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花嫁修業

クリスとケインが学校に行っている間、エレナは家庭教師に勉強を教わっていた。

家庭教師がついていたのはクリスだけではなかったのである。


「聞いてもいいかしら?」

「なんでしょう?」

「あなたも学校に通っていたことがあるのでしょう?」

「はい。もちろんでございます。学校で勉学を人より多く学んでまいりましたからこそ、こうしてエレナ様や他の者たちに勉強を教えることができるのでございます」

「じゃあ、学校というところがどういうところなのか教えてほしいの」


ケインは同じ年齢の人が集まって勉強をすると言っていたが、勉強をするだけならば家に家庭教師を呼べば済む話である。

家庭教師なら時間に融通も利くのにわざわざ学校というところまで時間をかけて足を運ぶということが理解できなかった。

さらにその学校という場所にクリスやケインと過ごす時間を奪われていることが納得できない。


「クリス様が通い始めましたからね。気になりますか?」

「ええ、あまり離れていることがなかったから寂しいわ」


本当は毎日帰ってきてから夜まですごす兄よりもケインと話す機会が減ってしまったことの方が寂しいと感じていたが、あえてケインの名前は出さずにエレナは返事をした。

すると家庭教師はその答えに納得したのか説明することを快諾した。


「そうでございましょう。では今日は学校というところに着いてお話しましょうか」

「お願いするわ」


こうして家庭教師は学校という場所について説明することになった。

同じ時間を同じ場所で共有することの大切さ、共同で何かを成し遂げることの意味、これから先、貴族社会で必要となる人間関係の構築など、家庭教師が個別に学習させるだけでは得られないことがたくさんある。

そして学校に行っていないと進学することができないため、研究などをする仕事をしたい人やよい仕事を得たい人は必ず学校に通わないといけないという内容である。

それを聞いてその場にいられないことをますます悔しいと感じたエレナだが、年齢だけはどうしようもならない。


「学校というのは、家にいるだけではできないことがたくさんできるところなのね」

「そうでございます。ですから、寂しいかもしれませんが、ここはどうか我慢してください。そうですね……、あとは、今のうちに学校ではできない勉強を先に済ませておくというのもいいかもしれません。女性は学校が終わってからもご家庭で教養を学ばなければならないと言っているのを聞いたことがありますから、そういうお勉強の予習などはいかがでしょう。そうすれば学校にいられる時間が長くなるかもしれません」

「そうなの?その方たちが学んでいるのはどのようなお勉強なのかしら?」


花嫁修業の説明など、学校で女子生徒たちが雑談していた話を聞いただけで説明できるわけではない。

ここで話を終えられると思っていた家庭教師は、どう続けようか迷った末、思い出したように花嫁修業の話を始めた。


「学校で学ぶこと以外にも花嫁修業という名前で貴族女性が学ぶ教養が多くあるようです。しかしそれらは基本的にご家庭の中で行われるもので、学校では行われません。花嫁修業は素敵なレディとしての嗜みだと女性たちが話しているのを聞いたことがありますが、私が学校で聞いたのはそこまででございます。学校の授業にはありませんので……」


素敵なレディという言葉にエレナは反応した。

クリスにもケインのために素敵なレディにならないと、と言われている。

ケインに相応しくなるためには、少なくとも学校以外で覚えなければいけないことがあるということだ。

学校には年齢が達していなくて入学できないが、家庭内でできることならここでもできるかもしれない。

エレナが家庭教師に花嫁修業について詳しく聞きたいと迫ると、彼は申し訳なさそうに言った。


「花嫁修業について聞きたいのなら既婚の貴族女性に聞くのが一番でしょう。ご自宅で何をされていたのかとか、相手の家で何を学ぶように言われたのかとか、そのようなことは男の私には教えてもらえないものですから」

「そう、今度聞いてみることにするわ。それにしても、男性が主なのに家のことで教えてもらえないことってあるのね」


エレナの素朴な質問に、家庭教師は言葉を詰まらせた。

花嫁修業は夫の母親と嫁の戦場となることが多く、彼の家も例外ではなかったが、その戦に巻き込まれないよう、あえてその話題には触れなかった。

そして母にも嫁にもプライドがあるのか、その話題を男性たちのいるところでは一度もしたことがない。

そうこうしているうちに時は流れ、いつの間にか母と嫁は上手く家をやりくりするようになっていた。

喧嘩をする姿も、言い合いをする姿も見たことはなかったが、きっと見えないところでは双方大変なことがたくさんあったに違いない。

むしろそれを乗り越えたから二人は上手くやれているように思うが、特に生活習慣を変えるように矯正された嫁には苦労をさせてしまったに違いない。


「言われてみればそうですね……。もしかしたら私が、嫁がどのような苦労をしたのかということから、目をそむけていただけかもしれません……」


そうつぶやくと、なぜか深く考え込んでしまった家庭教師にエレナは言った。


「そうね。今日は奥様に感謝の気持ちを伝えてみてはどうかしら?お花を買って帰るとか。自分のこととして伝えるのが恥ずかしいのなら、授業でそういう話になって、私に持っていくように言われたと伝えても構わないわ。お花は記念日より少し小さいくらいがいいのではないかしら?」

「では、お言葉に甘えて、そのアイデアをいただいて帰りたいと思います」


家庭教師は授業を終えると花屋に寄るからと足早に帰っていった。



後日、彼はエレナに花を買って帰った日の話をした。

エレナにお礼の品などを渡すことは制約があるため許されない。

そのため授業中の雑談という形になったが、エレナに感謝の意を伝えたいからと教えてくれたのである。

家庭教師がその足で向かった花屋で、エレナのアドバイスを伝えて嫁に渡す花だと相談すると、その話を聞いた花屋の女性が嬉しそうにラッピングしてくれて、いい旦那だと褒められた。

花を持って帰ったら、突然花を抱えて帰ってきた夫を迎えることになった嫁は、最初とても驚いていたが大変喜んで受け取ってくれた。

それを見た母親は複雑そうな顔をしていたが、エレナのアドバイスだと伝えると、母親も嫁も納得したらしくその場が丸く収まったという。


「私があなたのお役に立てたのならうれしいわ」

「はい。とても助かりました。ありがとうございました」


一番助かったのはエレナの助言と伝えることで、母と嫁が揉めなかったことだと言うことを、彼はあえて伝えなかったが、感謝の言葉にその思いを込めて頭を下げたのだった。

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