打算と伝統と先入観
「じゃあ、とりあえず、騎士団長と料理長にその内容で打診することにするよ。騎士団長もやる気だしね」
依頼を出した騎士団は結果を受け取るだけだが、依頼される方の料理長は寝耳に水の案件だ。
すり合わせはできていないが、見切り発車でこういうことが起こると早めに知らせておくべきだろう。
とりあえずブレンダにそう言ったクリスは、さっそく騎士団と料理長に向けて一報を頼んだ。
正式な依頼や日程などの調整がまだなので、今の段階では連絡だけで済ませることにしたのだ。
クリスは簡単に指示を出してから、それらを人に任せると、ブレンダに言った。
「ブレンダと同じで、他の騎士も思うところがあったようだけど、どのくらい人が集まることになるかな」
人数によって場所を決める必要がある。
参考までに意見を聞きたいとクリスが言うと、ブレンダは少し考えてから言った。
「そうですね、孤児院に行ったメンバーが上にあげて、それを聞いた彼の国の共闘に参加したメンバーが同調したと考えられますので、彼らだけでも相当な人数になるかと思われます。それに加えて先々の利益や、迫る訪問のことを考えれば、ほぼすべての人間が参加希望を出してくると考えて進めるべきかと思います」
体力測定とは違い強制参加ではないが、結果的に、その日、指定業務が入っていない者全員が希望してくる可能性が高い。
彼の国の共闘メンバーはそこそこの地位にあるものを多く参加していたし、前回孤児院に同行したメンバーも、選抜候補であることは間違いない。
必然的に同じ土俵に上がるためには、本人が禁忌していようが、彼らが参加する調理実習に参加するしかない。
しなければ置いていかれると考えるだろうから、彼らに引っ張られる形で、形式的にはほぼ全員から申し込みがなされるはずだ。
「もう、訓練場全部使うつもりでいた方がいいかもしれないね。調理実習じゃなくて一斉炊き出し訓練とでも称すればいいかな。でも騎士団の皆は、おいしくないと知りながらも、これまで野営食の改善は考えてなかったんだよね」
申し出そのものはエレナに感化された可能性が高い。
エレナという高位の人間が実践したことで、ハードルが下がったのだろう。
けれどめったにないこととはいえ、訓練に取り入れられているものなのだし、どうせ同じことを行うのだから改善を考えてもよかったのではないかとクリスが首を傾げると、ブレンダは首を横に振った。
「そうですね。しようとしなかったというより、できなかったというのが正しいかもしれません。基本的にそんな緊急時が起こることは想定されておりませんし、知識と数回の実践があればできなくもないです。何より貴族があまりそれらを自らすることを良しとしないですし、騎士は強くてなんぼですから、訓練の時間を削ってまで野営の食事の改善を優先することはないです。何より、これらを指導できるものがいませんでした」
最初からおいしく作れるものが伝授されていれば、野営食がおいしくないという概念が定着することもなかっただろう。
知識だけで推し進められてきた上、指導者もいないからこうなってしまったのだ。
我慢するという伝統、受け入れるべきだという先入観、それらも含めて今がある。
むしろここにテコ入れをしようという発想が出たことの方が驚きだ。
同時に、よく言ったとも思う。
「孤児院でエレナができたから、それを習ってしまえば自分たちで考えなくても改善できる。それに訓練と称されていれば参加しやすいけど、個人で学ぼうとすれば特に貴族の矜持が保たれないと、そんなところかな」
ブレンダが主張するとクリスは微笑みながら話をまとめる。
「そうですね。あとはタイミングもあるでしょう。孤児院だけに参加しているメンバーはともかく、他は彼の国の影響が大きいのではないでしょうか。彼らは当たり前のように作っていたらしいのですが、限られた食料の中で、満腹にはならなくとも、おいしく食べられるものを提供されたらしいので、戦闘だけではなく調理でも劣ると認めざるを得なかったということでしょう。それがなければその場限りで我慢すればいいと、従来の考え方が優先されたはずです。ですからどちらかに参加している人間は、一定のモチベーションのある状態で参加してくると思われます」
両方に参加した人間も含まれてしまうが、むしろ彼の国の共闘に参加した人間の方が、提案した孤児院参加メンバーより強い意欲を示す可能性が高い。
ブレンダがそう言うと、クリスは苦笑いする。
「あの参加がトラウマじゃなくていい刺激を与える結果になったのならよかったと思うよ」
殿下はそうならないように努めてくれたようだが、それでも、精神的なケアが必要な人間が発生する可能性があるので、目に見えるケガや病気の対応だけではなく、そっち方面の医師も必要になる可能性があると事前にクリスに連絡してくれていた。
結果的にお世話になった人もいたけれど、幸いにも大きなトラウマで退団するような騎士は出ていない。
ブレンダの話では、今回の件に応募してくる可能性が高いというのだから、随分と前向きだとクリスは驚いている。
「そうですね。あの、私も参加を希望したいのですが……」
ブレンダは庶民的なことを禁忌しないタイプだが、そんなブレンダでも、料理を習うという概念はなかった。
エレナが調理場に出入りしていることは知っていたし、それについて思うことはなかったけれど、自分も一緒にと考えなかったのは、やはり貴族の慣習で料理は出されるものという概念が染みついていたからだ。
そして騎士団の慣習もあいまって、盲点になっていたのだ。
「そうだよね。構わないよ。もし何かあったら報告してくれる人が欲しいし、希望者が想定より多くなる可能性もある。ブレンダも参加してくれるなら、参加者により目が行き届くようになるから、ぜひお願いするよ」
クリスからすればブレンダの申し出も想定内だ。
実質騎士団は退団したに等しいブレンダだが、エレナよりも足しげく訓練に通っているし、腕を落としたくない気持ちは理解できるので目をつぶっている。
やることはやってくれているし、それがストレスの発散になるのなら、言うことはない。
心持ちを急に変えろと言われても難しいだろうし、表立っていうことはできないが、ブレンダはそのままでいればいいとクリスは思っている。
「ありがとうございます。楽しみです」
笑みを浮かべながら頭を下げたブレンダを見ながら、クリスは小さくため息をつくと、仕事の手を動かし始めるのだった。




