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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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駆け引きの時代への転換

「殿下の頭脳が明晰でよかったとしか言えませんね。そうでなかったら、戦争のないこの先の未来が暗いものになっていたことでしょう」


戦争になど行きたくないと言いながら、戦わなければならなかった者たちの方が多いはずだ。

にもかかわらず、いざ戦争のない世界が訪れれば、功労者には暗い未来が待ち受けているという。


「そうか。そうだとすると皆はなぜ、戦になどでなければならぬのだろうな。死にたいわけではなかろうに」


生き延びたいのなら、戦争になど行かない方がその確率は高い。

なのになぜ、率先して国を守るために戦いに出ていたのか。

地位や名誉が欲しいとか、家族を守るためという大義名分はあるかもしれないが、それも命があって活かせるものだろう。

殿下が肩をすくめるようなしぐさを見せると、側近が冷たく言う。


「それが国内で安定して生きる術だからですよ」


戦争が続いているせいで、主な仕事が戦時関連に偏ってしまっていた。

特に危険が付きまとう戦場に出る仕事をすれば高給取りになれる可能性が上がる。

戦時下は物価が不安定なので、商品を手に入れるためには多くの金を持っている必要があるから、皆がそこを目指すのは当然だ。

特にお金に困っている者が、能力さえ認められればのし上がれるとわかると、よりそこに拍車がかかった。

皆がきれいごとで生きているわけではない。


「そういうものか」

「そういうものです」


国が戦争下にある以上、国内外どちらにいても巻き込まれる可能性がある。

だから皆が自分の身を守れるよう、武に重きを置いたのだが、彼らが目指したのは強さの先にある財だったらしい。

結果、国としては多くの勝鬨を上げることになったのだから問題はないと思っていたが、武力で財を成せなくなると命の安全と引き換えに生活が困窮するという。

けれど本当にそうなのかと殿下は首をひねる。


「だが、戦争が終結したら国が勝手に変わるわけではないからな。戦争があろうがなかろうが、国を良き方向に導くのが我々の仕事だ。戦争が不幸を呼ぶものであるのに、戦争がなくなった未来が暗いというのは皮肉だな」


戦争には長けているけど他にはできることがない、そう考えている者が多いということだろう。

だが実際はそうではないと殿下は続けた。


「戦も戦略なしに動いていたわけではあるまい。情報戦も多かっただろう?」


情報戦はまさにこれから先、平和になればなるほど駆け引きに必要な材料となる。

これまでの戦略は、相手の頭をどう落とすか、どう屈服させるかということに重きを置いていたが、これからはこちらがどうすれば優位に立てるのかに切り替えるだけだ。

そのくらいの変化は許容できるのではないかと殿下は考えている。


「つまりこれからは、戦術のために使っていたその知恵を、別の方に向けてもらうだけだ。素地がないわけではないからな」


これまで戦術という頭脳戦を行っていた者たちに、これからは国家間の取引部分でその知恵を使わせればいい。

これまで頭を使ってきた者たちなのだから、新しい方針にも対応できるだろう。


「それに諜報や情報は駆け引きには欠かせない。集めてくる情報の種類が変わるだけで、やることが大きく変わるわけではないだろう」


これまで諜報をしていた者たちは、集める情報の主軸が変わるだけでやることは大して変わらないし、仕事はそのまま続行させるだけだ。

彼らの仕事はこれまでも依頼内容に対する情報収集であり、その報告のままなのだから、不安に思う理由などないはずだ。

強いて言うなら、戦争がなくなったらそういう職務がなくなるかもしれないことを懸念している可能性だが、情報に長けた者が、そんな理由でこの職を無くすという判断になると考えることはないと思われる。

そこまで言うと、側近は首を横に振った。

一番人口の多いであろう騎士たちの職務について触れられていないからだ。


「ですがそれを不安に思う者が一定数いるのも事実です。おそらくついていけず、置いていかれる者もいるでしょう」

「わかっている」


もちろんそれも考えている。

実際、戦争のないこの国ですら騎士という職が存在しているのだ。

残せないことはない。

ただ、自国においては騎士と呼ばれる人口比率が異常なほど高いことも承知している。

なので全員が騎士という立場で職に就けるわけではない。

だが、これまでの功労者を無碍に扱うつもりはないので、新しい雇用を生み出すつもりだ。

本当はそのためにエレナのような人間の知恵を借りたいと思っていた。


「その結果、この先しばらく国内が混乱することもありましょう」


騎士であることを誇りとしている彼らからその称号を奪うことになる。

仕事を変えるというのはそう言うことだと側近が伝えると、殿下はそればかりは仕方がないだろうという。


「そうだな。だが、未来を提示することはできるぞ?それに、もし仕事がないから騎士を目指した者がいるとしたら、騎士を辞めても生活もできる仕事が創設されるのはありがたいことではないのか?」


目の前の戦闘に追われて、先のことなど考える余裕のなかった者たちからすれば、いきなりすることがなくなって途方に暮れているというのが現状だ。

今はまだ終わったばかりで、戦勝ムードもあって、一時の休暇といった空気が強いが、時間が経って現実に引き戻された時、何が起こるかわからない。

そこに殿下は先んじて一手を打つという。


「戦の世で、終戦のその先について考える余裕などありませんでしたからね。あなた様くらいでしょう。戦後処理以外の戦後についてお考えだったのは。残念なのはそのお考えが国内に広まっていないことでしょう」


市井のムードだけではなく、戦後処理という仕事もある。

だからまだ、収められているだろうが、戦後処理を始めたら現実と向き合うことになるので、落ち着いた時点で失職への不安が勝るのは間違いない。


「私がこれから先を示すことで国が荒れぬのならよいではないか。できるだけ多くの選択肢を与えられるよう努めるつもりだ。せっかく外との戦争が終わったのに内乱が起きても面倒だからな」


終戦はどこへ行ったと、他国から笑いものにされかねないし、内戦が起きれば、そのすきをつけるのではないかと考える国が出てこないとも限らない。

そうなっては戦時下に逆戻りだ。


「殿下たちをお招きするにしても、それではよろしくないでしょう。とりあえず帰国してからはお迎えする準備を整えると思って政務に励んではいかがですか?公の場で安全を宣言なさったのですから、失敗すれば国の沽券にかかわります」


この国は居心地がいいだろうが、もう遊びは終わったのだし、早いうちにやった方がいいことがあるのなら、早く帰国するべきだと側近が言うと、殿下はため息をついた。


「それしかなさそうだな。沽券などどうでもいいが、迎え入れる殿下方の安全は優先しなければならん」


まだ日程調整すら行っていない先の話だが、情報として表に出した以上、実現に向けて動かなければならないのは間違いない。

けれど、こうした明確な目的があった方が何を進めるにしても団結しやすいはずだ。

しかしまずは、戻って戦後処理を行うところからになるし、取り掛かるのはその後になるのだから、側近の言う通り、早く帰って戦後処理を終わらせてしまうしかないのだろう。

しばらくは退屈だが、その分ここで遊んだのだから仕方がない。

殿下はそんなことを考えて、思わず鼻で笑うのだった。

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