サプライズ
殿下の滞在から数日。
発表は予定通り行われることになった。
王宮内で連日、殿下と一部の護衛や侍女たちだけのいる応接室で会っていることが、事実を知らされていない者達の耳にもすでに届いていた。
誰が流しているのか分からないが、一緒にいるところを見かければ、事前の噂もあり、一般の貴族たちがそう誤認するのは必然だろう。
その状況下での婚約発表となる。
この先、この発表を聞いた貴族たちがどう動くのか、その動向に注意が必要となるし、王宮内の中でもケインの敵が増えることを覚悟する必要がある。
貴族たちが会場となるホールに集まる中、控室には、王族一同に加えて、ケインと両親、そしてブレンダと、場違いなはずなのに馴染んでいる彼の国の皇太子殿下がいる。
当然、各々の護衛たちも同じ部屋に控えているのでかなりの大所帯だ。
ケインの両親は挨拶に来ただけなのですぐに会場に戻ると言うが、ケインは正装をしているものの、最初はエレナの護衛騎士のような体で最初は壇上に上がることになっているためここに残ることになっている。
「今回はこのような席に招待してもらって感謝するぞ」
呼んでくれとわざわざ言ってきたのは殿下の方だが、あからさまにそれをいう訳にはいかない。
エレナがきちんと招待状まで送っているようだから、今の彼は押しかけに近い形であっても客人だ。
「いいえ、こちらこそご協力に感謝します」
クリスが微笑みながら無難に答えると、殿下は久々に顔を合わせる国王夫妻にも気さくに声をかける。
「両陛下も息災そうで何よりだ」
姿を見ることがなかったが悪い話も聞いていない。
忙しいのだろうと思っていたがこうして顔を見られて安心したと殿下が言うと、国王が先に感謝を述べた。
「おかげさまで。当初は隠れて準備をすることに戸惑いはあったようですが、ここまできて邪魔に入られることがなかったのは幸いで、殿下にも尽力いただいたとクリスから聞いています」
「そうか。しかし少々まどろっこしい国だとは思っているぞ?」
本人たちの幸せより、効率化より、体裁を整える方に尽力しすぎではないかと、文化が違うため彼がそう感想を述べると、王妃がクリスに似た頬笑みを浮かべながらそれに応対する。
「そう言わないでください。殿下のおかげだということは理解しています。ご協力に感謝しておりますのよ」
クリスに似た仕草で答える王妃の言葉を受けて、殿下は笑った。
「私はこれから見られるであろう、皆の驚く顔が楽しみだ。是非私からも祝辞を述べさせてもらいたい」
殿下がそう言って部屋の中を見回す。
全く緊張感がないのは殿下だけで、エレナもケインも軽口を叩いている余裕などない様子だ。
そしてクリスも、この先の対処について考えを巡らせているのか、口数が少ない。
けれど彼らは、表に出ればいつも通り振る舞うのだろう。
自分は高みの見物を決め込み、祝辞を述べる場を得る。
そこでの発言で彼らも含めてどれだけの者達が驚きを露わにするか。
おそらく自分の発言はあらゆる方向から彼らの役に立つはずだ。
ここまでする義理はないのだが、こんな面白い場に呼んでもらったのだから、そこに報いよう。
殿下が発表の構想を頭の中に描いていると、外から声がかかった。
「お時間です」
自分たちが入場する時間が来たようだ。
会場にかなり人も集まっている。
入場するよう合図をもらった皆は顔を見合わせ、家族となる者たちは心を一つにする。
そしてその様子を見守っていたケインの両親は静かに会場へと戻っていった。
その様子を殿下は微笑ましいものを見るように見守るのだった。
最初に壇上へと姿を現す形で入場したのは国王夫妻だ。
場内は彼らが姿を見せると歓談の声が止み静かになる。
そこにブレンダを伴ったクリスが並び、続いてエレナに付き添う形でケインも一緒に壇上へあがる。
賓客である殿下は壇上にいる王族たちから招かれる形で最後の登場となった。
いよいよ発表だ。
注目の集まる中、国王が挨拶の言葉を述べた。
「此度は忙しい中、この場に足を運んでくれたことに感謝する。今日は彼の国から殿下も足を運んでくれている。殿下はこの先もこの国との行きたいと仰せだ。積極的に交流を深めて貰えればと思う」
国王の言葉で注目は殿下に向く。
殿下はこのように注目を浴びるのには慣れているのか、ゲストの意識が強いからなのかは不明だが、会場をしっかりと見据えている。
「今日は、事前の案内の通り、エレナの婚約者が決定したことに伴い、その相手になる者を正式に発表することとなった。エレナ、前に来なさい」
「はい」
父親に中央に出てくるように言われたエレナはそれに従って前に出る。
すると会場の視線がエレナに移った。
しかしエレナは堂々としたもので、その立ち姿は威厳すら感じさせるものだった。
「エレナと婚約をする運びとなったのは、これまで長きに渡り、我々に忠誠を尽くし、支えてくれた者。現在エレナの護衛騎士として王宮騎士団に在籍している彼だ。ケイン、来なさい」
「はっ!」
ケインが前に出て、エレナの横に並ぶと、予想を外した貴族たちがざわめき出した。
かなりの数が近くにいる貴族たちと会話をしている様子から、大多数が相手を殿下だと認識していたことがうかがえる。
王族側としては狙い通りだが、このままにしておくわけにはいかない。
国王が彼らを鎮めるべく、声を張った。
「これまで多くの憶測が飛び交ったが、今回の発表が正式なものとなる。発表に関しては以上だ。それから、ご来賓の殿下からも一言ある」
流石に殿下からの一言と言われ、貴族たちは口を閉ざした。
自国の王族はおおらかであるため、この程度の粗相で罰せられたりすることはないが、彼の国はわからない。
それに国力が自国の比ではない大国だ。
仮に地位が低くとも、力を持っており、小国の一貴族など、一瞬で亡き者にしてしまうだろう。
ひとまず国内の貴族にすぎないケインの事は置いておいて、まずは大国の皇太子殿下の話を聞くのが先だ。
皆が同じように判断し、殿下に注目する。
しかし様子を伺いながらも、殿下の放つ圧に耐えられないのか、聞く姿勢を取りながらも目を会わせないようにしている者が多い。
殿下からすればそれは、敗戦国から向けられる視線とその光景という見慣れたものに似た様子であるため気にすることはしない。
それならばと彼は威圧を強めて会場の空気を我がものとしたのだった。




