騎士の縁起担ぎ
「エレナ様、大丈夫ですか?」
ケインを見送って、三人で挨拶回りをして一息ついたところで、エレナの顔色が良くない事に気が付いたブレンダが尋ねた。
「ええ、大丈夫よ。さっき話をして、急に怖くなってしまっただけだから」
ケインの決意が甘いものではないことは理解していたが、自分の考えは甘いものだったのだということに気が付いたエレナは、少し後悔していた。
結果的に無事にケインは戻ってきたけれど、それも彼の国の配慮があってのものだ。
しかし状況が違ったとしても、あの段階ならきっと自分の認識の甘さゆえに泊めることはしなかっただろう。
ケインの意思を尊重してのこととはいえ、なぜ反対もせずあっさりと戦地に送り出すことができたのかわからない。
改めて騎士たちから話を聞いてしまうと、そんなことができてしまった自分が恐ろしい。
「もう大丈夫です。皆無事に戻っていますから」
「そうよね。それも分かっているから大丈夫よ」
青い顔をしながらも表にはさほどそんな様子を見せることはなく、気を張っているエレナは何もないように答えた。
周囲から見れば少々疲れたくらいにしか見えない、そのくらいの変化なので、そこに気が付くのはブレンダやクリスくらいのものだろう。
エレナが休みたいと言い出さないため、クリスがエレナに休憩を勧めることはしない。
その代わりに少し離れたところに移動して立ち止まると、そこで休憩を兼ねて少々立ち話をすることにした。
「そういえば、ブレンダはケインに硬貨なんて渡していたんだね」
エレナに寄り添うように立っているブレンダにクリスが言うと、ブレンダは苦笑いを浮かべた。
「本当は全員に配りたかったくらいですが、そうはいきませんし、周囲に知らせている者たちの縁起は身内が担ぐと思いましたので、彼だけに渡すことにしました。お二人のためにも、必ず戻ってきてもたいたいという願いもありましたし」
「確かにケインは壮行会に両親を呼んでいなかったからね」
ギリギリまでエレナの護衛業務をしていた事もあり、ケインが家族と連絡を取っていないことはすぐに察せられた。
騎士の中には今回の参加を名誉として見送ってほしいと考えた者が多かったが、無事戻れなかったら恥と考えて連絡しなかった者が一定数いるのも知っている。
ブレンダはケインが後者だと認識していたのだ。
「結局いらしておりましたが……」
「そうだね」
来ないと思っていたケインのご両親は王妃様の配慮によって参加していた。
その時点で渡すかどうか悩んだが、彼らが騎士の縁起担ぎを知っているとは限らない。
ならば自分くらいはと、そう考えたのだ。
「でも、エレナ様とクリス様では、こういったものを一人にだけお渡しすることはできないと思いましたので、私個人というより、お二人の代行という気持ちが大きくありました」
こういった習わしがあるということをエレナに伝えて、エレナから渡してもらいたかったというのが本音だ。
その方がケインだって受け取りやすかっただろう。
けれどそれはなかなか難しい。
「ありがとう。ケインのことを公表したら、ブレンダとケインも親戚として接することができるようになるから、この先は問題なくなると思うけど、目立ってしまうと、あらぬ疑いをかけられかねないから気を付けないといけないね」
見えない所で渡すようにはしたが、全く人の目のないところで行ったわけではない。
ブレンダがクリスを差し置いてブレンダから物品を受け取っていたとなれば、何を言われるか分からない。
もう婚約を発表しているクリスとブレンダはともかく、これから発表を控えているケインのマイナスは大きい。
「確かにそうですね。軽率だったかもしれません」
騎士の気軽なやり取りのつもりだったが、違う目線から捉えるとそう見えてしまうのかもしれない。
ブレンダがそう口にすると、クリスは結果的に問題に放っていないし、責めるつもりはないと付け加えた。
「ブレンダが硬貨を渡してくれたから、ケインはエレナのお守りを持っていったんでしょう?結果的にお守りの有無は関係なかったかもしれないけど、持っていってくれたというだけで、こちらも安心できたからよかったと思ってる。ケインがエレナからもらったものを誰かに託すんじゃなくて、身に着けて持っていったってことは、帰ってくる意思があったってことだと思うからね」
ケインはエレナのために命をかけることはできると思うが、エレナが希望しても心中することはできない。
きっと前と同じようにエレナを助けてしまうことだろう。
クリスはそう思いながらそこまで口に出すことはしない。
いずれブレンダにも話さなければと思うが、それはケインの立場を確立してから、四人そろった席の方がいいだろう。
「それならいいのですが……」
クリスの言葉に含みを覚えながらブレンダが答える。
そんなブレンダにクリスは苦笑いを浮かべて言った。
「正直に言うと、その習慣を私は知らなかったんだよね」
本当なら友人として自分が真っ先に渡したかったから少し意地悪な事を言ったのだとクリスが拗ねた様子を見せたので、ブレンダは首を横に振った。
「確かにこれは騎士特有の習慣みたいなものですし、これを知らないというのはこの国が平和であったという証拠なのですから、落ち込む必要はないでしょう」
この風習を実行することがないくらい平和な国だったのだから、そこは誇るべきだろうとブレンダが言うと、クリスは思うところがあったのかため息をついた。
「でも、話を聞いたら確かにその通りなんだよね。そうして助かる命があるっていうのは……」
「それはあると思います。硬貨は小さな盾に見立てられますが、現実では布一枚、木材一切れで変わることもあると思っています」
襲撃事件から今回の件までの事を考えると、自分たちもそういうものを身に着けておいた方がいいのかもしれない。
そしてそれは、強固に守られている自分たちよりも、まだ外にいるブレンダやケインにこそ必要になるだろう。
戦はもうないかもしれないけれど、命を守ることに繋がるのなら、コインの代わりになるものを含めて身に着けてもらう事を考えた方がいいのではないか。
クリスはそんなことを思ったのだった。




