五人での訪問
そうして迎えた孤児院訪問の当日。
早朝から先生に来てもらい、一度合流した上で、全員を乗せた状態で馬車は孤児院へと向かうことになった。
先生は最初の見学の時と同じように動きやすい服装で、エレナはいつも通り、クリスはさすがにあまりの軽装というわけにはいかないものの、エレナと似たような格好をし、ケインとブレンダが騎士服である。
そのため、同乗しているケインとブレンダが三人の護衛のように見えるが、今回は彼ら全員が護衛対象として扱われることになっている。
「やっぱりちょっと仰々しいよね」
「そうね」
普段クリスがエレナを見送っている状況と明らかに違う。
そんな馬車移動の様子を外に感じて、クリスが思わずつぶやくと、エレナも苦笑いを浮かべた。
確かにこれをみたら院長が驚いてしまうだろう。
連絡はしているけれど少し不安になるところだ。
「エレナ様、子供たちは騎士に憧れを持っているんでしたよね」
外の騎士を気にしながらブレンダが尋ねると、エレナがそれに答えた。
「ええ。そうだと思うわ。孤児院出身の騎士が自分たちを守ってくれたり、自分の収入からお土産として食料を提供したりしてくれているから、自分もそうなりたいって思っているという話を聞いているわ」
エレナの答えを聞いたブレンダが無言でケインに視線を送ると、ケインも同じ質問に答える。
「そうですね。私も同じように見ています。それと、彼らは基本的に騎士に対しては尊敬の念をもって接してくれます。はしゃいで飛びついてきたりしますから、礼儀はなっていないと言われるかもしれませんが、好意的な側面が大きいので、嫌な印象は持たないと思います」
貴族の子供ならば、いきなり大人の足元に飛びついてきたり、スカートを引っ張ったり、しがみついてきたりはしない。
そういうことをすれば貴族社会ではマナーや教育がなっていないとされてしまうので、そういった行動をする間、子供たちを社交の場に出すことをしないからだ。
けれど彼らはそういう子供らしいことを普通に行う。
だから貴族然とした子供に理解の薄い貴族は孤児院へ派遣するのは難しいのだ。
「そうなんだね。今回の騎士たちは基本的に平民出身、またはその生活をよく理解している者、子を持つ親から選んでみたんだけど、問題ないかな」
クリスが人選の基準を伝えると、ケインがうなずいた。
「子供は子供です。教育の違いで育ちが変わるだけで、その前の子供は皆活発なものだと思います。少なくとも彼は子供に慣れていると言って、積極的に交流していました。もしかしたら彼をまとめ役につけるのが適任かもしれません」
そう言って窓の近くで馬に乗るルームメイトをケインが指した。
クリスはその相手を認めるとそれを受け入れる。
「それはいい案かもしれないね。騎士たちが子供との接し方に戸惑うようならお願いしようかな。模擬戦のメンバーは最初から関わることはないだろうし、食事の準備にどのくらいの人員を割くのがいいのかはちょっと計りかねているんだけど、そこはケインやブレンダの方が分かるかもしれないからお願いするね」
「はい」
料理はエレナが担当しているので、本来ならばエレナが采配を振るうところなのだろうが、今回は人数も多く、騎士たちの調理能力が分からない。
それらを知るのがケインとブレンダだし、作るものも騎士団が作っているものを基準とするので、騎士の中の調理担当に関しては騎士団に一任することになる。
けれど孤児院から提供される材料で串焼き以外のもの、スープについてはエレナがいつも通り作る予定だ。
「私はお料理とお勉強の担当だし、今日は先生も一緒にお料理に参加してくれるというから、そちらに参加すると思うわ。料理も模擬戦も庭で行うのなら、料理をしていてもブレンダの勇姿は見られるわよね」
模擬戦は騎士たちが能力を見せるというのもあるが、女の子でも騎士になって活躍できるというところをアピールするのを目的で提案されたものだ。
そのためブレンダが模擬戦に出ることは決定事項となっている。
せっかくだからエレナもじっくり見たいところだが、模擬戦は時間がかかるし、調理もいつもより大人数分のものを作らなければならないため、いつもより時間がかかる。
最初は模擬戦の後に調理を開始して、いつも通り食事をとった後、勉強に入る予定だったが、それだと孤児院に早くから行くことになってしまうし、そこで孤児院の皆の時間を使ってしまうと、彼らの手仕事の作業時間を削ることになってしまう。
そこで、場所が一緒ならば模擬戦と調理は同時に行うのがいいだろうという話になったのだ。
そしてエレナの希望は調理をしていても試合は見たいということだ。
ケインとブレンダは模擬戦の状況を考えて顔を見合わせた。
答えは一致している様子で、声に出したのはブレンダだ
「人に囲まれていなければ見えると思います」
その言葉を受けて、クリスがまとめる。
「そこは見学の場所を配慮して、調理しているところからも見えるようにしようか。孤児院の女性たちも調理を担当するんでしょう?」
「ええ」
「そうですね。それならばそういう配置にした方がいいでしょう」
騎士たちは孤児院皆の憧れだ。
彼らの模擬戦を見る機会など、一般庶民でもめったにない。
それを皆のために調理をしていたから見られなかったという人が出るのは不公平だ。
女性たちで文句を言う人はいないだろうが、残念に思う人はいると思う。
エレナや騎士たちなら望めば見られるものでも、彼らにとっては貴重な機会である。
クリスが配慮に配慮するよう伝えると言うと、エレナは満足げにうなずいた。
「とりあえず他に気になるところはないかな。今の話だけ騎士側に伝えればいい?」
「問題ないと思います」
四人の話はまとまった。
しかし馬車にはもう一人乗っている。
「先生は何か……」
クリスが先生に話を振ると、彼女はすぐに首を横に振った。
「いいえ。皆様しっかりなさっておいでですから、私から申し上げることはございません」
家庭教師として見守って来た生徒が大人になったことを嬉しく思う。
クリスもエレナも周囲に気を使える良い為政者に育っている。
本当はそう言いたいところだけれど、それを彼らに伝えるのはここではない。
そのため先生は控えめに一言だけ伝えて微笑んだのだった。




