孤児院の生活リズム
彼の国からの招待を受けて、急遽エレナが孤児院との調整に動くと、孤児院側はいつでも問題ないと返事をしてきた。
他の仕事もあるのだから無理はしなくていいと前置きはしたが、やはりせかしたのではないかと不安に思いながらも今回ばかりはその言葉に甘えることにした。
そして先生にも連絡を取り、道具作りから数日後に再び孤児院を訪ねることが決まった。
エレナもそれに向けて準備をする。
そしてそれらを入れたカゴと共に馬車で移動するのだった。
「ごめんなさい、私の都合で。それを伝えたから急かすことになってしまったのではないかと後から気が付いたわ」
彼の国に行く前に道具を使った実践をしておきたいと素直に理由を書いてしまったエレナは、院長からの返事をもらった後、少し後悔していた。
これではこちらの都合で急げとせっついているのと同じだと、そこでようやく気が付いたからだ。
もちろん、その体験を含めて彼の国に持っていければいいが、それはこちらの都合であり、無理をさせるものではない。
本当に彼の国に行くまでにそれが必要ことならば、こちらが道具を一式用意して進めてもよかったのだ。
だからエレナは申し訳ないことをしたと院長に謝罪したのだが、院長は首を傾げる。
「急かすとは、道具作りをですか?」
「ええ」
エレナが言うと院長は微笑んだ。
「それなら問題ありません。いつでもと返した時にはすでに道具は完成しておりましたので」
「どういうこと?」
エレナが首を傾げると院長はその時の様子を思い出してか嬉しそうに答えた。
「姫様たちが帰った後、あのまま作業を続けまして、夜には完成していたのです」
「じゃあ、夜まで作業をしたということ?」
「はい」
院長から話を聞いたエレナは、お小言を受けても、やはり自分も作業に加わるべきだったかと思いながら彼らをねぎらった。
「大変だったでしょう」
「いえ、その方がこちらとしても都合がよかったものですから」
その言葉に再び首を傾げるエレナに、先生が言った。
「一度出した道具を出したりしまったりするのも大変ですし、その日に終えた方が、日常のリズムを崩さずに済みますものね」
彼らは普段、仕事をしている。
エレナの訪問時、多少労働時間を削っている部分もあるが、勉強は本来皆が遊んだり休憩したりする時間を使っている。
皆が好きで参加しているので休憩はなくなるけれど、孤児院が必要とする内職などには影響がないのだ。
「先生のおっしゃる通りです。あとは、一度に作った方が部屋を、木材を乾かすのに使用する時間を短くできるというのもございました。ですが何より子供たちが楽しく作業できたようで、次はいつかと心待ちにしているところにお手紙をいただきました。本当に幸いなことです」
「やる気があるうちに進めるのは大切なことですわ」
「はい」
院長と先生の中では意見が一致しているらしく、話が円滑に進む。
「そう?負担になっていないのならばいいのだけれど……」
とりあえずその雰囲気から問題はなかったと認識してよさそうだとエレナが判断したところで、院長室に女性たちが様子を見に来た。
「姫様、昼食どうしますか?お話が長くなるようでしたら、始めちゃいますけど」
そんなに長く話していたつもりはなかったが、いつもより時間が遅くなってしまったようだ。
「大丈夫よ。もう終わったから」
きりのよいところだったので、エレナはそちらに参加すると立ち上がった。
「わかりました!」
女性は確認に来ただけだったためか、返事を聞くとエレナを待たず調理場に戻っていく。
エレナは院長に向こうへ行くと伝えるとそのまま院長室を出ていき、その後に先生が続く。
そうして少し遅くなりながらもいつも通りのお手伝いが始まった。
昼食の後、エレナは先に道具を受け取ろうと院長室に立ち寄った。
そうなることを察していたのか、訪ねていくとすでにテーブルに箱が置かれている。
「こちらにまとめております。子供たちに渡せば勝手に自分の分を取っていくと思います。作った人ごとにまとめて入れてありますので」
初回は自分たちで管理と言ったが、部屋に置いておいておくのは不安だ。
木材は小さいし、紙は飛びやすい。
隙間に入ったり失くしたりするのが心配なら預かると、院長が子供たちに声をかけると、全員がそうすると素直に箱に入れたという。
だから入ったものを入れた順に取っていけば、仕分けの作業もほとんど不要ということだ。
「じゃあ、このまま持って行った方がいいわね」
「はい。お願いいたします」
自分たちが仕分けをしなければと考えていたエレナは、その作業がないのなら早く始められそうだと先生の顔を見た。
一応エレナが受け取ったものの、ここから先は先生が主導になる。
エレナはそれを観察して、できるだけ詳細に覚えていかなければならない。
エレナはそう気を引き締める。
エレナが部屋に移動すると、一人時間をずらして食事をしていた騎士が戻ってきた。
手には馬車に置いてきたかごを抱えている。
「エレナ様、こちらもお持ちしました」
「まあ。大事なものを忘れていたわ。ありがとう」
「いえ」
最初からかごを持ち歩くのは面倒だと判断したエレナは、馬車にカゴを置いていった。
本当なら道具を受け取る前にカゴを取りに行き、それから院長室に向かはずだったのだが、いつもの癖で先に院長室に行ってしまい、そのまま部屋に移動していたのだ。
ちなみにこのカゴの中にはエレナが作ったお菓子が入っている。
一つずつ紙にくるまれているので、トレイに並べれば問題ないだろう。
「そうだわ、またトレイを借りてこないと」
前はテーブルがあったが、ここでは床だ。
紙に包んでであるとはいえ食べ物を直接床に置くのは気が引ける。
「私が行ってまいりますので、お二人はそのまま準備をお進めください」
そう言うと、騎士の一人が院長室に向かう。
そうしている間にも食事や片づけを終えた子供たちが集まっていく。
「お菓子は最後というお話でしたから、はじめてしまいましょうか。皆さんには自分の作ったものを取っていってもらいましょう。それで揃ったら練習、練習の合間にお菓子をトレイに並べればいいでしょう」
確かにここでトレイのために勉強時間を削る必要はない。
先生の言う通りだ。
自分だけだったらここで来るのをただ待って時間を浪費してしまったかもしれない。
エレナはさすがだと思いながら、先生を見ると、先生は微笑み返すだけだった。




