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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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維持する努力

しばらく各々の黒歴史の話をしたところで、授業を見てきた彼が話を戻した。


「でも第三者目線で見てたらさ、やってる方も苦痛だったけど、教える方も苦痛だろうなって思った」


エレナ達の授業を後ろから見ていただけだが、子供たちよりエレナに肩入れしてしまう部分が多かった。

できるようになった自分から見れば何でできないのだともどかしく思えたし、それを責めることもせず、何度も同じことを教え続けることができるのはある種の才能かもしれない。

見ているだけで進み具合を含め、もどかしいと思ったのだから、教えているエレナは何度もこれを繰り返してきたのだろうし、もっと大変だろう。


「改めて考えたらそうだな」


話を聞いて立場を変えて考えたらそうかもしれないと聞いている側が同意すると、彼が続けた。


「エレナ様の根気強さと、本人たちのやる気であそこまで伸びたんだと思う。普通は学校に行く前に文字とか簡単な勉強は家庭教師に教わっていくからさ、あんな初歩から集団で勉強することなんてないもんな」

「初歩?」


貴族や裕福な家庭の子が通う学校ではありえないものを見たと彼は続ける。


「ああ。文字の書き方と読み方を教えてた。しかも今日彼らが覚えたのは二文字だ」

「二文字?」


二文字と聞いて皆が首をひねると、彼が力説する。


「エレナ様が一文字ずつ、書き方と文字の形を皆の前で説明して、彼らはそれをまねて文字を覚えていくらしい。最初に復習だって数字と文字の表の頭から全部、こう、空で書かせてたな」


説明するより見せた方がわかるだろうと、手を上げて、空中に文字を書いて見せた。

それを見て、彼らはなるほどと納得する。


「あれを積み重ねて、数字と基本の表のすべてを教えるってのは相当だと思うぞ。ちなみに今日で数字と基本文字までがちょうど終了だそうだ」


今日二文字覚えたらちょうど文字の表の勉強が終了らしい。

しかし終了の段階で二文字ということは、これまでも二文字ずつ進めてきた可能性が高い。

ここにいる誰もがすぐに基本文字の表が頭に浮かべられるが、文字の数を考えたら、これを二文字ずつ進めるなど、進みが遅すぎてイライラするだろうし、途中で投げ出したくなるに違いない。

それをエレナはやっているし、エレナの護衛騎士たちが毎回見せられているのだと思うと、見えないところでの苦労がしのばれる。


「それは、根気を通り越して執念だな」

「そう言っても過言ではないな」


不定期とはいえ、毎回勉強の時間が憂鬱になりそうだ。

調理などの作業は楽しくできたが、ここに来ることが仕事である以上、それだけで済むわけがなかったなと納得する。

勉強の一部を見てきた彼の印象では、エレナの護衛騎士たちに不満そうなそぶりはなかったし、常に笑顔すら浮かべていた。

しかも本来の仕事である護衛があるため、社交のように途中退出が許されないから、ここにいる間、ずっとあの感じでいなければならないのだろう。

夜会などでは警備についているし、その時はむしろ無言で不愛想な印象だが、彼らの貴族としての技術はここに活かされているように思われた。


「でもその根気をマネできるやつって少ないんじゃないか?国家施策になるんだよな?それ」

「問題はそこだろうな」


学校に行くまでに文字を覚えさせるのは家庭教師、学校ではすでに文字を覚えた状態で集団学習と、なんとなく役割が分かれている。

集団学習の時点で文字を覚えていることが前提なので、学校の教師も文字を一つずつ教えるところから始める経験はないだろう。

逆に家庭教師は一人ひとりの能力に合わせて集中的に勉強を教えることには特化しているが、集団学習で教えることには慣れていない可能性が高い。

教えることに特化したどちらの職業の人を派遣するにしても、不足が発生してしまう。

その中からエレナのような根気を見せられる人を採用していくことになるだろうが、それができる教師は基本的に人気が高い。

貴族を相手にでき、さらに高い報酬を得ているのに、名誉職になる可能性があるとはいえ、あえて苦労を増やして孤児院の子供を相手にする仕事に転職することはないだろう。


「そこはクリス様たちが考えることだろう。さすがに騎士団から教える側としての採用はないだろうし」


知識はあるし、部下を持つものとして、訓練のようなことなら教えることはできるが、勉強の基礎を教えるのに騎士は向かない。

そもそも性に合わないというものが大半だろう。

もしそれが理想なら騎士になどなっていないはずだ。

自分たちに話が来ることはないだろうと一人は言うが、別の騎士が苦笑いを浮かべた。


「教える側の護衛につくことはあるかもしれないがな」

「それはそうだ」


そうなると、話に聞いた勉強の時間、教えている側と同じ空間にいなければならない。

それはそれで精神力が試されるなと、思わずため息が漏れた。



「もしかしたらエレナ様はご自身の訓練で、そういうものが身についているのかもしれないな」


一人がふと思ったことを口にすると、皆がエレナの参加している体力測定の様子を思い浮かべて同意した。


「ああ。失礼だが、体力測定の結果は騎士たちに比べたら本当に伸びが少ないが、でも確実に伸びてるもんな。筋力は使わなければ衰えるから、こっちは訓練を絶やさないわけだが、それはもともと少ない人間でも同じだから、こちらから見えないところで続けてるんだろうな」


体力測定に参加しているということは公式の記録が残っているということである。

当然騎士団のものに参加しているエレナの記録も残してあるため、比較が可能なのだ。

しかしそんなことをしなくても、毎年エレナを見守ってきた騎士たちは、昨年はできなかったあれができている、前より早く回数をこなしていると、本当にゆっくりでありながら成長していることを感じているのだ。

遅くても確実に伸びていて、衰えた場所はないのだから、最低限維持する努力はしているということだ。

エレナのそんな努力は見ていないだろうが、孤児院もきっとエレナと同じように努力をしているに違いない。

期間が空いても勉強した内容を忘れないように、孤児院側でも維持する努力をしているのだろう。

これらの条件を揃えるのは難しそうだ。

騎士たちはそんなことを話しながら、エレナ達が出てくるのを待つのだった。

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