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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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クリスのいない日

ケインの帰省期間が終わり、王宮内が日常を取り戻してほどなく、クリスが公務として出かけることになった。

公務の時は両親とクリスとエレナが揃って出かけていたが、今回はクリス一人で行くと聞かされて、エレナはクリスが大人として認められているのだと判断し、出かけて行く兄を見送った。


「お兄様は執務もされていて、公務もお一人でこなすようになったのね。私は何年も変わらないままだわ……」


エレナがクリスの出て行った扉を見つめたままつぶやくと、侍女が言った。


「そんなことはございません。エレナ様にもクリス様と同じように、いつかは一人で執務と公務をこなしていただかなくてはならないのです。そのための勉強はきちんとなさっているではありませんか」

「そうね……。本当にそうならいいのだけれど……」


別に兄の上を行きたいとかそういうことではない。

ただ、兄は学校へ行き多くのことを学び、執務も公務もこなしているのに、自分は本当に必要かどうかも解らないまま自立をしようとあがいているだけである。

そしてなにも任されてはいない。


「エレナ様……」


心配そうに侍女が声をかけてきたのでエレナは言った。


「とりあえず部屋に戻りましょう」

「かしこまりました」



エレナは家庭教師との勉強、訓練場での訓練、調理場での下ごしらえを終え、兄の出迎えに向かおうとして気が付いた。


「そういえば、お兄様は、今日は戻らないのだったわね」

「はい。お戻りは明日遅くか、明後日の朝になるかと思われます」

「そう……。エントランスに向かっても仕方がなかったわね」


そう言うとエレナは、行き先を自分の部屋に変えて歩き始めた。


「お兄様がお戻りになるまでに自分のやることを終えて、外出されたお兄様を迎えるのが当たり前になってしまっていたわ。この時間、お兄様が学校に行っていたらちょうどお戻りの時間だもの」


自分に言い聞かせるようにそう言うと、それっきり口を開くことなく黙って自室に戻った。

そして何をするでもなく、ぼんやりと椅子に座って時間をやり過ごすのだった。



「エレナ、食欲がないようだな」


夕食の時間、父親に声をかけられた。

確かにエレナの食事の手は止まりがちである。


「いいえ、そんなことはありません」


ぼんやりとしていたことを反省しながら、エレナが食事に集中しようとすると母親が言った。


「エレナはクリスがいないから、少し寂しいのではないかしら?」


母親に言われてクリスのことを考えながらエレナは答えた。


「寂しいといいますか、お兄様がいない食卓につくのは初めてのような気がします。そのせいか少し違和感があって……」


自分が閉じこもったり病気の時以外、この食卓につく時にはいつもクリスがいた。

もちろん毎食ごとに話をするわけではないし、喧嘩をしていて口を聞かないこともあったが、それでも兄はそこに座っていたのだ。

しかし今、その席に兄の姿がない。


「エレナ、それを寂しがっているというのよ」

「そうなんですね」


そう言いながら少しずつ食事に手をつけどうにか完食すると、エレナは静かに部屋に戻っていった。



こうしてクリスのいない日を過ごした翌日も、エレナは何となくいつもの課題をこなしながら一日を過ごしていた。

本人にそのつもりはないようだが、周囲からは落ち着かない様子に見える。

クリスはいつ戻るのか分からない。

夕食後もぼんやりと過ごしていると急にエントランスの方が騒がしくなった。

エレナは何かあったのかと部屋を飛び出し、エントランスに向かった。

扉の前に見覚えのある姿を見つけたエレナが駆け寄ると、そこには汚れてボロボロになったクリスの姿があった。


「お兄様、何かあったのですか?」

「何も、ないよ?」


疲れた様子で帰ってきたクリスを心配そうに見つめている。


「でも、一日、二日の外出でこんなことになるなんて……」

「今回の外出はこういうものだって分かっていたから問題ない。でもちょっと疲れたから休みたいな」


受け答えがしっかりしているので、服は汚れてはいるものの、大きな怪我はないのだろう。


「そうですね。お引き留めしてごめんなさい」


エレナが下がろうとすると、クリスは笑顔で言った。


「ううん、いいんだ。エレナが心配して僕のところに来てくれたってだけで嬉しい」


ケインの一件で自分が嫌われてしまったかもと思いながら接してきたエレナが自分の心配をしてくれただけで、クリスは救われた気がしていた。


「そんな……」


心配で泣きそうになっているエレナにクリスは言った。


「エレナ、今日のことは明日ちゃんと話すよ。エレナも成人したら同じことをしないといけないからね」

「私も、お兄様と同じことを?」

「そうだよ。だから……」

「お兄様!」


話の途中で気を失ったクリスにエレナは驚いて兄の体をゆすった。


「エレナ様、落ち着いてください」


そう声をかけてクリスからエレナを引き離したのは騎士団長だった。


「でも……」


動揺しているエレナを押さえながら、騎士団長はクリスを支えている近衛騎士に指示を出す。


「クリス様をお部屋に」

「はっ」


クリスは近衛騎士に抱えられるように部屋へと連れていかれた。

エレナは追いかけようとするが、騎士団長に止められたままである。


「騎士団長、これはどういうことなの?」


少し落ち着いたところでようやくエレナは騎士団長の方に向き直った。


「エレナ様、クリス様は体力と精神力を使いすぎてお疲れなだけでございます」

「本当?」


騎士団長にすがるようにエレナが聞くと騎士団長はエレナをなだめるように言った。


「はい。そして、先ほどクリス様が申された通り、同じことをエレナ様にも経験していただくことになります。まだ当分先のことになりますが……」

「よくわからないのだけれど……、お兄様は本当に大丈夫なのよね?」

「はい」

「そう……」


クリスの部屋の方に目を向けながらそう言ったエレナが納得していないことを察した騎士団長は、少し考えてから言った。


「エレナ様、詳細はクリス様がお話されるということでしたが、一つ申し上げてしまいますと、今回の外出は公務ではなく訓練でございます。集中的な訓練をされたのでお疲れになられたのです。ですからこうして近衛以外の騎士もご一緒させていただいております」


騎士団長の示した先、扉の向こうには確かに近衛騎士以外の騎士がたくさん待機している。

彼らもクリス同様、かなり汚れ、疲れている様子だ。


「皆も疲れているということね。わかりました。詳細は明日お兄様に聞きます。皆にもゆっくり休んでもらいたいわ」


扉の向こうの騎士の姿を見て冷静さを取り戻したエレナがそう伝えると、騎士団長は笑顔を消して敬礼する。


「お心遣いありがとうございます。それでは我々は失礼いたします」


そう言って騎士団長は外に待機している騎士たちを連れて戻っていった。

エレナがそれを見送っていると、そこにブレンダが通りかかった。


「エレナ様、扉の前でどうされましたか?」

「ブレンダ……。お兄様のお迎えをして部屋に戻るところだったの……。ブレンダは……?」


力のこもらない声でエレナが言うと、ブレンダは察して言った。


「私はクリス様の護衛を交代するために来ました。エレナ様ももうお休みになるお時間ではありませんか?エレナ様が不安になるようなことは何もございません。クリス様はお疲れでもうお休みになっているでしょう」

「ブレンダは知っているの?お兄様は本当にお疲れになっているだけなの?」


不安そうにしているエレナにブレンダは言った。


「クリス様は怪我一つされていないはずですよ。一晩寝ればいつも通りでしょう。筋肉痛などは残っているかもしれませんが……」


筋肉痛と聞いて、エレナは騎士団長が訓練だと言っていたことを思い出した。

ブレンダもそれと同じようなことを言っているのだ。

自分が不安だからと疲れているクリスを起こして聞くわけにはいかないし、彼らを信用して明日を待つしかない。


「大丈夫ならいいの。ありがとう、ブレンダ」

「どういたしまして。エレナ様に不安な顔をさせるなんて、クリス様は罪な方ですね。それでは私も失礼いたします」


ブレンダがそう言ってクリスの部屋に向かうのを見て、エレナも自室に戻るため歩きはじめるのだった。

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