せてもらったぞ」


笑いながら言う殿下の言葉の意味を考えてからエレナは聞き返す。


「勇姿……、ああ、私が鍋の前にいる時にいらしたということかしら?」


首を上げて殿下の顔をしっかりと見ながらエレナが言うと、殿下は口角を上げる。


「騎士たちに囲まれていたが、指示に従って騎士たちが動いているのは分かったぞ。エレナ殿下には指揮官の素質があるのではないか?」


戦のことはわからないし、実際に騎士を動かしたことはない。

実は王族として識見を持つ可能性はゼロではないのだが、エレナにそのつもりがないため、感覚は指導に近い。


「どうかしら。そうなると指示を出す時、剣ではなく、おたまを振ることになるような気がするのだけれど……」


エレナが先ほど料理の指示を出していたものを当てはめ、想像したことを口にすると、殿下はやはりエレナ殿下は面白いなと笑った。


「それはそれで面白いではないか」

「でもおたまは攻撃力がないわ。何かを指すために使うのには悪くないし、振るのにもちょうどいいのだけれど……」


エレナがおたまを握った感触を思い出しながら片手にこぶしを作って、演奏の指揮をするかのように手首を動かすと、その動きを見て殿下は目を細めた。


「ほう、そのように使ったことがあるのか」

「ええ。少し」


孤児院で使ったときはしっかり突き出して相手を指したが、さすがにここでそれはできない。

あの時は剣の素振りのように両手で持ったりはしなかったから、構えを片手で再現した。

どちらも中途半端なので、殿下から見ればそれが新しい動きに見えたのだろう。


「なかなか面白いことをするのだな」

「面白くはなかったけれど……」


思わず孤児院で起きたこととその後のことを思い出し苦笑いを浮かべたエレナに、これは注意を受けるようなことをしたのだなと殿下が察して言う。


「お転婆をしたということか」


そんな殿下の言葉を受けて、クリスが間に入る。


「そうですね。まあ、簡単にお話ししますと、男性に絡まれている女性を助けようと間に入って、その時調理中だったエレナは、手に持っていたおたまを剣のように突き出したと、そんな感じでしょうか」

「間違いありません。そのあと私が男性とエレナ様の間に入りましたので」


クリスの要約を間違いないとケインが後押しする。

二人の話を聞いた殿下は、口をつぼめたエレナに視線を戻しながら、面白い話を聞いたと口角を上げる。


「はっはっはっ。本当にそのようなことをやらかしたのか。まあ、為政者として下々のものを守ろうという気概は大切だが、エレナ殿下はもう少し自分の能力を正しく認識して自分を大切にしないと、戦場なら早死してしまうな」


普通ならばそのような相手に遭遇すれば怯むものだろうが、なぜかエレナは相手に向かっていったらしい。

悪いことをしているわけではないが、護衛はさぞ肝を冷やしたことだろう。

しかし本人を含め、エレナが成人男性を相手に戦う力など持ち合わせていないことは承知のはずだ。

相手に戦いの心得がなかろうとも、もし攻撃されていたら、間違いなく負けていたことだろう。

これが戦なら、相手は武器を持っている。

その相手に敵とみなされたら、勝負は一瞬で、エレナの命はなかったに違いない。


「あの時のことは反省しているわ」


エレナがクリスの方を見て言うと、クリスは小さくため息をついた。


「その後のこともあるのに?」

「それとまとめてよ」


エレナ個人として反省はしているが後悔はしていない。

あの時止めなければ孤児院の女性の一人が行方知れずになってしまっていたかもしれないし、結果的に不要だったかもしれないけれど、襲撃の時だって、エレナについていた護衛はクリスの後ろを守ってくれたことに変わりはない。

判断ミスでそうした行動を起こしたわけではないのだ。



「その後とは?」


クリスの言葉に引っ掛かりを覚えた殿下が問うと、クリスが答える。


「それは、例の襲撃事件です。おたまを振りかざしたのが例の主犯で……」

「ほう?」


それを聞いた殿下が眉間にしわを寄せたところに、ケインが補足する。


「エレナ様が間に入った女性は立場が弱く、男によって強制的な連れ去り、人身売買に巻き込まれかけた一人でした」

「つまりエレナ殿下が男の獲物を逃がすよう動いたと。あの襲撃の原因となった一件で、その相手に向けたのは剣ではなく……おたまか」


エレナが出しゃばったことはわかったが、まさかそこに、調理道具であるおたまが出てくるとは思わなかった。

普通であればそのようなことにはならない。

殿下がさすがに大笑いは良くないと堪えていると、ケインが小さく息を吐いてから言った。


「すぐに私が剣を突きつけましたので問題はありません」

「だろうな」


鼻から息を逃がしながら答える殿下に、クリスは少し表情を硬くして尋ねた。


「そういえば彼らは……」


反省が見えたので命を助けることにしたが、当然ただで済ませるわけにはいかない。

そこで彼らは彼の国に送ることになったのだ。

戦争が終わったし安全、殿下に恩を返す、もしくは売るという目的で向かうことを決めたが、彼らが滞在しているという点を考慮していなかった。

だからエレナを連れてきてよかったのかと心配したのだが、殿下はそれを笑い飛ばした。


「心配は無用だ。更生させて働かせているぞ。もちろん監視付きでな。そちらの教育がよかったからか、元が悪くなかったのかはわからぬが、想像以上に使える奴だ。あれは残して正解だったと思うぞ」


殿下がいい人材を譲られたと笑みを浮かべると、クリスは口元に手を当てて微笑みながら返答する。


「そうだとしても、こちらで使うことはかないませんけどね」


そういう人材であろうことは察しがついていた。

変なのにかどわかされることがなければ、国内でその手腕を発揮してもらうことができただろう。

けれど彼らは許すには大きすぎる過ちを犯してしまった。

それが現在、引き渡した彼の国で有用に活用されているというのだから、皮肉な話だ。


「まあ、奴らは親子共に助けられた点に恩を感じているようだからな。クリス殿下が助けを必要とする時は、率先してそのことを伝えて働かせてやるつもりだ」

「そのようなご迷惑のかかることが、この先なければいいのですけれど」


交流は構わないが厄介ごとはごめんだ。

クリスがそう言うとそれはごもっともだと殿下も笑うのだった。

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