終戦の公式発表
時はさかのぼり、エレナの婚約発表から数日。
彼の国の皇太子が帰国の途につき、エレナが孤児院の件について調整をしている頃、殿下が帰国を開始したタイミングで、彼の国の国王が正式に終戦の宣言が行われた。
これは殿下が戻るタイミングに合わせてわざと発表を遅らせたものである。
これでしばらく、国は戦勝ムードになり、皇太子殿下の帰還が、さらなる盛り上がりに拍車をかけることだろう。その間に考えを発表しろ、お手並み拝見だというのが国王の意向である。
国に戻ってからはいやいやであっても政務を進める。
こういうことは性に合わないと思っていてもやらないわけにはいかない。
本来ならば招かれてもいないのに、お節介でエレナの祝いに出た分、仕事が溜まっているのは自業自得だ。
そしてこれを片付けたら、まだ残っている戦後処理と、国の立て直しに向けた企画の立案、やることは山とある。
しかしこれを片付けて、最低限情勢が落ち着けば、客人を迎え入れられる。
これまではこちらから押しかけてばかりだったが、それは招くことができない状況だったからだ。
それを招けるようになったと各国に知らしめるのに、彼らはうってつけだ。
戦争をしてこなかった国が、安全と認めた証。
彼らの訪問が知れ渡れば、この国の活気も戻ることだろう。
幸いにも戦争で勝ち続けたため、各国の金銭だけはたくさんある。
これらを放出し、国を豊かにできる未来まであと少しだ。
もちろん勝ち続けて得たのは金銭だけではない。
すっかり広い国土となってしまったので、すべての土地が安全になるまでには時間がかかるだろう。
だからまずは彼らの通る道とその周辺を整える。
そしてその段階で彼らを招き、それらの土地から安全区域を広げていけばいい。
何もすべてを整える必要はないのだ。
そうして彼はまず、クリスたちを招くことを念頭に国を整えることにした。
この国の中心地まで馬車が安全に通れるように整備すれば、その道が安全と知れれば商人たちの通行も増え、活気が戻ってくるだろう。
まずは一か所、突破口を作る。
発展はそこから進めればいい。
戦争だって安全な拠点を確保した方が有利に進む。
それと同じだ。
自分に任されたのだから、それが友好国への贔屓と言われようが好きにさせてもらう。
そうしてエレナが孤児院との交流を盛んにしている間、殿下は彼らを迎えるため、急ピッチで復興に向けて動いていた。
そして急ごしらえの出迎えに目途が立った。
これから調整もあるから、ここから招待を送っても彼らがここに来られるのは数か月先になる。
ここから先、しばらくは彼らに見えるところだけ整えることに注力すればいい。
安全に関する情報の波及速度も計算に入れて効率よく進めなければいつまでも終わらない。
そう考えて殿下は時期尚早と言われながらもクリスに手紙をしたためた。
そうして彼の国の殿下が必死に復興にいそしんでいることなど知らず、孤児院からの帰りの馬車で、エレナはがっかりしたように言った。
「わかってはいたけれど、作業を残してくるのはなんだか気分がよくないわ」
名札の時も終わらないまま帰ることになったけれど、あの時は自分の役割を終えていた。
名前の部分の下書きは終わっていたし、文字の周りに絵を描いたりしてアレンジをしたのは彼らのアレンジだ。
だから気にしていなかったけれど、今回は露骨に作業や仕事を残してきてしまった。
自分がもっと作業に加われたらと口にすると先生は微笑む。
「ですが、残しておいてほしいなどと頼むのもおかしな話ではございませんか?」
「だから複雑なのよ……」
まさか自分も作業に加わりたいから、作業を残しておいてくれとは言えない。
そんなことをしたら次回の先生の授業に差し障る。
エレナが黙り込むと、先生は優しく諭す。
「お気持ちはわかりますが、あくまで私たちは教えるだけ、道具は自分たちでご用意というのが原則ですよ」
「そうね」
そもそも今日、少しとはいえみなと同じ作業ができたのだって本当は異例だ。
たまたま偶数のセットを作らなければならないのに対し、孤児院で勉強をする人数が奇数だった。
だから余ったものを渡してもらえた。
それだって本当は孤児院の誰かがやるべきだったのに、エレナが作業をしたがっているのを知っていた先生は目をつぶってくれた。
これ以上多くを望んではいけない。
先生の言いたいことは理解できる。
「先々のことを考えたらこれが最善とお考えになって切り替えてしまった方がいいですわ」
先生はこれ以上孤児院がやっかみを受けず、他の孤児院の手本となれるようにするのが、今後のためには最善と説く。
確かにエレナが作業を進めすぎたら、いくら材料を用意したとはいえ、やりすぎかもしれない。
納得すれば切り替えの早いエレナは、先生の言葉にうなずいた。
「次に行ったら道具ができているということだものね。それを楽しみにしておくことにしましょう」
そうして次の孤児院訪問を心待ちにするのだった。




