鍋の番
騎士がいちいち感心している間にもエレナは次の作業に移るという。
エレナは女性たちが持ってきた鍋に入れるサイズに整えられた葉物野菜を炒めた鍋に投入すると、鍋を満たすには足りないくらいの一杯目の容器からお玉に水をすくっては中に入れていく。
そして葉が浸るくらいになったところで入れるのを止めた。
「随分と少なめなのですね」
エレナの鍋を覗き込んだ騎士が言うと、エレナはそこも重要なポイントだと説明する。
「お水は少しずつ足すようにしているの。一度に足してしまうと、温まるのに時間がかかってしまうし、葉物野菜もその方が早く火が通るから」
「葉物野菜もですか」
サラダで食べられるので温めればいいと思っていたが、そうではないらしい。
柔らかくなるまで火を通す方がいいのだという。
「こうして色々入れておくと、肉や野菜の風味がスープに出るからおいしくなるのよ」
「それは楽しみですね」
ここにいる騎士たち誰もがエレナの料理の腕は知っている。
そのエレナがおいしくなるのだというのだから楽しみというのは素直な意見だ。
けれど、舌が肥えているだろう彼らを満足させられるものになるかどうかはわからないとエレナは言う。
「鳥の骨などがあればそれで出汁を取れてよりおいしくできるのだけれど、今回はないし、騎士たちもさすがに野営でそこまで悠長に料理をしている時間はないわよね」
同じような材料を使っているのならできるのはここまでだろうとエレナが口にすると、騎士は少しでも多く知りたいと食らいつく。
あれがおいしくなる可能性があるのなら、この方法で燃料が減るのなら、その代わりにおいしくできるものを持っていけるかもしれない。
それに孤児院でできることなら自分たちでもできるだろう。
それはぜひ知っておきたい情報だ。
「いえ、ぜひその方法もいつか!」
騎士の勢いにエレナは苦笑いを浮かべると、野菜に火が通ったのを確認して、再び水を足しながら言った。
「わかったわ。まずはこちらを食べてみてから次の方法を試すかどうかを決めてちょうだい」
「はっ!」
とりあえず拒否はされなかった。
今日は無理だと言っていたけれど、そのうち次があるかもしれない。
返事をしたのは会話をしていた騎士だけだが、様子をうかがいながら葉物野菜をちぎっていた騎士たちもひそかに期待する。
そんなことになっているとはつゆ知らず、エレナは調理を続ける。
「こうして水を足して、鍋の底から具が離れたら混ぜるのを止めても大丈夫よ。とりあえずこれで今入っている具が焦げる心配はなくなったわ」
水を足して具が浮いて混ぜたら全体に散るくらいになったところで、エレナがそう説明すると騎士はその鍋を覗き込んだ。
「なるほど」
確かに混ぜれば具が水の中を泳いでいる。
これならば水がなくならなければ焦げることはないというのも理解できる。
「なので少しずつ水を足してお湯の量を増やしていくわ。味を決めるための調味料はお湯の量が決まった最後に足さないと、水を足している間に決めてしまうと最後は薄味になってしまうから気を付けてちょうだい」
騎士の方も水を足して、次に葉物野菜を入れて火を通すところまで作業が追い付いてきている。
エレナは鍋に水を入れては煮立ったところに水を足すことを繰り返している。
その間も楽しそうに皆が大に並んで串を指しているのを見て、エレナはまだ作業が残りそうならやってみたいと口にする。
「こっちが終わったら私も挑戦しようかしら?」
挑戦という言葉を聞いたクリスは不思議そうな顔をしてエレナに尋ねる。
「エレナはやったことがないの?」
「ええ。前にこれを作った時も、私はスープを作っていたからほとんど何もしていなかったのよ」
前の串焼きの時は騎士たちがメインで作業をしてくれた。
まったくやっていないわけではないけれど、何本もたくさん作った覚えはない。
スピードを競うものではないが、自分が好きそうな作業だと思っている。
「エレナならすぐできそうだね」
子供でもできる簡単な作業だ。
エレナならすぐにコツをつかんでしまうだろう。
クリスがそう言うと、子供と女性がそれに同意した。
「姫様はお料理できるから、たぶん上手だよ」
「ですねえ。刺繍の針が本で、野菜と肉が布だと考えたら、刺したいところに正確に刺せる姫様はすぐできるようになりそうですよね」
女性たちもこの作業はあまりしたことがなかったけれど、感覚を掴めば簡単だと感じた。
もちろんそれは女性たちが普段から調理をしているからというのが大きいが、それはきっとエレナも同じだろうと思う。
ただ、切ったり焼いたり煮込んだりするのとは違って、形が壊れて串から取れてしまわないように注意する必要がある。
もちろん崩れたものが出たら、それらは全部スープの具にするつもりなので、無駄になることはない。
今作っているスープで温めるのが間に合わなければ、夜に回せばいいだけだ。
そんなことを考えて作業をしていたら、最初にいくつか失敗を繰り返していた子供も、すぐにできるようになって、無駄は出なくなった。
そのため失敗作を切るついでに、スープに入れる分を切ってしまうことにしたのだ。
それが先ほどエレナに渡されたものの正体だ。
けれどエレナなら、きっと最初から失敗せずにできるだろう。
女性たちがそんなことを思っていると、エレナは笑いながらうなずいた。
「刺繍に例えられるとは思わなかったけれど、ここでできなければ、今度調理場で練習してみようと思うわ」
とりあえず皆がやっていることだから自分も体験しておきたい。
ここでは役割があるのでできなくても仕方がないとエレナがそう言うと、キャベツから手の離れた騎士が言った。
「エレナ様、そちらは混ぜているだけでいいのでしょうか?」
その質問をエレナは肯定する。
「しばらくはそうね」
「でしたら私が代わりますから、クリス様とご一緒されては?」
本当はここから彼が串刺しの手伝いをすることになる予定だったが、別にそこまでこの作業が好きなわけではない。
むしろエレナが作った鍋の中身の方が気になる。
だから混ぜる担当を名乗り出たのだ。
「いいの?」
エレナが再度聞くと、彼は再び肯定する。
「もちろんです」
むしろ歓迎ですと騎士が付け加えると、エレナは申し訳なさそうに代わりを頼んだ。
「わかったわ、何本か挑戦したら、ちょうど調味料を入れるころ合いになりそうだし、お願いするわね」
「かしこまりました」
そうしてお玉を騎士に渡すと、エレナは作業台に向かうのだった。




