型にはまった雑草
「相手を取り押さえたりはしなかったぞ。これでよかったのか?」
勝手が違うこともあってやや消化不良気味だと殿下がそう口にすると、騎士たちは頭を下げた。
「ご配慮に感謝いたします」
「そうか」
騎士たちがお礼の言葉を口にしたため、殿下は間違っていなかったのならいいと、一旦うなずいた。
けれどすぐ、眉間にしわを寄せる。
「しかし奴らが謀反を企んでいたことは明らかだろう。クリス殿下にうまく育てればいいとは言ったが、野放しでいいとは思わんぞ?」
クリスには育てて管理しろ、うまく使えと言った。
確かにあの感じならば、放置しても自由奔放、伸び放題にはならず、勝手に一定の枠に収まり、さほど大きく成長することもなさそうだが、それでも成長しないわけではない。
管理するなら一定以上に成長しないようにすべきだろう。
整地するか、放置するかというのは極端な気もするが、優先順位があるということらしい。
「問題ありません。殿下も察している通り、あくまで彼らは悪知恵を働かせることはできますが、大きな謀反を起こせる器ではありませんし、武力に関しても、我々騎士団で対処可能と考えております」
成長速度が遅いので放置していただけで、特性は把握していると彼らはいう。
自国ではないし、考えがあるというのならそれを見せてもらうのも悪くはない。
これまでは甘いと思っていた考えであろうと、この先、必要になることかもしれないからだ。
「そうか。ではクリス殿下のお手並みを拝見といったところだな」
殿下がそう言って口角を上げると、騎士たちは気まずそうに言った。
「殿下の納得いく対処にはならないかもしれませんが……」
彼の国がこれまでどのような対処を行ってきたのか、話には聞いている。
実際に見てはいないが、この国とやり方が違うということだけは間違いない。
わざわざ出向いて手を煩わせたにもかかわらず、結果に満足いかなければ、それがこの国への不満となるかもしれない。
その結果、国同士が違えることになっては困る。
騎士が慮ってやんわりと事前情報を伝えると、殿下はそれを鼻で笑った。
「それがこの国のやり方なのだろう。それを知るのも悪くはない」
殿下が気にすることはないぞと付け加えると、騎士たちは安堵して続けた。
「我々が行うのは力による制圧ではなく、社会的抹殺となるかと思います」
この国は体裁や名誉を重んじる傾向にある。
彼らには貴族としての矜持があるので、最終的にはそこを完全にへし折ることになるだろう。
プライドが高ければ高いほど、効果の高い制裁方法だ。
そして彼らには、この程度で命を絶つほどの勇気も矜持もない。
底辺に落ちようが、機会をうかがって這い上がろうとする狡猾な人間だ。
「それではきれいに整地されてしまいそうだな」
社会的抹殺という言葉を聞いた殿下がそう言うと、騎士は首を横に振った。
「そうかもしれませんが、死刑にするわけではありませんので」
「なるほど」
最終的には雑草として駆除されてしまうことになるらしい。
けれど彼らは生存しているのだし、あくまで貴族社会から抹殺されるだけで、国から追い出されることもない。
居心地が悪くなった結果、彼らが勝手に出ていくことは考えられるが、それは自由だ。
彼らが自分たちの邪魔にならなければどこで存在しようと関係ない。
「ああいった者たちはしぶといですから、とりあえず生かしておけば何かしら動きを起こすものでしょう。往生際だけは悪いものと思いますので」
彼らがその往生際の悪さを、生きるために使うのか、復讐するために使うのか、どこに使うかは不明だ。
少なくともしばらくは生きるのに精いっぱいという環境になるだろうから、変な人間と結託しない限りいきなり事件を起こしたりはしないだろう。
そこについては監視をすることになると思うが、基本的に放置だ。
「彼らのことはそちらの方が多く情報を持っているだろうし、判断にとやかく言うつもりはない。しかしこう聞いてみると面白いものだな」
これまで重用してきたのだから、それなりの能力を有している者たちのはずだ。
それを叩き直すわけでもなく、バッサリと切り捨てることができるというのは、それだけ良い人材を多く抱えているからできることだろう。
それが長く戦争の続く国とは違う点だ。
こちらでは優秀な人間がそれなりに戦地で活動することになるから、当然命を落とす確率も高くなる。
それは文官や軍人だけではなく、市民も同じだ。
だから戦争で失った部分を補えるだけの人材を即席で作る必要があった。
とりあえず人を集めて、それらを使えるところで使う。
その調達先は生き残った敗戦国の民になることも普通だ。
同時にそこで結果を残せないもの、害になるものは切り捨てる。
でもあくまで、すべては管理下で行われるもので、彼らのようにい自由を与えることはしない。
これは小国だからこそできることだろう。
逆に自国で試すことができない方法を見ることができるかもしれない。
邪魔をするのは無粋だが、結果は教えてもらいたいところだ。
殿下はそれ以降口を開くことはせず、考えを巡らせながらおとなしく馬車に揺られたのだった。
そうして客室に戻った殿下は騎士たちと別れるなり目を細めた。
「殿下、つまらなそうな顔をしても状況は変わりません」
表向き、騎士たちには問題ないと言ったが、殿下としては思うところがあるらしい。
それを察した側近が言うと、殿下は椅子に座ることもせず、すぐに客室から出ようと動き出す。
「そうだな。クリス殿下のところにでも顔を出してくるか」
休む時間など必要ないと殿下が言うと、側近はため息をついた。
「本当にお暇なんですね。これから先が思いやられます」
今頃、一緒に戻った騎士がクリスのところで報告を入れているはずだ。
それを邪魔するのはよくない。
側近に諭された殿下は、仕方がないと、彼の言うことを受け入れておとなしく椅子に腰を下ろした。
「そうだな。なんだかんだで私も戦のある環境に染まってしまっているようだ。何もしないのは落ちつかん」
常に気を張っていることが当たり前で、休んでいることに少々の罪悪感が伴うこともある。
当然休む時に休まなければその気力も続かないので、休まないわけではないのだが、そういう時は泥のように眠ることが多い。
だからこうして、体力も気力もあるのに何もしないということが、不安を生むのだ。
側近も周囲の者も似たような生活をしてきたのだから納得できる部分はある。
けれど皆が殿下のようにできるわけではない。
ついていく方の身になってほしい。
側近はそんなことを思いながら、これで自分も一息つけそうだと安堵するのだった。




