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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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歓迎

話がまとまると、早速クリスは馬車から顔をのぞかせ、一人の騎士に指示を出した。

内容はさっき馬車の中で話をしていた庭での配置についてである。

騎士曰く、模擬戦を行う際、椅子などを用意する予定はないが、見てもらう人たちの位置をある程度決めてしまうことはできる。

トラブルがあった時、集まった人たちを誘導したりすることもあるし、素直に聞いてくれる彼らなら、理由を話せば積極的に協力してくれるだろうと前向きな回答だった。

クリスが馬車の中からそんな話を騎士と共有している間に、馬車は孤児院へと到着した。



孤児院に到着すると、院長だけではなく、子供たちから女性たちまで総出で出迎えられた。

エレナたちが馬車を降りる前から、周囲を護衛している騎士たちを見て、子供たちが興奮している。


「本物の騎士様がいっぱいいる」

「かっこいい!」


いつもより大きな馬車が来たことに加えて、たくさんの騎士が護衛している様子を目を輝かせて子供たちは見ていた。

エレナたちが訪問する前までだったら、馬車が来ると部屋に閉じこもったりする子が出たりするほど嫌われていた貴族だが、エレナといつも一緒に来る貴族の騎士たちのおかげで、そこまでの拒否反応はなくなっていた。

もちろんエレナが特別なだけだが、エレナが定期的に訪問している孤児院ということもあって、見学に来る貴族が前ほど横柄な態度をとることはなくなったのも大きい。

今では院長がいち早くエレナのところに飛びついていこうとする子供たちを抑えるのに必死なくらいだ。

今日は出迎えなので、小さな子供たちは手元に置いていたが、少し大きな子供たちにまでは手が回らなかった。



「いつものお兄さんも今日はお馬さんに乗ってるね」

「お馬さんおっきい!」


遠くから見ていた子供たちが、見慣れた人物を見つけたと、自分のもとへ駆け寄ってこようとするのを見て、いつものお兄さんと言われた騎士は馬から飛び降りた。

そして子供たちを制する。


「こんにちは。お馬さんの前に急に出てきたり、近くで大きな声を出したりしたら、お馬さんがびっくりして、皆が怪我をしちゃうかもしれないから、少し離れていてね。興味があるなら後で触らせてあげるから」


彼がそう言うと、子供たちは馬ではなく彼の方に駆け寄って飛びつく。


「ほんと?」

「触ってみたい!」


そんな子供たちの頭を撫でながら彼は子供たちを落ち着かせる。


「それは後でね」


彼がそうして子供たちの相手をしている間に馬車のドアは開かれる。

最初に降りてきたのはケインで、次に手を借りて降りたのはエレナだ。


「あっ!姫様だ!」

「ひめさまー」


その声を聴いたエレナは、院長たちのいる所に歩いていく。

そこまで行くと、小さな女の子がスカートに飛びついてきた。


「みんな元気そうでよかったわ」


エレナが何事もないようにそういうと、スカートに顔をうずめていた女の子がスカートをつかんだままエレナを見上げた。


「うん!姫様がいない間も、みんなで頑張ったんだよ!」

「勉強の時間が楽しみだわ。後で紹介するけれど、今日は私の先生にも来てもらったの、前に一度来たことがあるのだけれど……」


とりあえず子供につかまったままのエレナは身動きが取れないので、そのまま馬車の方を振り返る。

すると、あとから降りてきていた先生が少し後ろでその光景をほほえましいといった様子で眺めていた。


「こんにちは。よろしくお願いしますね」


こちらに視線が集まったと悟った先生が自らそう挨拶をすると、院長と一緒にいた男の子がその顔をじっと見て思い出したと言わんばかりに大きな声を出す。


「あー。姫様が最初に来た時に後ろについてきてた人だ!」


院長が慌てて制しようとするが、声は出てしまった後だ。

院長が先生の方を恐る恐る見ると、先生の方は微笑んでいるだけだった。


「覚えていてくれて光栄です」


先生が男の子にそう言ったこともあり、院長は密かに胸をなでおろす。

このままでは心臓がいくつあっても足りなそうだ。

院長は不安に思っているが、子供たちはいつもの通りと言われていたこともあって、本当にいつも通りに振るまっている。


「この人が姫様の先生なの?」


女の子に聞かれたエレナはうなずいた。


「そうよ。私があまり来られなくなってしまったでしょう?最初は復讐の時間も必要だと思ったし、ゆっくりでもよかったけれど、皆たくさん頑張ってくれているし、もっとたくさん勉強しても大丈夫になったはずよ。それで、私が来られない間も皆の勉強が進められるように、私の先生に協力してもらうことにしたの」


エレナが改めて私の先生ですと、院長と周りにいる女性や子供たちに紹介すると、女性は不安そうに申し出た。


「あの、私たち……、先生が姫様だから勉強を続けてこられたと思うんですよ。私たちに合わせて、どんなにできなくても、一文字ずつ文字を教えてくれて」


前に勉強を教えようとした人が挫折した理由は院長から説明されている。

だから騎士になれそうな子で、勉強を根気強く続けられる子しか文字を教えてもらえなかったし、勉強する機会を与えられなかったことも理解している。

逆にそんな自分たちに、ここまで根気強く教えてくれたエレナには感謝しかない。

でもそれはエレナだからできたことではないのかと思う。

先生というくらいだから多くの生徒を持っているだろうし、特にその相手が貴族ならば、自分たちとの差は歴然だ。

きっと自分たちは生徒の中でも出来の悪い部類になるだろう。

そうなったら呆れられてしまうのではないか。

また途中で放棄されてしまうのではないか。

女性は先生が変わることにそんな不安を覚えたのだ。



不安そうにしている女性たちにエレナは言った。


「そうね。最初は誰でも大変だと思うわ。前は絵を楽しんでいた絵本だって、今の皆は文字を読んでお話を楽しめるようになったでしょう?」

「孤児院にあるものは、一応」


人によってはエレナが孤児院に送った物語を読める者も出てきていると聞いている。

教えていない文字も入っているはずだが、それができているということは自習ができるということだし、他の勉強に入っても大丈夫ということだ。

そもそも文字の読み書きは基本だけれど、それは勉強の一部分にすぎない。

それができるようになったのだから、仕事に必要なことを学びながら文字を覚えていく方がいいはずだ。

自分だって、日常で困ることはないものの、いまだにすべての文字を完璧に覚えているわけではない。


「ならばそろそろ、次の段階に進まなければいけないわ」

「次の段階?」

「ええ。だって皆はお勉強をして仕事ができるようになりたいのでしょう?そこに私はついていけないし、職場ではきっとそこにいる人が仕事の先生になると思うの。だから違う先生から教わる練習だと思ってくれたらいいと思うわ。それに、私が皆に教えてきた勉強方法は、先生にもたくさんアドバイスをもらったものなのよ」


文字の読み書きがやっとの段階で次と言われても困る。

確かに騎士になるために勉強していた子の本は分厚くて、それを理解して試験に合格できないと騎士になれないのだと後から教えられたけれど、他の仕事をするためにもそのような勉強が必要ということなのだろうか。

自分たちはいつになったらそこに至れるのか。

彼女たちは思わず顔を見合わせたのだった。

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