交流なき昼食
お玉を受け取った騎士はさっそく鍋をゆっくりかき回し始めた。
湯気の上がる鍋からはおいしそうな優しい香りが漂ってくる。
隣でやり方を聞いていた騎士も、少しずつ水を足すところまで進んだので、あとは全体に火が通り、エレナの味付けを待つ間、この二人は鍋の番をするだけだ。
大きい鍋ではあるが、お玉でかき回すのは片手でできることもあり、並んだ騎士は余裕の表情で会話を始めた。
内容は主に鍋の作り方についてであり、いたって真面目である。
一方のエレナは、調理台で見本を見せてもらうと、さっそく作業に取り掛かる。
皆の予想通り、作業を始めた一本目から完成させるのが速かった。
「確かに、特に野菜が失敗しやすそうだけれど、これならどうにかなりそうだわ」
一本目を完成させて女性の方に差し出すと、女性たちは笑いながら言った。
「姫様、やっぱり早いですね」
「そう?じゃあ、もう少しやってみるわね」
「はい。お願いします」
女性にそう言われ、まだたくさんある材料を目の前にエレナは作業を開始した。
他の人たちも作業をしてるためみな無言になる。
そのためエレナは持ち前の集中力をいかんなく発揮した。
鬼気迫る表情で黙々と串を完成させていくエレナに、女性たちが声をかけた。
けれどエレナから返事はなく、手も止まることがない。
「姫様?」
「エレナ!」
どうしたのかと不安そうにしている女性に気が付いたクリスが、切りの良いところまで作業をすると、手を拭いてからすぐにエレナを現実に呼び戻すため、声をかけながら何度か腕を軽くたたいた。
体に触れられたことで我に返ったのか、エレナは中途半端になっている串を持った手を止めて、クリスを見て首を傾げた
「何かあったの?これでいいのよね」
串を持ったままのエレナがきょとんとしてそう言うと、女性たちは変わり身に驚きすぎて黙ってうなずくことしかできない。
クリスとその集中力を見慣れているブレンダや先生、護衛騎士はいつものことだと軽く息をついたが、子供たちも初めて同行した騎士も驚いて手を止めている。
「うん。間違ってないから大丈夫だよ。でもここでその集中力を発揮しちゃだめでしょう?皆がびっくりしてるから」
声をかけても返事がない。
でも手が止まらない。
壊れてしまったと思われてもおかしくない。
クリスが外では気を付けないとだめだよと、エレナを注意している光景も、一部の人間を除けば見慣れないものだ。
新しい一面を見た、孤児院のメンバーと騎士たちは驚きを隠せずにいた。
「そうだったわね。じゃあ、そろそろ鍋に戻るわね」
手にしていた作りかけを完成させると、あとはよろしくといわんばかりに鍋の方に向かうエレナを見送りながら女性たちはあいまいな返事をする。
「は、はい……」
そして改めてエレナの作った量を見ると、他の人の倍くらいではないかと思えるものが積みあがっていた。
「姫様、すごい集中力ですね」
思わず女性の一人がそうつぶやくと、それを耳にしたクリスが微笑みながら女性に謝った。
「驚いたでしょう。ごめんね」
「いえ、はい」
クリスに微笑みかけられて、今度は別の意味で女性たちは固まったが、クリスは意に介さず続ける。
「もし孤児院で同じようなことがあったら、護衛騎士に声をかけてね、ってことでいいかな」
そうエレナの護衛たちに振ると、ベテラン騎士は構いませんがと前置きをしてから言った。
「単調作業はできるだけ避けるようにお願いすることにします。もしああなったらケインに何とかさせるのが一番でしょう」
騎士がそう言ってエレナを黙って見守りながら護衛業務に徹しているケインを見ると、クリスもそちらを見て微笑んだ。
「確かに、それが一番早いかもしれないね」
ケイン以外の騎士では、どうしても遠慮が出る。
そうなるとエレナがこちらに戻ってこない。
一番容赦なく呼び戻せるのは、この場においてはクリスの次にケインだろう。
今となっては婚約者としての発表もされた後なので、立場的にも申し分ない。
「もしエレナがまたあんな感じになったら、彼にお願いしてみてくれるかな」
クリスが女性たちにそう言うと、女性たちは顔を見合わせてから、いつも来ている騎士の一人であるケインを見る。
ケインはどちらでもいいと思ってか何も言わない。
ならばクリスのいうことを聞けばいいだろう。
そう考えた女性たちはクリスの方に向き直ると、そろって了解ですと返事をするのだった。
エレナは戻るとお玉を受け取って野菜の様子を確認すると、鍋に調味料を入れていく。
そうして何度かかき回していつものスープは完成した。
串の方は模擬戦を終えた騎士たちと、男の子たちも加勢していて、大騒ぎしながら作業を続けている。
男の子に関しては自分で刺したものは自分で焼いて自分が食べたいと、いくつか手元に置いている状態だ。
そしてスープができたためそれらを火からおろし、今度はそこに網を乗せると、騎士たちがそこに串に刺したものを次々と持ってきて並べ始めた。
一度に焼いているからか、大量の煙が上がって、あたり一面に食欲をそそるにおいが充満する。
人数が多いため、そろそろ焼き始めないと終わらないと判断されたためだ。
そして焼き加減と味付けは女性たちの方が慣れているだろうと、騎士は網に大量に並べて乗せた後、焼き場を女性に明け渡した。
そうして皆で動き回って食事は完成した。
串焼きの半分は焼けていないけれど、全員分の一本目が焼きあがったところで食べ始めることになったのだ。
普段なら座ってきちんと食べなければならないと注意を受けるところだが、今日は庭で食べている。
バザーの時の食べ歩きを思い出してか、子供たちは庭で大はしゃぎだ。
そしてその間も、焼き場では次の串が焼かれていて、それらを女性たちとエレナが見て、騎士たちが完成したものを台の上に戻していく。
それを繰り返していくうちに、それらを食べたい人がとっていく仕組みが出来上がった。
「みんな、野菜もパンもあるんだからちゃんと座って食べなさい」
串をもって走り回る子供たちを危険と判断した女性が彼らをおとなしくさせるため、地面に座らせると、その膝にサラダとパンを乗せた。
これでしばらくはおとなしいだろう。
その間にこれらを焼いて自分達も食べてしまわなければと、女性は手元の串に口をつけながら焼きに戻る。
騎士たちも固まって座って食べているので、それを見て、見習った方がいいと思ったのか、いつの間にか同じように子供たちも円になるように座りなおしていた。
調理の時は交流できたけれど、食事まではうまくいかないようだ。
とはいえ、それらも強制するものではない。
騎士たちも休憩が必要だし、子供たちも楽しく過ごせるのならこの方がいい。
それにもし必要ならばまたこのような機会を設ければいいし、これから勉強の時間が待っている。
騎士たちは勉強を教えている間に庭の片づけを行うから参加できないけれど、騎士がいない方が勉強に集中できるかもしれない。
とりあえず今日の目的の半分は達成できた。
後は自分が勉強を教えているところを先生に確認してもらって、今後のことを相談するだけだ。
いつも調理場で一緒の女性たち、そこにクリスとブレンダが近くにいるところで皆と同じように串のついた食材にかぶりつきながら、エレナは気合を入れなおすのだった。




