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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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実習開始前の裏側

公募の結果、ほとんどの騎士が応募してくることになった。

そこまでは想定通りだが、そうではなかったこともある。

それは騎士のモチベーションの高さだ。

新人を含め、騎士団や騎士学校で野営を経験した者の期待値が高い。

それは良い誤算だが、それだけ彼らが我慢し続けていたという証左でもあるため、複雑である。

改善しようにもそれができる人がいなかったし、そもそも上下関係が厳しい騎士団において、そこで教わる料理に意見を出せる環境がなかったことも大きいだろう。

そこに今回の申請が通ったのは異例ともいえるし、これを逃したら二度と改善の機会はない、騎士人生を送っている間、野営のたびにあのまずい飯がセットになるのは辛いのだ、彼らは本気で思っていた。



騎士団の気合の入れ方の違いは、すでに準備のできている訓練場にも表れていた。

外である必要があるため屋外の訓練場を使うことは決定していたが、どうせ希望者は少ないだろうし、邪魔になってはいけないから隅っこでこじんまりと開催することになるだろうことを想定していたが、料理長が手本を見せるために作る場所は訓練場で普段、上位の人が挨拶をする台の前に設置されていた。

さすがに動きにくくなる上、火を使うこともあり危険なため、台の上には載せられていないが、これだけで歓迎されていることが分かる。

そして間違いなく料理長を先生とし、教壇に向かう騎士という生徒たちということが分かる状況だ。

さすがの料理長も、彼らに注目されながらの料理は緊張すると困惑したが、これだけ期待値が高いのならそれに応えないわけにはいかない。

それにここに来るまでにエレナや彼女の護衛騎士にも協力してもらったのだ。

それだって無駄にはできない。



ただ、料理長も大人数の前で教鞭をとったことはない。

説明はできるが、この規模の人数の前で話す機会など皆無だ。

位置的に善因を見渡すことができるので手元は確認できそうだが、ここから自分は声を張って指示を出しながら自らも動かなければならないのかと困惑していた。

しかし準備の状態を見て怖気づいているわけにはいかない。

自分があの場に絶たなければならないのは間違いないのだ。

とりあえずやる気を見せている騎士をいつまでも待たせておくわけにはいかない。

覚悟を決めて出ていこうとしたところに後ろから声がかかった。



「料理長!」

「エレナ様?」


料理長が踏み出そうとしたところ、後ろから声をかけられ振り返るとそこにはエレナの姿がある。

特に来るとは聞いていなかったので、最初の緊張もあって料理長は挙動不審だ。


「お手伝いをしにきたわ」

「お手伝いですか?」


これまで申し出もなかったし、手伝ってもらうことを想定した準備はしていない。

これからそれを割り振るには時間が足りない。

困惑する料理長にエレナは言った。


「ええ。私思ったのよ。料理しながら説明するのって大変でしょう?料理の手本は料理長にしてもらいたいし、チェックもお願いしたいけれど、全体への説明は私がすればいいのではないかしらって」

「えっと」


聞いた限り自分のやることは変わらなそうだ。

けれどそれだけではよくわからない。

そんな空気を察したエレナが具体的に自分のすることを説明する。


「料理長はいつも通り、私たちに説明するように声を出して作業する。それを私が皆に拡声、内容を復唱するということよ」


エレナがどうかしらと言うと、料理長はさらに困惑した。


「そのためにわざわざ?」


言葉を丸ごと復唱して広げるだけならば、声の出る人間ならだれでもいいはずだ。

わざわざエレナ自らがやる必要はない。

もしかしたら料理に関して自分が騎士にはわからない専門用語などを使った際、助けてくれる相手がそれを正しく伝えてくれるかは難しいが、それを考えてもそれはエレナの仕事ではないだろう。

それをあえてエレナはやるというのだ。

一方のエレナは堂々と言う。


「ええ。一緒に頑張った集大成だし、料理長の晴れ舞台だもの。どちらにしてもどこからか見ているつもりでいたのよ。それに料理長はこうしたことに慣れていないでしょう?」


私がいるから大丈夫と言わんばかりのエレナだが、エレナが来てこうして話をしたことで幾分か落ち着いたのも事実だ。

そして不思議と、エレナがいるというだけで絶対的な安心感がある。


「おっしゃる通りです。こんなに規模が大きいとは思っておりませんでしたので」

「ならばなおさらよ。この訓練場には慣れているし、私の声なら多分皆に届くわ。体力測定の時は大丈夫だったはずだから」


体力測定への参加が定番化しているエレナは、毎回開始と終了の際、前に立って挨拶を行っている。

そして実際に測定に参加して、頑張る姿を周囲から温かい目で見守られるまでがセットだ。

もちろん終了の挨拶の際は体力をかなり消耗した状態だが、それでもエレナの声はきちんと騎士たちに届いているらしい。

不安に思って一度、護衛騎士に最後尾についてもらい確認させたが問題なかったとお墨付きをもらっている。

だから今日も大丈夫だろうとエレナが言うと、我に返った料理長が慌てる。


「そんな裏方のような役目を」


お願いしますと言いかけたが、さすがに良くないと言うとエレナは首を傾げた。


「少なくとも騎士たちは私の指示に従って作業をするはずよ。うまくできるかどうかは別だから、個別に目についた相手に対する指導はお願いしなければならないけれど、料理長がいつも私たちに説明するように動いてくれたら、私が内容を拾って復唱するから、無理に声を張る必要はないわ」


エレナの問題がないと領地量が気にしている点がずれている。

ここまで黙って話を聞いていた護衛騎士はエレナに加担する形で間に入った。


「今回の参加者である騎士の半分はエレナ様に剣を捧げております。騎士団でのエレナ様の権威はかなりのものですから、聞かぬものなどいないはずです。だからこそ、エレナ様の護衛騎士になるのは難しいですし、妬まれもしますが、大変名誉なことなのです。しかもエレナ様は我々を大切にしてくれますしね」


クリス様の護衛騎士を経由しないで昇進できることはほぼない。

特例はあったがそれは今でも変わらない。

けれど希望者は後を絶たないと、クリスがぼやいていたと小耳にはさんでいる。

急に何の話かと二人が思わず口を閉じたところで、騎士は料理長に言った。


「そんなエレナ様が料理長の手伝いを希望なさっているのです。どうかその希望を叶えてもらえませんか」


これはエレナたっての希望だ、クリスも了承していると伝えると、これ以上突っぱねるわけにはいかない。

何より実際にそうしてもらえる方が助かるのだ。


「そう言われてしまいますと、断る理由はございません。ありがとうございます」


そうして料理長本人が承諾しこの場が収まるとエレナは訓練場に目をやった。


「じゃあ決まりね。騎士たちも集まったようだし、行きましょう」


エレナに後押しされて、料理長は用意された自分用の調理台に向かった。

騎士隊は料理長に期待の目を向ける。

そして料理長がぎくしゃくしながらもどうにか調理場に立つと、エレナが姿を見せてそれとなく調理場の端に立った。

そしていよいよ、一斉炊き出し訓練と称した大人数の調理実習が訓練場で開始されるのだった。

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